第18話 ブレーメンの見習い勇者
「勇者……?」
突如として現れた少女が放った言葉に面食らいつつも、言葉の意味を考える。
……勇者いかがですか?
「あっ、すいませんいきなり。わたくし、クロエ・パレンティアと申します! このブレーメンで見習い勇者をしております!」
あぁ、なるほど。つまり勇者見習いとして仲間に入れてくれるパーティーを探しているということだろう。それは分かったのだが、一つ引っかかることがあり少女の姿をじぃっと観察する。
「あの……わたくしの顔に何かついておりますでしょうか?」
「その、失礼だけどずいぶんと若いなと思って」
そう、若い。というか、若すぎる。見た目で測るのは何だけど、うちのパーティーで一番若いサーニャよりもさらに若く見える。そんな少女――クロエが例え見習いといえど勇者として活動しているとなると、何よりも不安が先にきてしまう。
そんなオレの視線に気付いたのか、クロエはどこか慌てたようにまくし立てた。
「こ、これでもいちおう王様からクエストも受注している身です!」
「そうなんだ。ちなみにそのクエストって?」
「……この国に来られた冒険者の方に、街を案内することです」
「あーなるほど」
おそらく駆け出しの少女に危険なクエストは難しいと判断されて、簡単なクエストを任された……そんなところだろうか。
さてどうしたものだろう。個人的にはブレーメンにも何度か来たことがあり、特別案内を必要をしている訳ではなかった。しかし、このまま断るのもどこか気が引けるような感じもする。そんなことを考えていると、
「フリッツさん、わたしこの街についたばかりでまだ何も分からないので、案内をお願いしても良いでしょうか?」
馬車の中からサーニャが顔を出した。確かにオレは知っているかもしれないが、サーニャはこの国には来たばかりだ。オレが案内しても良いが、この国に住む人ならより詳しく案内してくれるだろう。
「エレノア、それで良いかな?」
「ふふ、フリッツのことだから最初から断るとは思っておらんよ」
「うん、ありがとう」
話が早くて助かる。エレノアの許可を取ると、オレは再びクロエに向き直る。
「というわけで、案内してもらえるかな?」
「……はい! お任せください!」
こうしてオレ達は馬車から降りてクロエのブレーメン案内を受けることになったのだった。
「ブレーメンは建国して六百年の歴史を持つ国です。小国ながら先代の勇者様が最初に立ち寄られた国として有名になり、冒険者産業が盛んであります。中でも『勇者制度』は老若男女問わず志望者が後を絶ちません。かくいうわたくしもその一人なのですが……」
簡単に自己紹介をした後、城内を歩きながらクロエの説明を受ける。それを裏付けるように至る所に冒険者のパーティーが旅立っていく姿が見受けられる。誰もが勇者になるという強い意志を持っているのか、その瞳は希望に満ち溢れているように感じられた。
「勇者制度って年齢制限はないんですか? あまり若すぎる人や、逆に年老いた人は厳しい時もあると思うんですが」
気になっていたことをサーニャがタイミングよく質問してくれる。クロエのような少女が勇者見習いをやれているということは、よほど制限が緩いのだろうか?
「年齢制限は16歳から60歳までですね。も、もちろんわたくしもその範囲内です!」
そう答えつつも、クロエの視線はどこか泳いでいた。何だかちょっとあやしい。
「では、クロエ殿は16ですか? それならサーニャ殿と同い年ということになりますが……」
「は、はは。そ、そんな感じです」
そんな感じて。これはますますもって怪しい。が、あえて突っ込むようなことはしない。真実を追究するのは、とりあえず今でなくてもいいだろう。
「っと、話がそれましたね。そういえば……フリッツ様、どこか行きたい場所などはありますか?」
クロエに言われて少し考える。冒険者ギルドにも顔を出しておきたい気持ちもあるが、それよりも先に王に挨拶をしておいた方がいいだろうか? 一応バルディゴ王の親書もある訳だし。
「じゃあ、王に会いたいんだけど玉座の間はどこだろう?」
「……へ? お、王ですか!?」
オレの突然の申し出に、クロエは目を丸くした。
「うん。実はちょっとバルディゴ王から頼まれてきたんだけど、いきなり行って大丈夫かな?」
「ブレーメン王は冒険者であれば誰でも謁見することは出来ますが、まさかバルディゴ王から命を受けていたとは……知らないとはいえ、失礼致しました!」
生真面目に背筋をビシッと伸ばして頭を下げるクロエ。と同時に、頭にのった帽子がするりと地面に落ちそうになる。
「おっと」
それをすんでのところでつかまえて、頭の上に乗せ直してあげる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
どこか恥ずかしそうに頬を染めるクロエだったが、直ぐに表情を引き締め直し、
