004 日常4

辺りには、様々な機器がずらりと並んでおり、部屋に漂う、何かを炒った香ばしい香りと、薄っすらと香るアルコールの香りが、鼻腔をくすぐってきた。


「オメェら、ささっと終わらせんぞ、オイラは腹が減ってんだ」

「うん、待っててね。すぐ終わらせるから」


アキの元へ、耳の形が三角の獣が、宙をふよふよとただよい、近づいてきた。

そして、驚くほど自然に、アキの頭の上を陣取った。


その体は、そこらの獣よりは少し小さめで、アキの顔のサイズと同じ程度の大きさだ。

銀色のような、金色のような。

輝く体毛がとても綺麗なキツネだ。


「早く終わらせたいのなら、あなたも手伝ってください。皆でやれば早く終わるんですよ」


キツネと同程度の大きさで、丸い耳をした獣が、ぷりぷりと怒りながら、俺たちが倒した化物の周りを、忙しなく動き回っている。


漆黒の体毛が輝いており、時折、星のような点がちらちらと輝いている、幻想的で美しい見た目をしているタヌキだ。


「ほら、キツネちゃんも、一緒にやるんだよ」

「へーい」


アキがタヌキの元へ近づき、しゃがみ込んだ。

そして、化物の身体にお生茂っている草木に手を突っ込んだ。

突っ込んだ手を引き抜いては、再度化物の身体に手をつっこんでいる。

それを何度も、何度も繰り返している。

化物の身体になっている実をちぎり取っているのだ。

その実を隣に置いている容器に入れる作業を繰り返している。


その周りで、キツネとタヌキの二匹がちょろちょろと動き回って、辺りに散らばっている実を拾い、アキと同様に、容器へ移している。


俺はその様子をちらっと確認して、自分の作業へ取り掛かる。


「そろそろ、迷宮に行きてぇよな。俺たち、かなり強くなったと思わねえ?」


ラビは、金属で出来た容器を、濡れた布で拭っている。

時折、宙に水の塊が現れ、空中で漂っている。

そして、金属を拭うように動き回ったあと、排水溝へ向かい、形を崩したと思ったら、穴の奥へ姿を消すのだ。

相変わらず不思議な光景だ。


「まだ危ないんじゃないの? 師匠だって、たまに怪我して帰ってくるし」

「あれは、本調子じゃないからだろ。それに、迷宮に行ったから怪我してる訳じゃねえみたいだしな」

「そうだけどさ、森とは比較にならないほど魔物は強いって言うしさ、師匠だってまだ無理だって言ってたじゃん」

「それでも行きたくて仕方が無えんだよー」


倉庫に蓄えられている、これから作るものに必要な材料を作業場に持ち出しながら、ラビの愚痴を聞くのはいつもの事だ。


ラビは、いつも「師匠のような、強い男になるんだ」と言っている。

一度見せてもらった師匠の洗練された動きには、俺も魅せられてしまった。

俺でも心躍るような感覚にさせられて、しばらく鼓動が収まらなかった。

その晩は、師匠のように化物を倒す自分を想像してしまったほどだ。


「よし、こんなもんだろ。ルイ、火ぃつけてくれ」

「分かった」


材料を出し終わった俺は、ラビが用意した、大きな鍋のような容器に近づく。

鍋の下には、こちらの世界特有の燃料が溜まった機器が用意されていた。

燃料にに火をつけるのは、俺の役割だ。

細かい事は分からないが、魔力を利用した火の力だけ、点火出来る仕組みらしい。

点火機能がある機器もあるらしいのだけど、ここにあるのは、そんな機能はついていない。


体内に留まっている魔力を探り、引っ張り出す感覚で体表へ集める。

今回は、人差し指の先端に、線香花火程度の大きさをイメージして集めた。

そして、集めた魔力を揺さぶるイメージで動かす。

直後、ぽっと火がついた。


火の力の基本は、この一連の動きを必要とするらしい。

ただ、必要なのは、個人が持つ魔力の質らしく、ラビが同じような事をしても、火はつかなかった。


その火を、燃料へ近づけると、指先の火を起点として、燃料の上を走るようにして火が燃え盛った。


「点いた――冷たッ」

「あっ、すまねえ」


跳ねてきた水が、顔の半分を濡らした。

