2‐4
「なぁ、遊びに行くんじゃないんだから……」
「いいじゃん」
昨年、駅近くにできたショッピングモールで燥ぐサユリとメグミ。
両腕にぶら下がる紙袋達。
様々なブランドのロゴが入ったそれらを見ながら、ため息を溢した。
頼むんじゃなかった。出来るならすぐにでも一時間前に戻りたい。
シュンの情報によると、決行日は来週の日曜日らしい。俺はシュンの代理、そしてメグミはシュンの連れ合いとして同行させることにした。
「ぼっぼくが行くと、きっとこじれるから」
そう言ってシュンは行こうとしなかった。
大方、「やっぱり自殺なんてできない」とタカシに告げたときにひどい喧嘩でもしたのだろう。
潜入するにあたって、あまり派手な格好だと怪しまれるだろうと思い、メグミに「夏物の私服はあるか」と尋ねたところ、案の定、露出が多く、派手なものばかりだった。
「目的地は海だけど、はっちゃけに行くわけじゃないからな」そう念を押しても、メグミには響かず、こうしてわざわざアドバイザーまで連れて服を調達することになったのだが、俺の目算した買い物時間を二人は軽々と超え、昼前に出たはずなのに、もうあたりはうっすらと茜に色付いている。時計は出発してから一時間後に確認したきり見ていない。
よくよく考えてみれば、格好なんてどうでもよかったのでは……?
自殺する日だから、服を地味目にしよう。なんて形から入る奴なんていないし、それに意志さえあれば格好など問題はない。だけど今さら後悔しても遅い。俺はおとなしく、二人の後をついていった。
俺はこんなにも疲れているのに、なぜ二人はあんなに元気なのだろうか。
幾度となく見てきたアパレルショップに入っていく二人の背中にとうとう付き合いきれなくなり、店の前のベンチに腰を下ろす。
見渡すと、近くに灰皿はない。全く、生きずらいなぁ。
ショーウィンドウ越しに見る景色は俺には随分と窮屈そうに見えた。土曜日ということもあって店の中は客で犇めき合っている。なのに、あの二人は緩めることなくテンションMAX、アクセル全開だ。
二人を見るのも飽きてきて、ふと視線をそらすと、若い男女がドレッシングルームの前で二人だけのファッションショーをしていた。
カーテンを開け、登場する彼女に彼氏が大袈裟にリアクションをとる。手を叩いたり、首を傾げたりと、彼氏のリアクションには幾つものバリエーションがあった。だが俺にはカーテンを開けて登場する彼女の姿にはそんなに変化がないように見えた。
ベースの色が変わったわけでもないし、変わったといえば胸元にレースがついたり、リボンになったりとかそういった微々たるものだ。
そんなのどっちでもいいでしょ。
きっとこんな態度をとったら、サユリに怒られるのだろうな。
悪い予想は大概あたるもので、俺は案の定怒られた。しかも二人に。
「ねぇ、どっちがいいと思う」と訊かれ、「地味な服装なら何でもいいよ」と答える。疲れも顔色に滲んでいた俺を見て、サユリは怒り、メグミは呆れていた。
「サユリさん、よくこの人と付き合ってるよね……」
「でしょ。分かってくれる? 」
サユリは心強い仲間を見つけたかのように目を輝かせた。あぁ、まぁーた面倒なことが起きてしまった。
「デリカシーというか、愛想がないよね」
お前に言われたくない。
心の中でメグミに反論する。苛立ちはあるけれどここは年配者としての余裕を見せつけてやろう。敢えて俺は口に出して反論はしないぞ、大人だからな。
「だよね、だよね」
「しかも、あたしが言ったことに対して、黙ってんのも鼻につく。『おれは大人だから、責めずに許してやるか』そういう態度が見え見え」
「なっ……そう思うんなら、そう思えばいいだろ」