「で、では玉座の間へご案内いたします。どうぞわたくしに着いてきてください」
そう言って先頭を歩き始めた。さてバルディゴ王は結構フランクな人だったが、ブレーメンの王は一体どんな人物なのだろうか。
「よくぞ参った。そなた達の活躍は我が友、バルディゴ王からも聞いておる」
結果から言えばバルディゴ王ほどフランクではないが、親しみをもって話してくれる普通に良い王様だった。
「先の魔獣退治、そして今回勇者様を探す旅に出る決意をしてくれたこと。一国の王として深く感謝する」
言葉通り深々と頭を下げるブレーメン王に、こちらも何だか恐縮してしまう。
「そして、どうにもクロエが世話になったようじゃな」
「王様はクロエとは親しい間柄なのでしょうか?」
「ほっほっほ、クロエはワシの姪じゃよ」
「おじう……じゃなかった、王!」
王様の突然のカミングアウトに、クロエは慌てたように言葉を挟んできた。そういえば先ほど帽子をつかまえたときにブレーメン王家の紋章がついていた。しかしまさか王族だったとは。
「そのことは秘密にしてほしいとあれほど!」
「隠すことはあるまい。それに、フリッツ殿は大魔導士マリク様の後継者。そなたにとっても憧れの対象ではないか?」
「なっ、それはまことですかフリッツ様!?」
「ま、まあ一応そういうことになるのかな」
そう答えるとクロエはずずいっと距離を詰めてきた。近い、お互いの息がかかるくらいに近い。身長差はかなりあるのだが、足元を見ればグッと背伸びをしている。
「そ、それでは、その腰に下げた剣が魔剣ティルヴィング! ……にしては何やら錆びているような」
「あぁ、それは……」
事情を説明しようとするといつものように剣が突然光り出し、そしてあっという間に人間の姿になった。
「初めましてクロエ。アタシはティルヴィング。でもこれ錆びてないのよ」
そしてティルの自己紹介が入る。一方クロエの方は驚きで目を見開いていた。
「け、剣が人に……」
「ティルは魔剣だから人になることが出来るんだよ。まあ、気まぐれだからなったりならなかったりだけど」
「そ、そうなのですか……」
おっかなびっくりといった感じでティルに近づいていくクロエ。そんな彼女を迎え入れるように普段はみせないニッコリとした表情で笑うティル。本当に女の子には優しいな。
「よ、宜しくお願い致します! ティルヴィング様!」
「アタシのことはティルでいいわよ」
「はい、ティル様!」
そう言いつつティルの手をがっしりと握りぶんぶんと上下に振るクロエ。さっき王が憧れの対象だとか言っていたけど、勇者……というか、勇者パーティーに関するものに人一倍関心があるようだ。
「これクロエ、ティルヴィング殿が困っておられるだろう」
「はっ! も、申し訳ありません!」
王に注意され名残惜しそうにティルから離れるクロエ。……こころなしかティルの方も残念そうにしているが、まあ気にしないことにしよう。
「今日は着いたばかりで疲れておるだろう。宿に話を通しておくから、この国にいる間はそこに逗留すると良いじゃろう。クロエ、案内を頼めるか?」
「はっ! ではフリッツ様、ご案内いたします」
クロエについて玉座を後にし、城の入り口付近にあった宿屋へと案内される。急な話ではあったが主人は快く部屋を用意してくれた。オレとティルで一部屋。そしてサーニャとエレノアで一部屋。
「ここまでありがとうクロエ」
「いえ、勇者見習いとして当然のことをしたまでです。……あの、フリッツ様。少しよろしいでしょうか?」
「ん、何かな?」
「お疲れのところ大変申し訳ないのですが、もし可能であれば夜わたくしにお時間を頂けないでしょうか?」
何だろう? でもクロエの表情はとても真剣で、聞いてあげなきゃいけないように感じられた。
「別にかまわないけれど、オレだけで大丈夫? サーニャとエレノアは出来れば休ませてあげたいんだ。特にサーニャはまだ旅慣れてないところがあるから」
「はい、大丈夫です! 有難うございます!」
そう言ってクロエは頭を下げる……と、また帽子がするりと落ちそうになるのをキャッチ。
「あぅ……何度もすいません……」
「ははっ、別に大丈夫だよ。でもクロエは直ぐに頭を下げちゃうからちょっと落ちやすいかな?」
「……これはお母さまの形見なのです。ですからどうしても身につけておきたくて」
「そっか、大切なものなんだな」
今度はしっかりと帽子をかぶり直すクロエ。形見ということは、彼女の母親は既に亡くなっているのか。
「では、この先にある酒場でお待ちしております」
「了解。荷物を整理したら直ぐに行くよ」
「お願い致します。では」
さて、こっちも急いで片付けてしまうか。しかしクロエの話は一体なんだろうか?
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