2‐2
水上瞬。彼は昔からのいじめられっ子だった。
小中高とそういった扱いを受け続けるというのは、可哀想なことでもあるが、一種の体質めいたものも感じる。
「シュンくん。お金」
蜥蜴のような風貌をした金髪の男子高校生の目の前ではアーケードが動いていた。
格闘ゲームに夢中な彼はシュンの方へ振り返ることはない。まるで払う事が当然かのように、掌だけがシュンの方に向く。
「お金……きょっ今日はない」
精一杯の勇気を振り絞りシュンは反抗した。
シュンの背後をとり囲む不良達があからさまな溜め息をつく。金髪の合図で、取り巻きはシュンを羽交い絞めにし、ポケットというポケットを無造作にまさぐった。
「あるじゃん」
シュンから奪った財布を取り巻きが台の上におき、千円札が抜き取られる。一連の手つきに迷いはなく、まるで眼の前の財布が自分の物であるかのような扱いにシュンはまた心を傷めた。
「悪意ってのはね、傷ついたって、傷ついたって―――慣れることはないんだ」シュンがそう口にした時、俺は心がささくれた。
金髪の合図とともに取り巻きが両替に向かった。
その時、向かいでゲームをプレイしていた男が金髪に勝負を挑んできた。
「俺に勝ったら、なんでも言うことを聞く。その代わり、俺が勝ったらお前らは二度とここへ来るな」
結果は、挑戦者の圧勝だった。
息つぐ暇もない技のラッシュを浴びせ、キャラクターが弾き飛ばされると同時に金髪は頭を抱え、掻き毟ったそうだ。
シュンはどんな手練れかと目を見張った。奥の台から顔を覗かせたのは同じ年くらいの少年だった。
それが彼。本名、石田・メアリー・貴士との出会いだった。
つめ入りまできっちり止めるシュンと、くたびれた白シャツに学ランを羽織っているタカシ。小心者と大雑把。茶髪と黒髪。
あべこべだったからこそ、二人は欠けていたピース同士がはまるように関係を深めていったのだろう。
俺も雰囲気が好きでよくその古びたゲームセンターに行くことがある。
アーケードを始め、ピンボール。ボロいけど景品のセンスが光るUFOキャッチャー。昔喫茶店で置いてあったテーブルに画面が埋め込まれているタイプのインベーダー。ブロック崩し、花札、麻雀などの筐体が置いてある。
駄菓子をつまみながら、それらをやり込むのが次第に彼らの日常となっていった。
「なんでここにお前を虐めていた奴がいないんだ。おとなしく退く奴にも思えないし」
問いかけるとシュンは「あの人達は一回きたよ。でもタカシにやられちゃったんだよ。格闘ゲームみたいにね」
翌日、アーケード歴はそれなりに長かったシュンと無敗のチャンピオンはしのぎを削っていた。
本日二十九回目の惜敗にシュンが悔しがっていると、背後に不良たちがいた。向かい合わせのゲーム機の周りを不良たちが囲む。
「よぉ。俺らがいなかった間はさぞかし楽しかったみたいだな」静かな恫喝にシュンはゆっくりと振り向く。
「いいよ、怖がらなくても。今日はお前に用はないんだわ」頭を鷲掴みにして無遠慮に振り回した後、金髪がタカシの後ろへ着く。
「昨日から思ってたんだけどさ、お前のハンドルネームダサくね? 」
「は? 」
「だってこいつメアリーってつけてんだぜ。女の子かよ」
金髪が噴き出したのと同時に屋内に下卑た笑い声が広がる。
「お前……今何つった? 」
直情的なタカシはすぐに金髪の挑発に乗る。それだけじゃなく、腹を抱えて笑う金髪の髪を容赦なく掴み、むしり取るとともに、力のまま彼の頭を床へ叩きつけた。
「お前……今何つった? 」
寸分たがわぬ詰問に一同はただ事ではない空気にのまれる。
よろけながら立ち上がった金髪が鼻からボタボタと血が流れていた。
「お前の名前―――女の子みてぇだなっていったんだよ」
タカシはそこで理性を保つ機関が弾け飛び、獣のように不良集団に襲い掛かった。
シュンはシャドーボクシングをしながらタカシの勇姿を語る。その姿はなんだか楽しそうで―――その時、初めて俺たちはシュンの笑顔を見た。
「てっきり『女の子みたい』って言われたことに対してタカシは怒っていると思ったんだ。でっでも、タカシは『両親にもらった名を大事にするのは普通だろ。それをバカにされたら怒るのは当たり前じゃん』って答えたんだよ。それ聞いた時、僕驚いちゃってさ。後々、考えてみれば普通のことなんだよね。でも皆名前を馬鹿にされてもあそこまでは怒らない。タカシはさ、見た目は僕をいじめてた人達と比べ物にならないくらい怖いけど、きっと、いや絶対優しい奴なんだ。そんな風に思った時、久しぶりに友達が出来た気がしたんだよ」
二人で遊んだゲームごとに思い出を振り返りながらシュンは語ってくれた。
シュンの表情にはその時の熱気や、勝って楽しかったこと、負けて悔しかったことそれらがすべて現れていて、生き生きとしていた。
だけど、想い出の再上映の終わりに近づくとともに、段々と笑顔は消えていった。
「ねぇ自殺サイトって見たことある? 」
急な話の転換に一拍遅れて相槌を打つ。
「あるけど、別に興味ない」
「右に同じ」
俺たちが気のないそぶりを見せると、シュンは「そっか」と寂れたような笑いを浮かべた。
「ぼっぼくは、そこに登録しているんだ」
またシュンが笑った。口にはしないが、君たちには必要ないもんね、そう言われている気がした。
「貴士くんもそこに登録してるの? 」
「うん」
話を聞いている限り、ど真ん中のガキ大将って感じのタカシは、どちらかと言えばシュンを虐める側に立っていそうだ。でもタカシにもシュンと同じく闇はあったらしい。
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