きつねとたぬきの送り者

@araikumaneko

プロローグ

地平線がない。

空でもない。

地でもない。

明るくもなく、暗くもない。

そんな、不思議な空間。

そんな空間に、2つ気配。



「ここも喰わちまってんなぁ」

「そうですねえ……と言っても、ここだけではなく、星のほとんど・・・・・が、ですけどね」

「もう、無理なんじゃねぇのか?」

「そう言いましても。我らが主はまだ諦めてませんので」

「はあ。また、面倒な役回りになっちまったもんだ」


ふたつの生命体は、上下左右もわからない空間で、宙に浮きながらも、平然とした態度で、日本で扱われている言語で話している。

見た目は人間ではない。

覆われた毛皮と、長く伸びた口元。

その上部には、ひくひくと動いている鼻。

可愛らしい耳としっぽが、ぴこぴこと動いている。


「全然見つからねえなあ」


ふわふわとした毛に覆われた、三角の耳と大きな尻尾を揺らしている獣が腕を組み、ふよふよと浮かんでいる。


「数は多くないんで……根気よく探すしか無いでしょう」


先程の獣よりは、少し硬そうな毛で覆われている、丸みを帯びた耳を持つ獣が、凛とした姿勢で人間と同じように、日本の足で宙を歩いている。


「しかし、ひでぇもんだな」


どっちが上で、どっちが下か――。

あっちが左、こっちが右か――。

全く見分けがつかない。

見分けを付ける必要が無い。

この空間には重力の概念が無いのか、建物の残骸、何かの標識、折れた木、ありとあらゆる物が宙に浮いている。


「私達の眷属も、ほとんどの者が消えてしまいました」

「あぁ――つうか、おめぇ、2つの足を動かして歩いてるけどよぉ、ここじゃ意味ねぇよな」

「……気にしないでください。癖のようなものです。前に進む時は、2本の足を動かした方が、気持ち悪く無くて良いじゃないですか」

「相変わらず、変わってんな」


その空間を、彷徨いながら進んでいる二匹は、辺りをキョロキョロと見渡し、何かを探している。


「さあ、早くしないとこの空間にあるはずの、人だったもの・・・・・・も完全に消えてしまいます」

「つったってよぉ……ここまで、結構時間かけて探したんだぜ? もう、何も無ぇんじゃねぇのか?」

「手ぶらで帰るわけにもいきません。私達が、何も結果を残せないとなると、この先ずっと笑いものですよ」

「それは嫌だな」


三角の耳をしている獣は、それ以上進む様子は無い。

やれやれといった様子で、丸い耳の生命体は、片方の生命体のしっぽを掴み、引っ張るように進みだした。


「ほら、ちゃんとして下さい」

「んあぁ、明日からちゃんとやるからよお――お、なにか感じるぞ」


ふたつの生命体は、なにかに気付いたのか、鼻をひくひくとさせ、辺りの気配を探っていた。


「……この辺りで良いでしょう」

「おっしゃあ、はじめっとすっか」


2匹の獣は立ち姿になって、お互いを向き合った。

そして、両手を合わせて、目を閉じる。

何か念じているのか、その格好のまま、しばらく動かない。


「うぬぬぬぬ」


しばらくすると、二人の周りの空間が揺らめいた。

そして、その揺らめきが、2匹を中心に、少しずつ広がってゆく。

どれほど時間が経っただろうか、しばらくその行為を続けていた2つの生命体が何かに反応した。


「お、居たみてえだな」


耳が、ぴんと立つ。


「おや?」


しっぽが、ぴくっと揺れる。


ふたつの生命体は、あたりの様子を探るように、耳を左右に動かした。

そして、うっすらと片目を開ける。

しかし、一見、辺りは変化が無く、相変わらず雑多な状態が広がっていて、混沌とした風景のままだ。


「どうやら、あちらから感じるようですね」

「ふむ」


二匹は、同じ方向へ顔を向けている。


「おっしゃあ、ようやくお出ましだ」

「時間、思ったよりかかりましたね…」…


二匹は歩を進めた。

しばらくして、二匹は立ち止まる。

首をきょろきょろと動かし、辺りを確認している。


「この辺りでしたね」

「うむ」

「では、早速」


まるい耳をした生命体が、両手を胸の前に持ってきて、拍手をするように、一度だけ合わせた。

はじけたような、甲高い音が辺りに響き渡る。


「お、コイツだな」


三角の耳の獣が見ている方向に、うっすらと光る物が揺れていた。

サイズとしては、ソフトボール程度の大きさの玉が火のように揺らめき、太陽の様に燃えていている。


「これで、笑われるこたぁねぇぞ! さっさと終わらせて帰っちまおうぜ」

「そうはいきませんよ。これからが始まりなんですから」

「そうなんだよなあ……」


三角の耳をした獣は、心底、面倒そうな表情をしている。


「では、始めましょうか」

「持っていけんのか?」

「頑張れば……やってみましょう。次の機会なんて、無いと思いますから」

「そうか! 頑張ってくれ!」

「貴方もですよ。言いつけますよ」

「……くそっ……わぁったよ」


三角の耳の獣は、がっくりと肩を落とす。


「はじめましょう」


二匹は両の手を合わせ、念じ始めた。

生命体の近くで空間が揺らめく。


「しっかりやって下さい」

「やってるっての!」

「嘘です。貴方ならもっと出来るでしょう。良いんですか? 報告は私が――」

「わぁったよ!」


三角の耳の獣は全身に力を込めた。

すると、空間の揺らめきが大きくなる。


「初めからそうしていれば良いのです」

「もう無理だかんな!」

「分かってます」


その直後、空間に円状の穴が空いた。

その穴からは、森のようなものが見える。


「かぁー、もう無理だわぁ」

「そうですね。思っていた以上疲れましたね……」


三角の耳の獣は、空間に身を放り出し、大の字になっている。

丸い耳の生命体は、膝を折り、へばるようにして崩れ落ちている。

しばらくして、二匹はすっと立ち上がり、深呼吸をした。


「んじゃ、行くか」

「ええ」

「それ、忘れんなよ」

「分かっていますよ」


2つの生命体は、先程見つけた揺らめきを引き連れ、空間に空いた穴へと向かう。


「すげえ不安だな」

「それは、私も同じです。失敗したら取り返しの付かないことになります。そうなったら私もあなたも――」


丸い耳の獣は、身体を震わせて、恐怖に怯えた表情をしていた。


「まあ、なんとななんだろ!」

「あなたは、いつもそうですよね」

「それが、オイラらしさだからな!」

「それが、ずっと続くと良いですね」

「そのために頑張るんだろ! じゃあ行くぜ」

「はい、私達の旅は、ここからはじまるのです」


二匹は、どこか誇らしげに歩み始める。

期待と不安に心踊らせながら。

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