第16話 旅立ちの準備

 サーニャとティルの了承も得られバルディゴから旅立つことが決定すると、翌日さっそくオレは王にその旨を伝えた。


「そうか、サーニャ殿とティルヴィング殿も了承してくれたか」


「はい」


「で、まずはどこに向かおうと考えている?」


「ブレーメンを経由してセントシュタットに向かおうと考えています」


 セントシュタットはブレーメンのさらに西、世界地図で見るとちょうど中心くらいにある恐らく世界一の大国だ。あそこならば情報も集まりやすく、他の国への移動手段も豊富にそろっているだろう。


「わかった、ならば親書を書いておこう。それをセントシュタット王に見せれば多少融通は効かせてくれるはずだ」


「ありがとうございます」


 一国の王の口添えがもらえるとあれば、何もないよりはかなり捗ることになるだろう。


「それと、少なくはあるがこれは旅の資金にしてくれ」


 そう言って王は金貨のずっしり入った袋を渡してくれた。


「こんなに……良いんですか?」


「はっはっは、勇者を探す旅に出るのだ。これくらい出さねば沽券にもかかわるしな。……ところで、かわりと言ってはなんだが少し頼みがある」


「頼み、ですか?」


 なんだろう、こんな大金の代わりとなるものなんて少し怖いんだけど……そう思いつつ、王の言葉を待っていると、


「実はな……エレノア、こちらへ」


「はっ!」


 今まで脇に控えて静観していたエレノアを王は呼び、そして――


「エレノアをそなた達の旅に同行させてくれんか?」


 思ってもみない言葉が出てきた。


「エレノアを? むしろ良いんですか?」


 こちらとしては願ってもないことだけど、かなりの実力を持った彼女がこの国から抜けてしまっても大丈夫なのだろうか?


「もちろん本人にも了解はとってある。それにエレノアはマリアガーデンから客将として来てもらっていたのだが、今や我が国でも敵うものはほとんどおらん。本人のもっと強くなりたいという希望……そして、そなたの役に立ちたいのだろうな、何より」


「お、王!?」


「はっはっは、隠さなくてもよかろう! どうだ、フリッツ。連れて行ってくれるか?」


「こちらがお願いしたいくらいです。ありがとう、エレノア」


「うぅ……」


 お礼を言うとエレノアは恥ずかしそうに顔を伏せた。そんな様子を見て、王はまた愉快そうに笑いを上げるのだった。




「で、これからどうするのだフリッツ?」


「うーんそうだな。とりあえず旅の準備のためにマーケットに行こうと思うけど」


 王城を出たのち、オレとエレノアは話しながらメインストリートを歩いていた。


「旅の準備か。ならばサーニャ殿やティル殿を呼んできた方が良いのではないか?」


「いや、今日は必要最低限のものだけ買おうと思ってるから大丈夫だよ。それに、これからしばらく旅に出ることになるから二人には少しでも休んで欲しいし」


「なるほど、お主らしいな」


 そんなことを話しながらしばらく歩いているとマーケットに着いた。この前来たときと同じくたくさんの人でにぎわいを見せている。


 とりあえず必要なものを考える。ブレーメンは洞窟を越えれば比較的直ぐに着くし、食料は最低限で済みそうだ。あとは装備か……とは言ってもオレはティルがあるし、サーニャも武器の類を扱うのは難しい。エレノアはどうだろう?


「ん、どうした?」


「いやさ、エレノアって武器の新調とか必要だったりする?」


「む……そういえば前回の魔獣戦でパラッシュが刃こぼれしてしまった」


「じゃあ新しいのが必要かな? ちょうど良いから見てくる?」


「私は有り難いが、もっと他にないのか? せっかく王がお主にと……」


「いや、これは旅の支度の為にもらったものだからエレノアの役に立つなら大丈夫だよ。それに、オレやサーニャは武器は必要じゃないし……でも防具はどこかで見ないとな」


 とは言ってもサーニャは重い防具なんかは付けられないだろう。出来るだけ軽いローブのようなものにするか、それとも、やはり安全を考慮して鎧をつけてもらうべきか。


「ふふ、サーニャ殿のことを考えているだろう?」


「え、なんで分かったの?」


「フリッツは考えていることが結構顔に出るからな。しかし、お主にそこまで思われるサーニャ殿も羨ましい」


 言われてオレは自分の顔を触りながらそこまで出ていただろうか? と確認してみる。……うん、自分ではわからない。


「では武器と防具がそろった店に行くか。サーニャ殿に合う防具があるかは分からないが」


「あぁ、とりあえず行ってみよう」


 かくして武器と防具が売っている店まで足をの延ばすことになった。




「パラッシュですか……少々お待ちくださいね」


 王国に武具を卸しているという店を訪ねると、さっそくエレノアは武器を物色し始めた。……んだけど、使っていたパラッシュが見当たらなく店主に尋ねたところ店のそう言いながら店のおくに引っ込んでしまった。


