3‐5



「この車どこで借りてきたんだよ」

 目の前には白塗りのワゴンカーがあった。今回の依頼に関するキーアイテムだ。

 これを何に使うか。それは話を昨日に戻さなければならない。



「店なんて今はなくていい」

 そう断言したシュンの瞳には自信と活力が灯っていた。話を聞いてくれるのが嬉しかったのか、シュンは説明を進める度、どんどんと前のめりになっていった。

 興奮した様子のシュンの話をまとめればこうだ。

 まず、店はキッチンカーにして移動式にする。停める場所は駅前や、その近くにある公園。とにかく人の集まるところが良いそうだ。やや大まかではあるが、確かに場所取りのセンスはいいと思う。

 駅前であれば、常に大勢が通りがかるため、新規がとりやすい。それに、毎日駅に訪れる客、特に学生をとり込んでしまえば、リピート率が上がる可能性は十二分にある。

 公園は子供を遊ばせる主婦だけじゃなく、散歩に来た老人や、デート中の若い男女。幅広い客層が期待できる。

 そして、公園で遊んでいる子供たちは小腹がすくし、ゆったりと時間を過ごすときは何かをつまみたいものだ。購買の需要度としては高いだろう。

「ところでメニューはどうすんの? 」

 メグミが問いかけると、シュンは眼の前のコロッケを指した。

 なるほど「楽しさを足す」ってのはそういうことか。俺が得心したところで、メグミがわざとらしく手をあげた。

「はい、恵さん」

「でも、コロッケって学生はいいかもしれないけど、胃もたれとか、油とか考えるとお年寄りや、女の子とかはどう思うかなー? 」

 言われてみれば……俺たちはまた頭を捻ることになった。

「幅広い客層に合わせるには、揚げ物はしつこいかもしれないってことか。そうなると例えばパンとか」

「パンか。使ってないオーブンがあるから焼くのは問題ないが、それにしても、仕込みとかを考えると人手がな……」

「それは、交渉次第で何とかなるからいい」

 当てはあった。ただ確証がないので断言は出来なかったが。

「それより、キッチンカーはどうするんだ? 」

 シュンの方へ視線を向けたが、シュンは固まっていた。

 なんだ。発想するまでだったんかよ。

 途方に暮れそうになったが、その難題はメグミが受け持った。

「街のオッサンたち、よくうちの店に集まってくるから、聞けば何とかなるかも」

 かもって―――なんとも無責任な物言いに俺たちは首を傾げた。でも俺たちの予想は覆された。



「聞いても『どうにかする』の一点張りだったけど、まさか本当に用意するとはな……」

 ワゴンのドアを開けて、内装を見ると使われていた名残こそあるが、シンクは水垢一つなく、今まで持っていたであろう輝きを取り戻している。コンロも炭や錆びの粕一つない。

「お店によく来る、車の板金屋のおっちゃんが『昔使ってたが、今はいらねぇからやる』って言って、くれた」

「そんな美味い話―――」

「あるの。これから頑張ろうとする人にそれくらいのことがあったっていいじゃん」

「そんなお人好しどこにいるんだよ」

「いたの! 」

「はいはい」

「さっさんの性格そのままお爺さんにした感じの人がくれたの」

「はぁ? 」

 ますます怪しい。

 俺とその老人が共通してるとしたら考えられるのはこの白髪ぐらいだろう。

「それよりさ。人手には当てがあるんですよねぇ? 」

 首を傾げ続ける俺が癪に障ったのか、メグミは責め立てるような視線でこちらを見ている。

「多分。そろそろ来るんじゃない? 」

 後ろを振り返ることでメグミの視線を躱し、奥へ促した。


「こんにちは」

 見覚えのある夜会巻が見えた。

「清美さん」

 メグミは俺に向けた敵意をすぐに消して、驚きを口から溢した。

「恵ちゃん。お久しぶりね」

 元おねぇを先頭に、現おねぇのインストラクター、前島先生。そしてスナックの子達が三人の後に続く。

 こうして助っ人が合流したところで、夏期講習帰りのシュンも加わり、タイヘイの奥さんによる、仕込みのレクチャーが始まった。

 ゴルフボールほどに丸まった生地の中の具材は会議の末、激辛カレー・ミートソース・ほうれん草を生地に練り込んだもの・あんこ・カスタードクリームに決まった。

 バラエティに富んだ六種の具を生地で包む、あるいは練り込み、その後こんがりと焼く。さらにそれを小分けにして売るのではなく、ミックスして中に何が入っているかわからない状態にしておくことで、客に楽しみを与えるのが狙いだ。


「さっさん、意外と家庭的じゃん」

 メグミはボウルの中でウィスクを動かし続ける。かき混ぜられたカスタードクリームはもうすぐ角が立つ頃合いだ。

「片親だし。昔から母親の帰り遅かったしな」

 俺は蒸した小豆を蓋すらすり鉢の中で潰していた。人手もいるからって別にあんこを一から作らなくてもいいのに。

 ああもう、この作業肩凝るな。

「そうなんだ。じゃあ一緒だね」

「そうか」

 涼しげな顔で会話をする二人に、何故シュンが混ざってこないかと言えば、彼は今呼吸自体がしづらい状況下におかれているからだ。

「代わる? 」

「いや、大丈夫です」

 シュンはゴーグルをつけ、鍋を掻き回す。しかし、防備されているのは眼球だけでそれ以外は無防備だ。

 むっと湧き上がる唐辛子の痛みと、様々なスパイスの個性的な香りは、鼻を通して、シュンの身体の各器官に針を立てる。

「大丈夫? 」

「これくらい問題ないです」

 作っているのは刺激物ではあるが、決して劇薬などではない。一応食べ物だ。

 それでも、刺激物とスイーツを同じテーブルで作るってのはどうなんだろうか。

 メグミがゴーグルの縁に涙を溜めるシュンを心配して声を掛け続けても、彼は声を震わせながらその好意を断わり続けた。「ちっぽけでもいいから力になりたい」あの言葉は伊達じゃないんだと、辛そうなシュンをよそに俺は感心していた。

「聡さん……手、止まってますよ」

 悶え苦しみながらシュンは鍋をかき混ぜている。

「さぼるなよ」

 メグミのつま先が俺の脹ら脛にささる。

「っ……うるさい」


 夏休みの初日そして二日目を潰してやっと仕込みの講習が終わった。

 明日からは本格的に営業になる。仕込み部隊に清美さん達、加えてタイヘイの奥さん。人出としては問題ないし、手際も見ていた限り心配はなさそうだ。

 俺たちも二日かければ手つきは何となく馴染んでくるもので、調理の方はなんとかなるだろう。

 そしてやっと準備期間が終わった。


 あとは客足がどう出るか。


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