第2話 上野動物園と喫煙者
小峰が目を覚ますと、そこは檻の中だった。だが檻と言っても、ドラマや映画で見るような、窮屈なものではなかった。形状はどちらかと言えば、動物園で大型動物が入れられるような檻に近かった。
地面には大量の藁が敷かれ、小峰は遠くから鶏の鳴き声が聞こえることに気付いた。
「ここは、一体どこだ?」
小峰がポツリと呟く。そこは明らかに、刑務所ではなかった。
小峰のその言葉に答えたのは、偶然檻の入った施設に足を踏み入れた制服姿の女性警官だった。
「ここは上野動物園だ」
警官は全身をキッチリと制服で固め、短く首元まで切られた髪としっかりとしたアイラインは、彼女の真面目さと威厳をよく表していた。
「上野動物園!? あの、パンダでいつも騒ぐ上野動物園?」
「ほかの上野動物園を知ってるのか?」
「いや、知らない」
「じゃあ、そのパンダで騒ぐ上野動物園だな」
そして女性警官は檻の前で腕組みをし、仁王立ちをして、座り込む小峰を見下ろした。
「今のお前の状況、説明してほしいか」
「そりゃ、もちろん」
そうか、と警官は返すと、檻の前でゆっくりと歩き始めた。
「お前は、今人類最後の喫煙者になろうとしている。厳密にはそうではないが、その危機に面している」
「人類最後の喫煙者?」
「そうだ。お前のほかに、この世界に喫煙者は残り五人しかいない」
そこまで喫煙者は消えたのかと、小峰は驚きを隠すことができなかった。とうとう、この世界には喫煙者も自分を含め六人しかいないのだ。
「その六人の一人に、お前と同じ日本に住む者がいる。女性だ。そこで世界の首脳たちが会議を重ねた結果、今後も喫煙者を後世に伝えるため、お前とその女性を動物園で展示することになった」
「なんでそうなったんだ? お前さんたちはアホか?」
「国が決めたことだ。お前にはどうにもできない」
「いや、誰も反論しなかったのか? 俺にも人権はあるぞ? 俺やその人の意見はどうなるんだ?」
「どうにもならない。国がすでに決めたことだ」
何を言おうと、「国がすでに決めたこと」しか返ってこないため、小峰は諦めて、自分の運命を受け入れることにした。自分の行く先を伝えたこの警官に何を言っても、結局国や世界の首脳たちには伝わらないのだ。
「健康診断と予防接種を終えた後、展示が開始される」
警官は最後にそれだけ告げると、施設を出て行った。
残された自分は一体何をすればいいのか、と小峰は悩んだが、警官が去ってから数十分後に飼育員や医師らしき者たちが何人か訪れ、自分を車に入れたので、健康診断が行われうるのだと理解した。
小峰が車で連れて行かれた場所は、上野動物園内にある研究施設のような所だった。そこに用意された器具で小峰は身長、体重、持病の有無、アレルギーなどなど、詳しい身体的情報を記録されていった。
久しぶりに誰かに体を触れられたため、小峰は気恥ずかしさを感じたが、医師たちが全員無表情で機械的に検査をして行くため、彼も段々と体を触れられるという作業に慣れていった。
健康診断で、体の節々に異常が発見され、食事管理をされることが決定した。今まで煙草とビールのために生活費を削っていた生活が祟ったのだろう。
だがそれ以外に大きな病は見つからず、無事に予防接種も終えた小峰は、これから自分の家となる檻へ連れ戻され、結局そこで夜を明かしたのだった。
小峰の胸には、眠りに落ちる最後の瞬間まで、明日も煙草が吸えるのかという不安が押し寄せていた。
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