第4話 繁殖行為と合意のサイン

「小峰、お前にはもう一人の喫煙者と繁殖行為をしてもらう」


 初公開を終え、自室に戻った小峰をあの警官が待っていた。そして告げた言葉は、耳を疑うようなものだった。

 小峰はすぐに頭が追いつかず、聞き返してしまった。


「繁殖行為? 繁殖行為って言ったのか、今」

「ああ、繁殖行為だ。確かに私はそう言った」

「えっと、つまり、セで始まってスで終わる……?」

「セックスだ。性交とも言う」

「本気か? 正気か? お前さんたちはバカなのか?」

「国が決めたことだ」


 小峰は頭を抱える。そしてその相手が自分の好みであることを、ただただ神に願った。彼は無神論者だったが、この時だけは神を信じた。そして願った。困った時の神頼み、という言葉通りである。


「お前とその喫煙者は面識があるはずだ」


 警官はなおも続ける。


「お前が昔、教師として働いていた中学校で教頭をしていたようだ」


 途端、小峰の脳裏に教頭の顔が横切る。

 名前は確か、美村みむらかおる。小峰と同世代で、教師というよりかは、宝塚で役者をしていると言われた方が納得のいく厚化粧をした、ふくよかな体型の女性だ。明らかに、小峰のタイプの女性ではない。

 小峰はすぐに、神はやはりいなかったのだと嘆いた。そしてあの美村と繁殖行為をさせられるのだと、自分の未来を呪う。


「美村先生は既婚者のはずだけど」

「数年前に、喫煙を理由に離婚したそうだ。旦那も隠しきれなかったのだろう」


 つまり、美村もまた『喫煙者処置方』の犠牲者ということだ。小峰は美村に対して、親近感と同情心を抱くが、すぐに振り払う。美村と繁殖行為までに至らないよう、少しでも無関心でいようと小峰は決心したのだ。


「ちなみに、肉体的な繁殖行為、つまり性交をするのが嫌ならば、体外受精という手もあるが」

「じゃあ、それで頼む。あの女には関わりたくない」


 元上司と性行為をしなければならない、という苦行からなんとか逃れることはでき、小峰は安堵する。子を成すという話から逃れることはできなかったが、小峰にとっては性行為をするよりかはマシな話だった。


「会うのが嫌なら、明日は面会予定だったが、キャンセルする。それで構わないか?」


 警官は問いかける。


「その方向で頼む」

「受理した。明日は健康診断も含め、精子を回収する。それを受け入れるという合意のサインを、ここに書け」


 懐から一枚の紙とペンを取り出した警官は、そう言うと、柵の間から差し出した。いきなり人間らしい、という行為を認められ、小峰は驚く。

 そんな小峰の様子を見て、警官は顔を変えずに、


「喫煙者愛護団体から『喫煙者の権利を奪うな』と訴えられてな。だから、我々が行動してると証明する必要があるんだ。これは、そのためのサインだ」

 と答えた。


 いつの間にか現れた謎の団体に、小峰は困惑する。だが、どんな事件は凶悪犯にも弁護団体や愛護団体が存在するので、不思議なことではない。いかにも人間らしい行動だ。

 小峰は紙に合意のサインを書くと、警官に渡した。サインが確かに書かれたことを確認してから、警官はそれを懐のポケットに入れ、施設を退出した。


 その日の夕食は、できたての肉じゃがで、小峰はもう何年も会っていない家族のことを思い出したのだった。

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