4‐10
長い話を語り終えて、息をつくために窓の外を見る。
空港まではあと数十キロ。沈む太陽の明かりに照らされていた景色が、いつの間にか星明りに包まれている。語った暗い話に似合わず、空は満天だ。
追っ手は振り切り、後はゴールを目指すのみとなった車内は適度に緩んでいた。夜を迎えたおかげでナナスケも静かに眠っている。
「なぁ、ギンの倅よ。お前よく生きてこられたな」
「そうですね。まぁ、幸い独りではなかったので」
「それって、もしかして沙友里さんのおかげ? 」
俺の話を聞いているうちにメグミも何となく心の整理がついたのか、口調は普段のトーンに戻っている。
「あぁ、そんなところかな」
ふとサユリがいなかったらと考える―――ぞっとした。
「一人で死ねると思うなよ」
あの日、呪い殺すような眼つきで俺を睨むサユリの姿は、今でもたまに夢に見る。
病院の屋上。生ぬるい空気。ボイラーの音。
そう言えばあの後、雨が降って、出来た水たまりの上で二人、子供みたいに跳ねて遊んだっけな―――。
「遠くまで来ましたね」
ドアにもたれ、シュンは窓の外を眺める。
インターを降りて、都心部に入ると星明りが一気に街灯の明かりに塗り替わる。乱立する摩天楼の合間を縫うようにハイエースは進む。
「今、親父達が手続きしてるって連絡が来たし、あと少しだからな」
信号を幾つか過ぎて、大通りを突き進みビル街を抜けると視界は開けて、視線の先にはやっと目的地が見えた。
駐車場に車を止め、ロータリー脇を走り抜けてターミナルへ。夜十時近いというのに、ターミナルは何人もの人々が行き来していて、アルファベットの看板で仕切られたエントランスで搭乗手続きを行っていた。国籍の違う人々が入り乱れ、なかなかロクロウの家族を見つけるのは難しい。
「空港なんて、修学旅行以来だよ」
唖然としてる場合じゃないから。立ち止まるメグミの手を引っ張る。
はぐれないようにもう片方の手でシュンも捕まえて引き摺っていか、視線をさまよわせながら途方に暮れるロクロウの背中に声を掛けた。
「いましたか? 」
「いや……親父はたしかアロハシャツを着ているはず。臙脂に黄色の花柄―――」
「なぜにアロハシャツ……」
「あの人、袴とスーツ以外にそれしか持ってねぇんだよ。元々釣りに行く用で買ったんだけど、それ以来アロハシャツにハマったらしくてな。まぁ観光客に紛れるには最適だわな」
「確かに」
二人で頭を右往左往させて、目を凝らす。シュンもメグミもはぐれない程度に捜索範囲を広げる。身長が高くてよかったと思う。おかげで人混みからは頭一つ分抜けられる。
「窓際に立っている人達がそうじゃないですかね」
ロクロウの言ったとおりの姿の老人が視線を彷徨わせていたのを見つけた。右隣にはバカンスにしては場違いな黒スーツが立ち、左隣には女性の姿がある。
「あれだ。急ごう」
駆けだすロクロウに俺たちも続いた。人混みの隙間を抜けながら、もうじき迎えるゴールへラストスパート。そんな気持ちが俺の心と脚を躍らせた。
「おう、やっと見つかった」
「みきおーー。怖かったよー」
誰よりも速く、ゴールにたどり着いたのは、ナナスケだった。名前を呼ばれた黒スーツが、「坊ちゃん。よくぞ御無事で」と言いながら、父親同様にナナスケを抱き上げる。
「無事だったのね―――」
ロクロウの奥さんは目尻をハンカチで拭いて、そして夫婦は互いを確かめ合うように抱き合う。
アロハ組長は「よかった、よかった」といいながら孫の頭を撫でている。
俺達はその光景を見ながらほっと一息ついた。
「なんか、疲れたね」
メグミは立つのをやめてその場にしゃがみこむ。俺を見上げる顔は微笑んでいるが涙は流れたままだ。荷がやっと下りた安堵で張り詰めていた糸が切れたんだろう。
「よく頑張ったな」
隣に同じようにしゃがみ込んでメグミの頭に手を置く。メグミを労うとともに自分にも健闘賞を与えた。
やったぞ―――ソウゴ。
見えはしないが隣にいるような気がして、面影に俺は呼び掛ける。
行き交う人々は立ち止まり、俺達に向けて拍手を送ってくれている、そんな光景が頭の中で浮かび、俺は小さくガッツポーズをした。
「いや、聡さん。まだ終わってない―――」
まっすぐ前を見つめるシュンは硬い声でそう言った。
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