図星だったことが悔しく、不貞腐れた俺の態度に「そう言うとこほんと嫌い」と二人の非難が重なった。
ショッピングモールを出た頃には、もう外は陽が落ちていた。陽光に代わって、繁華街の眩い灯に照らされた駅前で「さぁ解散しようか」と提案してみたが、それは即座に却下された。あれ以来すっかり行きつけになった立ち呑み屋に連れて行かれる。
別に両腕を確保して連行することもないのに。彼女等にとって、俺はそれほど帰りたがりに見えるらしい。
店に着くなり、さっそくメニューを開いて談義する二人を見ながら俺はお通しのナムルをつまみにジョッキを傾けていた。
そして十分後、やっと店員を呼び、練りに練ったオーダーを二人が告げる。
それがテーブルに並ぶと同時に乾杯を済ませる。早速、俺は皿に並べられた赤身を次々と並べていく。脂の弾ける音と、立ち昇る香ばしい匂いに空腹感が加速する。
「今日は決起集会なんだから、わたしが奢るよ」
嘴のように唇を尖らせるサユリ。
「珍しいね」
「別に、さとしくんのためじゃなくて、メグミちゃんのためなんだから」
「早く焼いてよ」
二人の声がまた重なる。「お金を払うのはわたしなんだから言うこと聞いてよね」とサユリが続ける。
「うちは自給自足。だから自分で焼きなさい」
顔が歪むほど口をへの字に曲げて、あからさまな不機嫌オーラを放った。
「でも、沙友里さんのは焼いてんじゃん」
「これは……ほら、ギブ&テイクってやつですよ」
「ふはっ。キモ」
噴きだしたメグミにサユリが続く。二人がテーブルを叩いて笑いだした。
別にいいんだけどさ、彼氏が「キモイ」って言われて爆笑するってどうよ。
ちょうど焼けた肉を口の中に放り込んだのだが、熱すぎて肉が口から飛び出した。メグミはまた「キモイ」と言って笑っていた。サユリも続いた。
「お前、時間大丈夫なのか」
「大丈夫。お母さんには『友達の家に泊まる』って言っといたから」
「そうか……って、まさかうちに泊まるんじゃないだろうな」
「え、昼間言ってなかったっけ? 」
まるで知らないのは俺だけみたいに、二人は心底不思議そうに首をかしげた。
もういい。もうどうにでもなれ。
今さら抵抗したところで疲れるだけだ。
「恵ちゃんさ、ホステスとかやってる? 」
「え、なんでですか? 」
「だって、お酒注ぐタイミングすごいいいんだもん。沙友里さん酔っちゃったよー」
まずい、語尾が伸びている。それに一人称が「わたし」から「沙友里さん」に変わっているということは恐らくフェイズ4か。
「いえ、そんなことは……昔、お父さんの晩酌に付き合っていたからかもしれないですね」
メグミはどこか余所余所しく笑った。
「俺もだいぶ来てるかも」
こんなに呑んだのはあのスナックの夜以来だろうか。
だって、ちょうど喉が渇きそうな時にメグミが注ぐから。
ああ、ヤバイ。ふとあの朝の一言が過る。思い返してしまった瞬間、顔から火が出た。
「さーくんも、顔赤いねぇー」
「ほんとうだ」
サユリとメグミが指先で俺の頬をこねくり回す。やめてください僕の頬は公共物ではないです。
すっかり出来上がってしまったせいで、つい長居をしてしまったみたいだ。室内にこもった煙の奥で動いている壁時計はもう十一時を知らせていた。重たい腰をあげて俺もサユリも千鳥足のまま、店を出た。
最初に焼肉屋に訪れた夜とは違い、外はへばりつくような生温い空気が流れていた。
酔いが未だ冷めない両サイドの手綱をメグミが引く。
大人が二人そろってダウンなんて、恥ずかしい。だが、アルコールに浸かった今なら、へっちゃらだ。今なら何でもできそうな気がする。嗚呼、お酒万歳。
「そういえばさ、なんでさっさんはオフ会に行くことにしたの? 」
「ああ、それは……」
それこの前「同族嫌悪」って答えなかったっけ?
