3‐4



「とてもじゃないが、飯食うところには見えないよな」

 メグミとシュンが頷いた。

 路地裏に面しているため、真昼でもこの店は暗い。店の門構えに書いてある「ごちそうさん」の文字は縁の至る所から錆が流れ出ていて、血文字みたいになっている。これではネーミングが突飛なお化け屋敷だ。喰うのは自分ではなく、店の方であるかのようだ。

 ドアの上にある雨避けのためのトタン屋根は、ところどころに穴が開いていて、というか、骨組みが顕になっていて、もはや機能を果たしていない。建物の強度、または印象の悪さで言えばあの教会と五十歩百歩だろう。

「安心してくれ。看板は業者に変えてもらうし、奮発して清掃業者にも、リフォーム業者にもたくさん金を払ったから、見た目は改善するはずだ」

 タイヘイは慌てて尻のポケットからリフォーム後の予想図のラフ画を広げる。レトロさや親しみやすさが雰囲気としてあり、かつ高齢化が進んできている商店街の住人のためにもバリアフリーな作りとなっている店の姿がそこには描かれていた。ひとまず俺たちは胸を撫で下ろした。


 とりあえず店の中に入り、俺たちは席について作戦会議を開く。

 薄暗い橙色に照らされた店内はレストランというより、バーの雰囲気に近い。これじゃあ、初見でさえも入りづらいだろう。

「でも、いくら店の外を良くしてもお客さんが入らないと意味ないじゃん」

 メグミが何の躊躇いもなく、この問題の根幹を叩きつける。タイヘイが一瞬怯んだのが俺にもシュンにも伝わってきた。

「おまえさ、相変わらずだよな」

「だってそうでしょ」

 一同ぐうの音も出ない。

「まぁ、とりあえず、まずは味を見てってくれ」と言い残し所在なさげにタイヘイは厨房へ消えていった。


 メグミの言う通り、問題の根幹は店の人気や、味の質云々よりも、信頼の回復というところに焦点を絞らなくてはならない。

 でも依頼を受けてから今日が来るまで聞き込みをしていてわかったが、タイヘイに対して街の人達が抱いている嫌悪感は俺が予想していたよりも蔓延していた。きっと中には「みんなが嫌ってるから」という理由で避けている人もいるはずだ。悪い噂って言うのは流行り病より、早く広まる。そして何より質が悪いのは、その噂が独り歩きして勝手に大事に成長してしまうことだ。

 聞き込み状況から察するにもうステージⅣ一歩手前というところか。

「常連客を当てにできないとなると、手詰まりだな」

「じゃあ、新しい客をとるのは? 」

「それも、リフォーム後ならできるかもしれないけど、内装や雰囲気から今すぐには期待できない」

 意見をあげるたびに首が絞まっていく。

「すまねぇな。俺のために」

 深刻に悩む姿を見て、タイヘイは罪悪感を抱いていたみたいだ。力なく笑いながら、俺たちの前に料理が運ばれてきた。

「ほい。うちの看板メニューの一つ、コロッケランチだ」

 皿に盛られたキャベツを枕にして、ふくふくと身を太らせた狐色のだるまが身を寄せ合って寝転がっている。中を割ると、そこからはホワイトクリームが溢れ出た。

「うっわー。クリームコロッケって久々食べたけど、うんまぁーい」

 口に運ぶのと同時に今まであった閉塞がメグミの顔から消え、今は蕩けそうな笑みをだらしなくこちらに向けている。しかし、こいつ。ほんと美味しそうに食うな。

「ぼくのはクリームじゃないメンチカツだ」隣でシュンがぱっと笑みを咲かせた。試しに自分のを割ってみると、俺のは普通のコロッケだった。

「さっさんだけ普通じゃん」

「ほんとだ」

「うるさい。こっちは違うかもしれな―――」

 やっぱり普通のコロッケだった。

 真向いに座っていたメグミが噴き出しそうな笑いをこらえたせいで食べ物を喉に詰まらせる。慌てて、俺が差し出した水を流し込み、事なきを得るとすぐに堪えていた笑いを噴きださせた。

「はぁ……やめてよね。そういうのほんとツボ」

「俺は何もしてない。ってシュンまで笑うことないだろ」少年少女に笑われる姿を哀れに思ったのか、タイヘイまで微笑んだ。

「王道ってのは、一番美味いんだよ」ぼやきながら熱々を頬張る。

 見た目こそ素朴だが、やっぱり王道ってのは外れがない。熱々のジャガイモはしっとりとしていて、素材から惹きたてられた控えめな甘さがソースとマッチしている。際立つのはじゃがいもの甘味だけではない。練られた芋の中に閉じ込められた肉の旨み。それが、否応なくご飯を進ませる。

「ほんなにおかひいでふか? 」

 コロッケで口の中をいっぱいにする俺を見てタイヘイはまた笑った。

「いや、そうじゃない。俺が笑ったのは、冴島くんたちが楽しんで飯を食ってる姿をみて、久々料理人としての喜びを感じたからだよ」

「ならいいでふが」

 何だか此方が照れくさくまた口にコロッケ尾を頬張ろうとした時「あ―――」急にシュンが感嘆を漏らした。

「それだよ、聡さん」

「どれ? 」

「新しいお客をとるには美味いだけじゃ何かの要素が足りないと思っていた」

 目を輝かせるシュンは遠く離れたところまで突っ走ってしまったみたいで、いまだに見な彼の話についていけていない。

「足りない要素って? 」

 メグミが首を傾げた。待ってましたとばかりに、シュンが口を開く。シュンってこんなに眩しい奴だったっけ?

「おいしさに楽しさを足す―――」

 その一言を聞いてもいまだに俺たちは全貌を理解できなかった。

「でも、店は俺が言うのもなんだが……こんなだぞ? 」

 自信なさげに呟いたタイヘイに対し、シュンは「店なんて―――今はなくていい」そう断言した。

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