香川、うどんだけじゃないけん

土佐岡マキ

香川、うどんだけじゃないけん

「ねーちゃん、おる?」

 三つ下の弟が、部屋の外から声をかけてきた。珍しいこともあるものだ。

 大学進学時、香川に残った私に対し弟は県外に行ったため、一時疎遠になった。地元で就職してからも生活リズムはバラバラ。顔を合わせることが減り、自然と会話も減り……というのが最近の関係だったわけだが。

 こちらの返事を待たずにドアが開く。ノックをしろと文句を言えば、「そっちだってノックせんやろ」と反論が。ごもっともだが、それはそれだとひと睨み。年の近い姉弟では、年上が憲法だ。

 弟もこの程度の理不尽には慣れているので、さらっと流して本題に入る。

「あんなぁ、今度、県外の友だちが遊びに来るんやけどな」

 こういうときの助言は決まっている。

「うどん屋連れていき」

 そうしておけば、まず間違いはない。しかし弟の反応は芳しくなかった。

「何困りよん?」

「香川でうどんって、安直やん」

「何言いよんな? “うどん県”やし、ゴリ推しぐらいでいいやろ」

 安直で何が悪いと返すが、変わらず難しい顔。これだから県外の空気に触れたヤツは贅沢で困る。ありのままの香川で何が悪い。

 そもそも、県のキャッチフレーズですら『うどん県それだけじゃない香川県』である。それだけじゃないと言っている時点で、香川の主成分がうどんだと認めているようなものだ。

「でもさー」

「ほんなら、うちんく連れて来まい」

「うちの家? なんで?」

「なんか香川っぽいもん作るわ。まんば炊こうか?」

 しかし、弟はこの提案にも首を振った。

「いや、『まんば炊いとくわー』とか言うても、あの子には絶対伝わらん。県外にまんば無いけん。ついでに言うと、県外でおかずは炊かない。『煮る』って言う」

 この発言は、香川しか知らない私にとっては、結構ショックだった。まんばって全国区じゃなかったんだ? ちなみに、まんばは香川の葉物野菜である。念のため。

「でも、香川ならではって感じやん。まんばのけんちん、醤油豆、しっぽくうどん」

「その、学校給食の郷土料理の日に出そうな献立はやめろ。しかも結局うどんになっとる」

「じゃあ、あんもち雑煮」

「ねーちゃん、県外の人にそれ言うと、『信じられない』みたいな目で見られるけん。美味いけどな」

「えー。あんたがこの前連れて来た……誰やっけ? あの子は美味しい言いよったやん」

「山野? あいつは親が香川出身やけん、耐性がある」

 てっきり、あの反応が普通だと思っていたのだが、世間ではどうもそうではないらしい。

「今度連れてくる子は、香川来たことないし」

「じゃあどうするん? あれか、若者はなんか今時な名前がいいんやろ。オリーブ牛、オリーブ豚、オリーブハマチ」

「うどんの次はオリーブ攻めかよ」

 さっきの献立は野菜が多めだったので、今度はオリーブを餌にして育てたブランド肉や魚を例に出した。しかし反応はイマイチ。ちなみにオリーブは香川の県木なので、香川っぽさは満点だ。それでも気に入らないとぬかす。ほんまに我儘なやっちゃ。

 弟は頭を掻きながらふてぶてしく言う。

「とにかく、うちには連れて来んけん、普通にお店教えて」

「うどん屋連れていき」

「やけんさぁ……」

「よう考えてみぃ。まず、品数多いやん? ざるに釜揚げ、かけうどんとか、好きなんを選べる。おでんも天ぷらもいなり寿司もある。それに、探したらおしゃれな店とか小奇麗な店も結構ある」

 ここまで言って、ようやくうどん屋の素晴らしさに納得したようだ。

「……ほんなら、昼はうどんにするわ。でも夜は? 連続はちょっと」

 他力本願はここまでだ。じろりと睨むと、弟は諦めて立ち上がった。まあ、瀬戸内の新鮮な魚介を味わうみたいな、無難なプランを立てるはずだ。多分。

 一抹の不安がよぎり、後ろから呼び止める。

「一つ忠告」

 何、と振り返った弟に一言。

「骨付鳥はやめとき」

「なんで? 美味いやん」

 鶏肉を皮がパリパリになるまで焼き、噛むと肉汁が溢れ出る骨付鳥は、確かに全力でおすすめできる一品だ。しかし。

「デートにはちょっとなあ……」

 弟の顔色が露骨に変わった。

「え、はっ? えっ、なんで!?」

「おっきな口でまるごとかぶりつくんは、女の子は抵抗あるかもしれん」

「いや、そっちじゃなくて」

 露骨に狼狽える弟相手に、ニンマリと笑う。

「なんでデートって分かったんかって? おねーちゃんなめんといて」

 仲いい男友達は『あいつ』呼ばわりなのに、今度の客は『あの子』。差は明らかだ。

 ほんまに分かりやすいやっちゃ。

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