そう思ったが、その場の軽やかさに背中を押された。
俺は理性でコントロールしていた暴れ馬を出走させた。だいぶ前に行ったと思うけど俺はカウンセラーである前に人間だ。
聞いてもらいたい話だってある。溢したい愚痴だってある。
「まぁそこの酔っ払いは知っていることなんだけど、俺の白髪は染めてるわけじゃなくて地毛なんだよ。お前さ、先天性白皮症って知ってる? 」
「なにそれ? 」
「ああ、この名前じゃわかんないよな。えーっと……アルビノっていえばわかる? 」
「それ、テレビで見たことある。二万人に一人いるってやつでしょ。確か、遺伝で起きるって言われてて、メラニンっていうなんか……体の色素だったっけ? それが生まれた時から少ないとか―――」
メグミはテレビで聞いたことをそのまま喋っているんだろう。
決して流暢ではないが、頭の中に知識はたくさん詰まっているんだろうか、止めどない。
そう言えば、メグミは頭が良かったんだよな。俺が頷きながら、メグミの話に付き合っていると、
「さーくんは二万年に一人の人なんだよ」隣の酔っ払いがメグミの話を堰き止めた。
「二万人にだけどね」
メグミは急に固まって、それからなぜか頭を下げた。
「おい……どうした?メグミ、メグミさーん」
「あの時は揶揄って、ごめんなさい!」
いきなり大声をあげたから、驚いてひっくり返るかと思った。
「何のこと? 」
首を傾げる俺に対し、メグミは「前その髪の事、揶揄っちゃったから」
メグミの頭はなかなか上がってこなかった。こうゆうとこ変に真面目だよなー、コイツ。
耐えきれなくなり、「分かったから」と半ば強引にメグミを納得させ、頭をあげさせる。
「話の続きだけど、俺はアルビノってことが理由で迫害を受けた経験がある。今思えば、なんともないって受け流せるけど、小さい頃はそれなりに悩んだんだよ。世界から仲間外れにされたってのが当時の俺が思っていたことの全てでさ、それで心を開けなかった俺はどこにも居場所を見つけられなかった。今思えば、居場所がないと思い込みすぎてしまったんだよな」
言葉を切らず一気に言い切ると、タバコ1箱分のため息吐き出した気がした。
「なんだか、貴志くんみたいだね」
首をかしげながら頷く俺に、メグミは何か閃いたかのように手を鳴らし、「だから、同族嫌悪っていったんだ」そう言った。俺は素直に首を縦に振った。
「それで、貴士君に会ってどうするの? 」
言われて、はて……と俺は考え込む。
憤りを感じたあの時、俺は何を想った?
ダメだ。酔いで記憶が霞む。
でも、これだけは言える。あいつは間違っている。
「正直に言うとな、まだ考えきれてない。でも会ってあいつを否定する。あいつのすべてを白紙に戻す。そうすりゃ、また道も見えてくるだろ」
「『助ける』とは言わないんだね。素直じゃないね」
少し残念そうにメグミが微笑んだ。
「そんな無責任なこと言えない。だって俺はヒーローじゃないし、それにタカシにとってのヒーローは別にいる。例えば、気の弱い少年とかね。救いを求めるならそっちに行ってもらいたいね。アフターケアまでなんて割に合わないからさ」
あれ?
また俺、黒歴史確定なこと言ってる?
まぁいいか全部酒のせいということにしよう。
「さーくんも告白したからあたしも一つだけ」
静観を決めていたサユリが急に真面目になって、おちゃらけたトーンを雰囲気から消した。
「恵ちゃん昼間さ、沙友里さんに『よくこの人と付き合ってるよね』って言ったでしょ」
彼女の中から酔いは抜けてはいないみたいだが、夜の帳のように静かな彼女の物言いはメグミの心を捉えるには十分だったみたいだ。
叱られると思ったのか、メグミは恐る恐るサユリの表情を窺う。
「沙友里さんが、さーくんと付き合っているのはね、捻くれているけどさーくんは真面目だから」
俺とメグミは首を傾げると、サユリの補足説明がすぐに始まった。
「さーくんはね、真正面から人を助けられる程、勇気も、バイタリティもないの。だけど―――世界中の誰よりもそうしたいと思っている。そうゆうところが、恰好悪くて、カッコイイんだよ」
言いきったことでスッキリしたのか、サユリは夜空を見上げそのまま銅像のように佇んでいた。
メグミは「へぇ」と呟いてあきれているのか、それともニヤついているのかわからない表情で俺を見た。
対する俺は今まで、こうして人から褒められたことなんてなかったもので、恥ずかしさを自覚する前にどうしていいかわからなくなっていた。
「俺、もしかして……褒められてんの? 」
「うるさいよ。自分で考えて」
冷たくあしらわれた。
サユリはスッキリしたのではなく、酔いとは違う理由で赤らめた顔を此方に見せたくなかっただけだったようだ。
「察しなよ。沙友里さんの彼氏でしょ」
今度ははっきりとメグミが呆れているのが分かった。
「まぁ、そうすけど」
「そうゆうとこ嫌い」
二人の非難がまた重なった。
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