第2話
「佐賀辺、お前はどうなんだ」
「ばかばかしいですね」佐賀辺は紡ぐように、ゆっくりとしゃべり始めた。「モミの木を燃やしたところでどうなるわけでもないのに、そこに血道をあげるなというお上品な福盛は、らしいといえばらしいけれど、それくらいでやいのやいのと言わなくてもいいじゃないかな」
「違う」福盛は健一の腕の中で吠えた。
「どうやら投了はされていないみたいだな」
「いや、これは俺らがとめているんじゃない。法や道徳以前の、ガキでも分かることだって言ってるんだ」
「だから、俺はお前らの協力を得に来たわけじゃない。事前報告みたいなもんだ。別に通報してもらっても構わない」
健一は自分の家が、胃で食材と混ざり合って吐き出される胃液とアルコールの臭いが充満していくのに嫌気がさして窓をあけた。こうしていれば蝿も出て行ってくれるだろうかと網戸も開けた。凍てつく夜の風が吹き、灯油販売の音が聞こえた。街灯の下で自転車を押す男とそれに寄り添う女がいた。越してきて一年になるが、彼らがどこの高校の生徒か分からなかった。夜風に当たりたいと福盛は健一を押しのけた。
「タマコーか」
「たまこマーケット?」
「京アニ関係ないよ」陰影のある顔つきでため息をした。「あの二人、玉河高校っていうそこそこ頭の良い学校の奴ら」
健一はさっきの一つ先の街灯の下にいる二人をみた。次の模試についてか、それとももうセンター試験についてか話しているのだろうかと想像した。
「俺はさ」と外を見ながら部屋にいる奴らに対して福盛は語りかけた。「やらなくてもいい犯罪なんかしなくていいとしか言っていない」
「必要性は、俺が決める」高峰は声を荒げた。
「ルサンチマンで樹を燃やして人生を棒に振る必要はないでしょうよ」増田が紙パックのコーヒーを注いで飲んだ。
「だから、俺一人でやるつもりだって言ってる」
「やったらダメだって言ってるんだ」
「聞いていたらどうも、福盛君や増田君は誤解しているふしがあるんじゃないかな。人生を棒に振るって言ったから、君の、致命的な誤解に気が付いたよ。いいかな。人生に目的はないし、私たちがどこで何をしようとしても自由なんだよ」
「そんなわけない。器物損壊は立派な罪になるし、巻き添えになって無関係な人が死んだらどうする」
福盛は、来る前より白くやせ細ったような手を大げさに振り回した。駄々っ子ともいえるが、その白い手は、まだ高峰を放火犯にさせまいと彼の決意を砕こうとしているといえた。
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