2‐3
シュンの話によれば、タカシはハーフのせいで幼い頃から除け者にされていたそうだ。除け者にされたのはタカシだけではなく、彼の父も母も地域ネットワークの外にいた。
どこかで聞いた話だが、幼い頃の環境はその人の一生を左右するともいわれている。きっとタカシもそうなのだろう。
除け者として過ごした幼少期に支配されてしまったタカシは、他人が自分を見る時、常に色眼鏡を通して見られている気がして、いつのまにか心が開けなくなった。
それ以来、人付き合いが全くできなくなり、喋る代わりに殴ることが増えた。
ほんとうは相手と喋りたいだけなのに、殴る、つまり拒絶することしかできない毎日の中でタカシは自己嫌悪に陥っていったのだろう。
肌の色、髪の色が違う。
それだけで和を乱すものとして他人に認識される。間違っているとは思う。だけど、これが世の中。
だから、割り切ることを知らない若者はこうして暴走を始める
全く―――。
こうなるのは仕方ないことなのだろうか。
「見て。この人達さ自殺サイトにいるはずなのに一年も前からここで理想の死に方について論議しているんだ」
スマートフォンの液晶をスクロールしてシュンが過去のログを遡ると、確かに一年前からこの掲示板の住人は、死ぬ前にやりたいことや、理想の死チュエーションとかを話し合っている。
メグミやシュン達の年代は辛いことがあるとすぐに「死にたい」とか呟く傾向がある。見た限りそんな気軽さがこの掲示板には漂っている気がした。
「愚痴の掃きだめみたい」
軽蔑するような眼で画面を覗くメグミの呟きに俺とシュンは同意した。
「僕らは空気を変えてみようと思ってこの人達を煽ったんだ『ぐだぐだ言ってんな。覚悟もないくせに』ってさ」
シュンたちはお互いのアカウントでその掲示板に波を起こした。生ぬるい空気を弄ってみようと手を突っ込んだ。すると、煽られたアカウントが逆上し始めたのだ。2人は最初、その書き込みを見て楽しんでいたらしい。
だけど、感情を煽ったせいで、今まで話にすら上がらなかったそれぞれの死にたい理由が曝け出される。掲示板の書き込みを通して他人の心内が次々と二人に流れこんできた。
他人の感情が自分の中を侵していく。自分の立っている場所。朧げに自覚していたそれがひび割れて崩れていく。
訴え、叫び、喘ぐアカウントは日毎に勢いを増し、荒れ狂う流れの中で二人はついに小舟を見失ってしまった。そして「溺れてしまうなら、いっそのこと」変化に対し、抗うことに疲れた二人は水底に居場所を求めてしまった。
そして辿りついたのが自殺オフ。
つまり集団自殺の決行について本格的に話が進んでいく。
「ミイラ取りがミイラになったってわけか」
「そう、だね。遊びのつもりで登録したけど、でもそんなサイトに興味を持って登録するってのがそもそも、そうゆう事なんだろうね」
責め苦に対し、答えるシュンは自分の罪を認めるようだった。
枯れたように笑うシュン。どこか悟っているような印象の裏には何があったんだろうか。
「じゃあ、なんで瞬くんはミイラにならなかったの? 」
一瞬、言い淀んで、それから言葉が歩き出した。一歩ずつ確かめるようにシュンは言葉を並べていく。
「そっそれは―――もう一人の親友が死んじゃったからなんだ。親友の名前はジョン。あ、外国人の名前じゃないよ。飼い犬の名前。タカシと知り合う前からジョンは僕の友達で、家族で、そしてなにより宝だった。でも、僕の生まれる前からジョンは生きていてさ。高校上がる頃にはもうおじいちゃんだった。そっその日はいつか来るんだって分かってはいたんだよ。でもね、でも……いざその日が来るとさ。今までしてきた心積もりとかぱっとなくなっちゃうんだ。あっ頭の中は、本当に死んじゃったってことでいっぱいで……いろいろ、考える余裕も、ない」
その日の記憶が過っているのか、並べていく言葉の数が少なくなる代わりに、嗚咽が増えた。
沈黙が長くなって数秒、袖で顔を拭ききるとシュンは顔をあげた。
「そっその時初めて思ったんだ。『僕が死んだら一所懸命僕を育ててくれた家族はどう思うのかな』って。答えはすぐにわかったよ。残されると寂しい―――僕はジョンにそれを教えてもらったから」
死によって与えられる何かって言うのは大概が悲しみや怒りだ。でもそんな負の感情と向き合い、シュンは悲痛に埋もれながらも命の尊さを見つけたんだろう。
ああ、話なんて聞くんじゃなかった。きっとこいつ、いい奴だ。
「タカシはそれに気づいてないんだな」
俺の問いかけにシュンが頷いた。
「いっ、一生懸命説得したんだ。でも出来なかった。きっと僕が弱いから。気づくのが遅かったから……」
きっとシュンは悔やんで、何度も折り合いを付けようとした。でも自分の中で納得できないんだろう。だから軋むほど顎を力ませて奥歯を噛んでいる。シュンの表情には苦痛が溢れ出ていた。
「それは違う」メグミが急に席から立ち上がる。
「どうして? 」
「それは今分かんない。でも、瞬くんは間違っていない。そんなわけない」
メグミの全く根拠のない理屈にシュンは腫らした瞼を少しだけ細めて笑った。
「メグミの言う通り瞬のせいじゃない。瞬には悪いが、それはきっとタカシが悪い」
「なっなんで? 」
首をかしげる二人に俺はその先を語らなかった。
シュンが向き合ったのは、きっと自分と他者。つまり、一人の相手や少人数のグループだ。
であれば、命の尊さを学び取った時点で自殺願望は薄れ、他人に合わせることだけじゃなく、少しは自分が幸せになることも考えられるようになるし、状況は相変わらず多勢に無勢であるが、今度は与えられるストレスを躱そう、などと打開策も思いつくようになる。
でもタカシが相手にしているのはきっと、自分と世界だ。シュンと相手にする規模が違いすぎる。
シュンの言う通り、彼の話に出てくるタカシは言動や態度が荒っぽいというだけで、根はきっと真面目で正義感もあるんだろう。だから与えられたストレスに対して、躱そうとせず、真っ向からぶつかろうとする。その結果、大勢の気のない言葉によって打ちのめされる。タカシはそのループを今も繰り返しているんだろう。しかも面倒なことにそのことを学習していない。いや、学習する気がないと言った方が正しいか。
親友の言葉を無視してまでも、自分の世界に閉じこもるお前は厨二病か。ああ、恥ずかしいったらない。
表情に出さないように俺は心の中で冷笑を浮かべた。
脳裏にへばりついている羞恥が久々思い返されるのと同時に、タカシに対する憤りを覚えた。
「わかった。会わせてくれ」
ふたりがはっと目を見開き、俺を見た。
「ほんと? 」
シュンは安堵のため息を吐くのと同時に座っていたソファに身体を沈みこませた。
「あれほど、渋ってたのになんで? 」
メグミは驚いた表情のまま固まっていた。
俺は煙草を吸うために立ち上がり、ベランダ前の窓に手をかける。
「同族嫌悪だよ」
四時熟語を壁のように築き、それ以上の追求を拒絶するように窓を閉めた。本当に腹の立つ野郎だ。
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