003 日常3
「お前ら遅かったな」
「そうでもないですよ」
「ああ――まあ、そうだな」
俺たちの拠点に帰り着くと、大人の女性が迎えてくれた。
アーモンドのような切れ目の大きな瞳は、気の強さを表している。
一見、髪の色は白く見えるのだが、陽の光の当たり具合によって、銀にも金にもみえる。
細く長いストレートの美しい髪が風に煽られて、オーロラのように輝いていて息を呑むほどだ。
細身ではあるが、しっかり鍛えられたバランスの良い身体。
普段の振る舞いを知っているからこそ分かる、どことなく漂う、洗練された気品。
目を奪われても仕方がない美しい女性が、目を細めながらも、太陽が登っている空を見上げていた。
少しの間、空を眺めていた女性は、身を翻し、建物の中へと入っていった。
俺たちは何も言わず、女性の後について、自宅でもある建物の中に入る。
「師匠! 戻ったぞー!」
街の一画、目立たない路地裏にある、その建物は、年季の入った木造で、良く言えば味があり、悪く言えば古臭い。
辺りを見渡すと、まず、点々と置いてあるテーブルと椅子が目に入る。
そして、少し奥へ目線をやると、カウンターがあり、一人用の椅子が等間隔に置かれている。
首元でカサつく葉っぱが気になって、俺と化け物を繋いでいる縄を緩めようと視線を落とした。
その瞬間、キンっと、ガラスがぶつかるような音で、一瞬、心臓が跳ねた。
意図的に、そちらへ意識が持っていかれた事に気づいた時には、カウンター越しにいた男と目が合っていた。
ラビが師匠と呼ぶ男だ。
彼は、俺と目線が合った事を確認した後、隣に立つ女性へ顔を向けた。
隣に立つ女性は、しばらく男の方を見つめた後、こちらを向いた。
「お疲れ様です。いつも通り、裏で作業をお願いしますね」
大きく見開いたターコイズブルーの瞳に、視線が吸い込まれた。
首元まで伸びた、波打った黒い髪が、時々濃い青に色を変え、輝く。
薄暗い店内に、突然夜空が現れたかのような、幻想的な印象を与えられる。
そして、軽く開けている服装から、ちらちらと見える胸元も、とても印象的だ。
とても大きい。大きいのだ。
全体的に、情報量が多い彼女の容姿を、長いこと直視出来ない。
全体的に、余りある部分が多い。
あまりにも多く、恐れ多い。
「師匠は、用事、済んだのか?」
彼女は一瞬、目だけを男の方へ向け、しばらくしてからこちらを見た。
「ええ、問題なく」
ラビが師匠と呼ぶ男は、言葉を口にする事が、ほとんど無い。
大抵、隣にいる女性が、師匠の代わりに話してくれる。
「ラビ、これ早く下ろしたいんだけど」
「ああ、悪りい」
背中に背負っている草の塊が首をなでおり、今にでも下ろしてしまいたい衝動に駆られる。
「作業、始めときますね」
男は、軽く頷き、隣にいる女性の方へ顔を向けた。
彼女も再び、師匠へ顔を向けた。
二人は、ほとんど無表情で見つめ合っていた。
「あ、ここにも落ちてる」
アキは、その様子を気にも留めず、地面に落ちている実を拾っていた。
長い間、この光景を見てきたからなのか、アキとラビは何にも感じないらしい。
師匠達のやり取りを見て、どぎまぎしている自分が馬鹿みたいだ。
「おっ、こっちにも落ちてんぞアキ。ほらよ!」
「うわっ! 投げないでよ! 落としちゃったじゃん……」
師匠がこの様になってしまったのは、過去に起こった大戦が原因らしい。
俺達はその頃、まだこちらに居なかったから、聞きかじった程度の情報しか知らない。
とんでもない規模の大戦だったらしい。
何年にも渡って続けられていた大戦は、当時の人からすると、世界の終わりと同等の印象を与えていたらしいかった。
今の様に、人が、それなりに暮らせるようになった事が、夢であるかの様に聞かされる。
師匠は、その大戦のせいで、手痛い後遺症を残すことになった。
正確には、呪いの類らしい。
言葉に、呪いが乗っかってしまう呪いだと言っていた。
よく意味が分からなかったが、そういう呪いらしい。
本当は、言葉を発する事が出来なくは無いらしい。
けれど、ひとつ間違ったら、取り返しがつかなくなるといっていた。
だから、言葉を口にする事が出来ない。
少なくとも、俺は、師匠の声を聞いた事は無い。
その問題を取り持ってくれるのが、隣に立っている女性と、先程迎え入れてくれた女性だ。
彼女たちは、師匠との繋がりがとても強いらしく、言葉を通さなくても意思疎通が出来る。
普段は、俺達は彼女たちを通して、師匠の司令を聞くのだ。
「じゃ、終わったら声かけます」
奥にある作業場に向かう時、ちらっと師匠達の方を見たら、さきほど出迎えてくれた女性がカウンターに居たのが見えた。
3人は、とても仲が良さそうに、お互いを見て柔らかく微笑み合っていた。
それを見た俺は、どこかとても羨ましくなった。
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