第6話 体外受精と消されたラーメン

 小峰が上野動物園で初公開されてから、二ヶ月の月日が流れた。


 二ヶ月経ち、動物園に植えられた木々も秋模様になり出したが、小峰の生活は変わらなかった。変わったと言えば、前までガラス張りだった展示室の天井が取り外され、少しばかり開放的なデザインになったぐらいである。


 だが相変わらず、彼は煙草を吸い、ダラダラと自堕落に過ごすだけで注目される日々を送っていた。

 そして新聞も取らず、ニュースも見ていない小峰は、世界が今どうなっているのか、知るよしもない。

 来園者たちの会話や出で立ちを見聞きして、最近の流行りやニュースを何となく知ることはできたが、どれも小峰の憶測でしかなく、不確かなものであった。


 だから当然、自分から採取された精子がまさか美村の卵子との受精に成功し、美村が高齢出産への準備を着々と進めていることも知らなかった。まだ世間に公表されていないニュースだったこともまた、彼がそれを知らないでいた理由の一つだ。


 だが、それでも、研究所職員、飼育員、警察官の誰かが彼に伝えることもできたはずだった。ではなぜ誰も、そのニュースを小峰に知らせなかったのか。

 それは、小峰が精子を提供してくれなくなる恐れを防ぐためだった。いつかはバレてしまうのだろうが、それでも発覚するまでの間、病院や研究所の者たちはできるだけの精子を採取する腹積もりでいた。

 そんな研究員たちの心を知るはずもない小峰は、今日も検査を受け、精子を採取される。検査され、採取される日々はもう当たり前になり始めているせいで、小峰は違和感も気恥ずかしさも感じなくなっていた。


「お疲れ様です、小峰さん」


 病院で全てを終えた小峰を飼育員の青年が待っていた。


「今日の晩ご飯、何かリクエストあります?」


 青年が問いかけると、小峰は少しばかり考え込んでから、ラーメン、と答えた。晩ご飯に困った時、小峰はいつもラーメンを頼んでいた。


「またですか? 好きですね〜」

「別に好きな訳じゃないけどね」

「じゃあ、何でいつもラーメンを頼むんですか?」

「それじゃ、焼肉でもいいの?」

「予算オーバーするので、却下です」

「そーいうことだよ」


 ラーメンという選択が一番無難だから、小峰はそれを選んでいただけのことだった。特別好きな訳でもなく、嫌いな訳でもない。


「じゃあ、今度からはもっと健康的なものを選んでくださいね」


 小峰を檻まで案内し、鍵をかけた青年はそう最後に言うと、夕食の支度をするために、施設を出たのだった。


 小峰が健康改善のため、口にしていけない食事リストに、ラーメンが追加されたのはその翌日のことだが、今の小峰がそれを知る由もない。

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