001 日常1
気が付いたら、俺たちはこの世界に居た。
自分の身に起こった事の理解が追いつくまでは、そりゃあもう混乱した。
夢かと思い、試しに頬をつねってはみたものの、いくらつねっても、ただただ痛いだけだった。
大声を上げてみたが、残響がむなしく響くだけだった。
聞こえてくる、森の隙間を抜ける音や、木の葉が擦れる音。
少しジメッとした空気から香る、土と草木に香り。
どれも、全てが現実味が帯びすぎていたから、納得するしか無かった。
自分でも驚いたのだが、納得してしまったら、起こってしまった事は仕方が無いと、すんなりと受け入れる事が出来てしまった。
生前の事は、薄っすらと覚えている。
もしかしたら、覚えていると言う表現は間違っているのかもしれない。
日常生活で、ひょんな事から、脳裏に蘇る映像がとても懐かしく感じ、匂いですら思い出せるのだ。
その度に「ああ、そうだ、そんな事もあったな」と腑に落ちてしまう。
正直な所、本当に体験した記憶では無いのかもしれないが、蘇る映像を懐かしむ自分を信じたいというのが本当な所なのかもなと最近考えてしまっている自分がいる。
出来るのであれば、この感情の正しさを証明するためにも、どうにかして確証を得ようとしているのだけれど、この世界には、映像を保存する仕組みなんて存在しないし、仮にあったとしても、前の世界の映像なんて存在しないだろう。
可能であれば、家族の顔をもう一度拝みたいと考えた、直後、目頭に暑いものがこみ上げてきた。
その感情を拭い去るために、目をつぶって、頭を振った。
脳が揺れる感覚で気持ち悪くなりながらも、瞼を開けると、辺りの風景が滲んで見えた。
再び、瞼をぎゅっとつぶって、袖で目を擦った。
「ルイ、大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫」
「昔の事でも思い出してたんだろ?」
「……違うって」
「恥ずかしがるなよ! 気持ちは分かるって!」
声の主、ラビが脇を通り過ぎたと思ったら、直後、背中に衝撃が走った。
同時に、良くない感情が、少し引っ込んでくれた気がした。
「よしっ、この辺だったよな!」
ラビが、振り返った。
頭の後ろの方で結わえられている髪が、体の動きと同時に翻る。
直後、はっきりと見えた顔へ、俺の目が吸い寄せられた。
どうしても、見てしまうのは、ラビの目が常に閉じられているから。
ラビの目がが開けられた回数は、数えられる程度しか記憶に無い。
「この目、まだ慣れないのかよ……もう、何年経つと思ってんだ?」
「どうしても見てしまうんだよね」
目を閉じていても、呆れているのが分かる。
目が開けられていなくても、顔の筋肉のちょっとした変化で、心境を理解出来る程度の仲だ。
けれど。
自分では慣れていると思っていたとしても、気になるものは気になってしまうのだ。
自分は、細かい事を気にするタイプなのだろうかと、自己分析してみたけど、部屋がすぐ散らかっている事を思い出して、そんな事は無いと、すぐに考え直した。
「えーっと、どこだっけな……あっ! あそこ! あの木!」
俺の隣で歩いていたアキが、背伸びするようにぴょんぴょんと跳ねていた。
腕を進む先へ向け、指先をピンと伸ばしている。
同じように、ゆらゆらと揺れる尻尾と、ピンと立った耳が可愛らしい。
「おっしゃあ! いくぞお!」
「えっ、待ってよ」
飛び出したラビにつられ、アキが走り出した。
反応が遅れてしまったが、俺は、二人の後を追うため、走り出す。
二人の走る後ろ姿を追い掛けながら、二人の昔の姿を思い出そうとしたけど、あまりにも昔の事だから、はっきりと思い出す事が出来なかった。
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