ラビが水の魔法を使ったんだと、すぐ理解した。

水が跳ねてきた方へ顔を向けると、口元をニヤつかせたラビが見えた。


「……絶対わざとでしょ」

「違えって。思ったより力が入っちまって」

「俺だって、ムシの居所が悪い時はあるんだけどね――」


先ほどより大きめの火の玉を指先に集め、ラビの前に突き出した。


「おい! マジだって! 俺が魔力操作苦手なの知ってんだろ!」

「いつも、そんな事ないよな」

「そ、そうだな。いつもはな……」


両手を肩まで上げたラビが、顔を引きつらせている。

少しして、なんだかどうでも良くなり、ため息を吐いて、火のついた手を引っ込めた。


「悪かったって」


そう言ったラビは、俺の方へ手を伸ばして、火の玉を握りこんだ。

同時に、水が蒸発するような音がした。


「こんなものかな」


声の方を向くと、ヒザのあたりを、ぱんぱんと叩き、埃と葉っぱの屑を払いながら立ち上がるアキいた。


「んじゃ。あとはお願いね」


どさっと言う音とともに、アキが集めた実が入った容器が、鍋の横に置かれた。


「うひい、疲れたぜー!」


空中に寝そべるように、浮いている狐が、自分の肩を叩いている。

腕と言う部位が無いはずの、獣であるはずのキツネが、なぜ、あんな格好をしているのか、いつも気になるのだが、すでに考える事は止めている。

学者でも無い自分が考えても仕方のない事だ。

それに、解剖出来るわけでも無いし、するつもりもない。

気になるけど、別に、そんな細かいことが気になるわけでもない。

そんな自分が適当だなあと、他人事ながら考えてしまう。


「たぬちゃん、もう、落ちてないよ」


未だに、化け物がいたあたりをちょろちょろしていたタヌキは、はっとした表情でこちらを見た。


「たぬちゃんは、真面目だねー」


アキが手を伸ばすと、その腕をタヌキがはしっと掴んだ。

腕にしがみついているタヌキを絡め取るように胸元に引き寄せた。

アキに抱かれているタヌキは、化け物がいた辺りを見つめている。

まだ気になっているのだろう。


「ししょーに報告してくるねー」


小走り気味で、作業場から出て行く、アキの尻尾がご機嫌に揺れていたのが分かった。


「俺はちょっと休憩するわ」

「あ、オイラも行くぜ」

「そう言えば、昨日、姉貴にクッキーみてえなの貰ったんだぜ。食うよな!」

「おお、でかした!」


ラビのコブシと、ちいさなキツネのコブシがぶつかり合う。

二人は気があうのか、普段から仲が良い。


「俺の分も残しとけよ」

「おう、もちろんだぜ」

「早く来ねえと、無くなっちまうぜー」


ニヤッと笑っている、ラビとキツネ。

それを見た俺は、絶対残ってないだろうなと確信した。

あいつらの食い意地のはりようを理解しているからこそ、俺は、がっくりと肩を落とした。


「火の当番、頼んだぜー」


ふよふよと浮いたキツネを先頭に、ラビが作業場から出て行く。

どことなく、二人の足取りが軽く見えた。


火の力を操れるせいで、火の当番になってしまった、自分の運の無さに、前世での行いの悪さが影響しているのかと考えて、気が滅入る。

実際のところ、前世の環境や行いがこの世界で色濃く影響すると言っていた。

そのせいなのか、俺は火の力に馴染みやすい体質をしているようだった。

前世、俺は火のように、文字通り燃え盛るような男では無かったはずなのに。

この世に影響するほど、燃え盛るほどエネルギーが余っていたのなら、前世で燃えて欲しかった。

それであれば、ラビとアキに対して、負い目を感じる事はなかったのに。

後悔なんてする事は無かったのに。

そんなことを考えていたら、いつの間にか、火力が落ちていることに気がついた。

慌てて火を継ぎ足す。


「はあ」


コンコンと、木材を叩くような音がして、ゆっくりと振り返った。

師匠が立っていた。

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