第17話 ブレーメンへの道

 そして、ついに旅立ちの日がやってきた。


「フリッツさん。これ、世界各地でギルドの職員やってる僕の兄弟に宛てた手紙です。何か困ったことがあればきっと力になってくれると思いますから」


 門のところまでわざわざ見送りにきてくれたミケルから手紙を受け取る。彼の兄弟とはすでに何人か会ったことがあるが、本当にどこの国のギルドに行ってもいるのである。だからオレが行ったことがないノサリア大陸以外の国にもきっといるのだろう。


「ありがとうミケル。助かるよ」


「いえ、こちらこそ魔獣退治やギルドの待遇改善については本当にお世話になりました。間接的にフリッツさんに助けられた冒険者も多いはずです。ギルドの職員として、改めてお礼を言わせてください」


「よしてくれよ。こっちだって今まで散々世話になったんだ。……じゃあ、そろそろ行くよ。今日中にはブレーメンまでにはたどり着いておきたいし」


「そうですか……。フリッツさん、お元気で」


「ミケルもな」


 最後に二人で握手を交わすと、オレは馬車に乗り込んだ。いつも思うけど、やはり一定期間過ごした国や街を離れるのは寂しいものがある。特に今回のバルディゴでは色々なことがあったからその思いもひとしおだ。今度のブレーメン、セントシュタットには果たしてどれくらい滞在することになるのだろうか。


 ………………

 …………

 ……


 馬車は街道を進み、魔獣が巣食っていたブレーメンとつながる洞窟の前で降ろしてもらう。交易路が復活したため、そこにはたくさんの商人たちが行き来していた。


「どうやら何も問題は起きていないようだな」


 エレノアがそんなことをつぶやいた。確かにあれから一度も顔を出していなかったから再び魔物が湧いてやしないか心配だったけど、この様子なら問題はなさそうだ。


「フリッツさん、この洞窟を過ぎればブレーメン領ですか?」


「あぁ。国自体も結構近いぞ。だから今日中にはブレーメンに着けると思う」


「わぁ……今度はどんな国なんでしょうかね」


 まだ見ぬ新しい国へどこか楽しそうに思いを馳せるサーニャ。まだ洞窟を過ぎるまで少しかかるので、オレは時間をつぶしがてらサーニャにブレーメンのことを話してみる。


「前にも言ったかもしれないけど、ブレーメンは先代の勇者が最初に訪れた国として有名なんだ」


「先代の勇者様ですか? ……でも、生まれた国とかではないんですね」


「あぁ。先代勇者の故郷は魔王軍に滅ぼされているんだ。ちょうどブレーメンの北にあった小さな村だったんだけどね。今はもう無くなってしまっているから、代わりにブレーメンが有名になったって感じかな?」


「そうだったんですか……フリッツさん、お詳しいですね!」


「はは、昔はオレも勇者に憧れていたからね。……まあ、適正はなかったんだけど」


「それでも代わりにマリク様の後継者となったではないか。お主の希望とは違うが、大したものだぞ!」


 話を聞いていたのかエレノアがフォローを入れてくれる。確かに魔法使いからしたら大魔導士マリクの後継者なんてすごく名誉なことなのだろう。個人的には身の丈に合わない肩書を手に入れてしまって戦々恐々としている訳だけど。


『……ま、今後に期待ね』


 腰に下げた剣からティルのそんな声が聞こえてきた。こう言ってもらってることだし、せいぜい努力しよう。それに、絶対に戦死しないって約束もしてしまったからな。


「ま、まあそんな訳でブレーメンは『始まりの国』とか『旅立ちの国』って呼ばれていて勇者見習いの人がたくさんいたりする」


「勇者見習い……ですか?」


「あぁ、そっか。これも説明しないとな」


 ブレーメンには特有の制度がある。まずはそこから説明しないといけない。


「ブレーメンには『勇者制度』っていうものがあるんだ。自分こそは勇者だという人を募って、国からその人にクエストを与えるんだ。その結果に応じて評価が下されて、見事国から認められた人が勇者になれる」


「えぇっ!? それって誰でも勇者になれるってことですか!?」


「もちろん本物の勇者じゃないけどね。それでもブレーメンの勇者は世界的にも通用するものだから希望者は多いよ。それに、もしかしたら勇者として覚醒するかもしれないしね」


 勇者には本来腕のところに痣があるらしい。しかし痣が出現するのが勇者として目覚めた時であり、先代も勇者として覚醒したのが故郷の村が滅ぼされた時だという。今回の勇者探しもその痣を頼りにすることになるのだが、勇者が覚醒していないとそもそも気付くことが困難になってくる。


「つまり、勇者様が覚醒していることを祈るしかないっていうことですか?」


「あーそれについてなんだけど」


 世界中の国が捜索していまだ見つかっていない現状を考えると、覚醒していない可能性の方が高い。そうサーニャに伝えると、彼女にしては珍しく難しい表情を浮かべた。


「これは思ったよりも長い旅になりそうですね……」


「……ごめんなサーニャ。こんなムチャな旅に付き合わせてしまって」


「い、いえ、わたしは大丈夫です! でも、フリッツさんが大変だなって……」


「オレはまぁ昔から色んなところを転々としていたから慣れてるよ」


 まあたまには両親のところにも顔を出したいとは思っているが、それもかなり先になりそうな話である。


「ま、早いとこ勇者を見つけ出して平和な世の中にしてもらえるといいんだけど」


「ふふ、そうですね」


 そんなやり取りをしていると洞窟の終わりが見えてきた。そして出口を抜け、ついにブレーメン領へと足を踏み入れた。そこから馬車に乗り街道をゆく。一つ洞窟を越えただけなのだが、バルディゴ領内と比べてどこかのどかな空気を感じる。


 そして遠目にはすでにブレーメンの城が見えていた。ブレーメンもバルディゴと同じく城塞都市で、城の中に街があるといった形だ。国の規模自体はそこまで大きくなく、バルディゴよりも幾分か小さい国ではあるが、街道には冒険者を乗せたブレーメン行きの馬車が数多く見られた。


「ここから見える馬車、全部ブレーメン行きなんですかね?」


「きっとそうだろうな。今まで洞窟が封鎖されていたから、足止めされていた人たちがこぞってブレーメンに向かっているんだろう」


 それだけ勇者になりたいという人が多いことになる。頼もしくもあるが、こんな膨大な冒険者たちの中から勇者を見つけるとなると骨が折れそうだ。


 そして数時間馬車に揺られ遂にブレーメン国内へと入った時だった。


「ちょ、ちょーっと待ってください、そこの馬車!」


 いきなりどこかから声がかかった。御者の人が驚いて馬車を止める。すると見計らっていたかのように一人の少女が脇道から飛び出してきた。そして、


「そこの冒険者のみなさん! えっと……勇者、いかがですか!」


 その少女はそんなことを言い出したのである。

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