2‐7
着いたのは海岸。
夏場ではあるが、平日ど真ん中のため、客足は数えるほどだ。
疎らに散った客たちは海岸で読書に耽ったり、釣り糸を垂らしたまま眠り呆けていたりと泳ぎに来ているというよりかは時間を潰しに来ているだけのように見えた。
波は特に荒れることもなく、静かに音を立て、寄せては返して浜辺を濡らしている。
単調なリズムに耳を傾けると眠りを誘うような安らぎを感じる。波音に身を委ねればきっと気持ちがいいだろう。だけど、二度と戻っては来られない、そんな予感がする。
「穏やかにいけそうね」
待ちわびていた景色が成瀬優子の前にあった。
「ここが終着駅か」
疲れ果てて辿りついた救いが伊藤圭介の前にあった。
「もうここで終わりか」
振り返れば名残惜しく感じる旅の終わりが井上絵里の前にあった。
三者の瞳には終着の景色が映っていて、黒ずんだ
自分と死だけを見つめ続ける人達は視界の右端にある森を目指す。
森の中に入ると、普通は道を見失しなったり、地図を確認したりしながら進むものだけど、ラインでも引かれているかのように列は乱れることなく目的地に進んでいく。
ただただ異様で俺は軽口どころか息が詰まりそうだった。
「友達に廃墟とかが好きな奴がいてさ。この森の中に人気のない館があるんだよ」
「そこで練炭焚くってこと? 」
「そうそう」
セリフをなぞらえているだけのような抑揚のなさが会話の中で目立っていく。一歩一歩足が目的地に近づく度に人間性が器から零れていく気がする。
背中を引っ張られてふと振り返ると、奥歯を噛みしめて声を押し殺しながら震えるメグミがいた。メグミはきっと怯えているのではなく、怒っているんだ。ぎゅっと掴む手にどんどん力がこもっていく。
タカシはポケットに手を突っ込み、依然として退屈そうに背中を並べていた。やっと待ち望んだ瞬間が訪れているというのに、喜びもしない。思い返してみれば海岸に着いた時もタカシは景色じゃなく、地面を見つめていた。
考え事をしている間に館は俺たちの目の前に現れた。
教会のようにも見えるその建物は全体が蔦で覆われていた。外観の中で侵食が及んでいないのは正面口だけだった。それはまるで魔物が口を開けて待ち構えているかのようで、館内に入ると、天窓も壁に面した窓も蔦に覆われ、薄暗い。
洋間には長く伸びたテーブルとその大きさに合う数だけの椅子が埃をかぶっていた。
陽の光が唯一漏れている窓を覗けば、ひび割れた隙間にまで蔦が入り込んでいる。わずかな隙間さえあれば、館内にまで魔の手は伸びる。この寝食を見逃せばあっという間にこの館の全てを蔦に食らい尽くされてしまいそうだ。
一行は手際よく準備に取り掛かる。
分担して嵌め殺しになった窓枠をガムテープで塞ぎ、更に密閉性を高めるため、隙間という隙間を塞いだ。
そうして、いよいよ準備が整い一同が席につく。
七輪の上で炭が焚かれはじめ、煙と死の気配が部屋の中を満たしていく。
周りの空気に溶け込むためにおとなしく従っていたが、もう限界だ。メグミの秘策ってのはやっぱり法螺だったのか。
すぐに身体の末端に痺れが回り始めて身体の動きが鈍くなる。のたうち回りながらあのひび割れた窓ガラスを目指す。
一同が慌てて俺を抑え込もうとする。
俺から人を引き剥がそうとするメグミはしきりに外を気にしながら、何かを待っているようだ。
襲い掛かる一行、いや狂人たちの眼は血走っていた。口端からは体液が漏れ、覚醒状態を迎え始めている。
メグミはよそ見をしたすきに狂人の火事場の馬鹿力によって突き飛ばされた。そして、そのまま気を失った。
「メグミ―――」
駆け寄ろうとしたが、目の前の狂人がその手を阻む。何だよ。なにもできないままここで終わりかよ。
差し伸べようとした俺の手は人の塊に埋もれながらやがて力なく垂れ下がった。
突然薄暗い部屋の中に光が差し込んだ。
俺が割ろうとしていた窓の前には破片を浴び、血だらけになったタカシが立っていた。そして外には黒づくめのガスマスク男が立っていた。
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