「パラッシュってやっぱりこの国じゃ珍しいのかな?」


「あぁ、城で使っているのも私くらいのものだ。いつもは城から頼むから、店の方には置いていないのだろう。それより、待っている間に防具でも見ようか」


「だな」


 とりあえずオレもエレノアも少し軽めの鎧を探すことにした。ローブの類も置いてはあったが種類は少ない。やはり戦士の国となるとローブを身に着ける人も少ないのだろう。


 と、そんなことを考えながらも鎧を物色しているとエレノアの体にちょうど良さそうなサイズのものを発見する。


「おーい、エレノア。これなんかどう?」


「ん? あぁ、ちょうど良さそうなサイズだな。どれ」


 オレから鎧を受け取ると、エレノアは自分の体に装着し始めていく。思った通りサイズはぴったりで、これはさっそくいいものを見つけてしまったと自画自賛していたのだけど、


「フ、フリッツ……」


「ん、どうした?」


「そ、その……サイズがだな」


「あれ、合わない? 見た感じピッタリなんだけど」


「いや、縦と横は確かにぴったりなんだが、なんというか……その、奥行きが……」


「奥行き……あっ!」


 そこで気付いた。気付いてしまった。エレノアの防具が胸部のところだけ不自然に浮いていることに。


 これはあれか。それだけエレノアの、その、胸が大きいということか。いやいや、でも確か……


「えっと、女性の人って確か布かなんかを巻いておさえつけてるんじゃあ……」


「おさえつけてはいるんだが、最近はおさえつけても、うぅ……これ以上言わせないでくれ……」


「……ごめん」


 つまり、エレノアの胸は現在をもっても成長の真っ最中ということだ。ティルが聞いたらまた機嫌を悪くしそうな話だ。っていうかティルも自分の姿を盛れるんだから大人の姿になればいいのに、けっこう魔力使ったりするんだろうか?


「私はいつも城で使っている鎧を使おう……あれならばまだ少しはマシだ」


「そう、だな」


 そんな気まずいやり取りがあって、店主がパラッシュを持って戻ってきた時にはなんだか微妙な空気になってしまった。


「今うちに置いてあるパラッシュがこれだけになりますが……」


「ほう……これはなかなか」


 店主が持ってきたのはあまり剣を使わないオレでも分かるくらいしっかりとしたものだった。


「エレノア、どうかな?」


「うむ、これだけのものは私もなかなか見ない。主人、これをもらおう」


「あ、有難うございます。それでお値段なんですが、30000ゴルになりますが……」


「さ、30000ゴル……」


 その値段を聞いて思わずエレノアは二の句が継げないようだった。というのも普通の冒険者が買う武器がだいたい1000ゴルというのが相場だ。それの30倍と考えてもらえば、まあ高いと思うのは不思議ではない。それでも質が良くて長く使えれば、元は取れるだろう。


「エレノア的にはこの武器で30000は高いと思う?」


「……いや、よくよく考えればこの質ならそれくらいしてもおかしくはない。気持ちだけが逸ってつい買おうとしてしまった。すまぬフリッツ」


「いや、エレノアが良いと思うものだったら30000ゴルでも大丈夫だよ。長く使うものだし、せっかくだから良いものを買おう」


「いや、だがな……」


「店主、これください」


「有難うございます。すぐにお使いになられますか?」


「はい、彼女に」


 店主からパラッシュを渡されしばらく困った顔をしていたエレノアだったが、やがてオレが代金を支払い終えると諦めたように腰に下げた。


「ありがとう、フリッツ。その……大切にする」


「そんなアクセサリーとかじゃないんだから。情けない話だけど、オレがまともに戦えるようになるまでその剣で守ってくれると嬉しいかな」


「そう言って、いつもお主は無茶をするからな。分かった、フリッツもサーニャ殿も私が守って見せる。それで良いか?」


「うん、ありがとう」


 それからエレノアにオレに合う鎧とサーニャのローブを選んでもらって店を後にした。これで旅の準備はだいたい整った。あとは冒険者ギルドへの挨拶くらいか。


 バルディゴで暮らす残り少ない日々。やり残しのないように生活しよう。

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