1‐8
結果から言っておこう。メグミ達は清美さん達に勝てなかった。
それどころか、他の選手たちにも追い抜かれ、メグミ達は七位だった。
前島先生伝いで聞いた審査員の評価は、「ワルツに欠かせない笑顔が足りなかった」「熱い感情があったのは受け取れたが、それが先行しすぎて華やかさが足りなかった」「逆にこの組のタンゴが見てみたい」など。
つまりは種目を選んだ時点で俺たちは間違っていたらしい。確かに情熱的な踊りのタンゴであればもっとメグミ達はもっと会場を賑わせ、審査員の心も掴んでいただろう。
しかし、全二十組中にプロも交じる中、一桁の順位というのはそれだけで賞賛できるが、とはいえ、ここで約束は決裂してしまった。
「以上で、順位発表を終わります」
遠くで見てもメグミが失意で頭をもたげているのが分かった。
「続いて―――月野宮賞の発表に移ります。こちらは観客の皆様に事前に配った投票に応じて、最も得票数の多い、つまり最もオーディエンスを沸かせた組に賞が贈られます」
救いの手がメグミ達に差し伸べられた。
固唾をのんで見守る俺同様、会場中が静まり返り、アナウンスの声を待つ。
「エントリーナンバー十二番。尾形、岩田組―――」
「え―――」
思わず俺は立ち上がった。
少し間を置いてあちらこちらで感嘆が弾けていく。
「初々しくてよかった」や「感動した」、「他の踊りもみたい」など観客から感想が自然と溢れていた。それらが会場中に鳴り響き、フロアに喜びの嵐が吹き荒れる。これで首の皮一枚、繋がっただろうか。
表彰式が終わり、フロアへ行くと、俯き涙を流すメグミの両脇に親みたいに寄り添う校長と前島先生がいた。
「よかったな。特別賞もらえたじゃないか」
「うるさい。冷やかしならあっち行ってよ」
片手で突き飛ばされ、身体がよろける。俺はすっかり嫌われてしまったらしい。
「もういい。賞まで貰えて私はもう満足だ」
「貰ったのは嬉しい。でも、でもそれじゃ……」
「いいんだよ」
「嫌だ嫌だ。そんなの認めない」耳を塞ぎ、メグミはその場にしゃがみ込んだ。
「駄々、こねるなって」
「うっさい。あんたは黙って」
震える肩に触れようとしたがそれを突っぱねられた。どうしたものかと苦笑いを浮かべ、天井を見上げるしかない。
「総一郎さん」
振り返るとそこには清美さんがいて、横にはパートナーが立っていた。別れでも告げに来たのだろう。
「清美さん」待ち望んでいたように校長の瞳がきらめいた。互いの想いがすれ違っている光景に俺は目を逸らそうとした。しかし、予想は外れた。
「ワルツ、素敵でした。特に彼女、きっとまだ始めて数か月だと思いますが、是非踊ることを辞めないでください。だって私はあなたの踊りに心を動かされたのですから」
俯いていたメグミが顔をあげる。
泣き腫らしたせいで目元の化粧が崩れている。
「あら、綺麗な顔をしているのにもったいないですよ」と清美さんがハンカチを差し出す。
「清美。あんたそんなことしに来たわけじゃないでしょ」パートナーが口を開いた。そうでしたと、清美さんは立ち上がり居住まいをただし、まっすぐ校長を見る。
「実は彼と付き合っているというのは嘘です」
言いきると、校長とメグミは口を開け、互いに見あったり、清美さんを見たりと視線をたどたどしく動かした。
俺は白々しく「嘘だろ」と呟き、開いた口を掌で塞いだ。何故か、前島先生だけはそのことに驚いていなかった。
「祥子。彼女の着ていたドレスのモチーフってクレマチスよね」
「ええ」
「やっぱりね……」
納得した後、清美さんはふっと前に踏み出した。ついに清美さんが自分に後がないことを告げるのだ。
告げた先には別れがあるのか。それとも恋人として束の間の時を過ごす未来があるのか。それは解らないが、見届けようと思った。
「私ね―――男なの」
「は―――?」
思わず声が出た。
メグミと声が重なった。開いた口は塞がらない。
メグミは驚きを二度も頭に打ち込まれ、塞がらない口は顎が外れてしまいそうなくらい開いている。
え、死ぬんじゃなかったの?
と言い掛けそうだったがぐっとこらえる。
「やっと言えたわね」前島先生と、パートナーが声をそろえる。
そこでやっと俺はクレマチスの花言葉の意味を理解した。前島先生はエールをメグミに対してではなく、清美さんに贈りたかったのか――
「祥子、それに隆志。今まで迷惑かけてすみませんでした」
「レッスン室で告白された夜『あの人のコーチになってもらいたい』なんて清美が言うから何事かと思ったけど、あんたの狙いは総一郎さんの本意をみて自分の気持ちに踏ん切りをつけたかったってことだったのね」
「そう。口ではどう言おうとも、真意まではわからない。だったらダンスはどうかって思ったの」
「全く世話の焼ける子よね」
前島先生と隆志と呼ばれた清美さんのパートナーが目を見合わせる。
「それにあたしを旧名で呼ばないで頂戴。あたしは由衣子よ」
あ、この人もゲイだったのか。それで清美さんもゲイだったと。
すっかり置いていけぼりを食らっているメグミは置いといて、当事者はどうだろうかと、視線を向ける。すると校長はただ、その会話を聞きながら清美さんを見つめていた。頭で情報を処理しきれていないのか?
崩れない真顔から真意は読み取れない。
「なんだそんなことか」
校長の言葉に全員が振り返った。
え、そんなことって清美さん男なんですよ。
この人本当に分かってんのか?
「てっきり、私に別れを告げたのは『残り僅かしか生きられない』とかそういうことだろうかと思っていたが、違ったみたいだな」
驚いた。好きな人ができたらという言葉が嘘だってことを最初から見抜いていた、というより考えていなかったのか。
「じゃあ、最初から『恋人ができた』って理由は頭になかったってわけ? 」
頭が混乱する中、メグミがやっと会話に混ざった。
「あ、言ってなかったか。すまん」
悪びれる様子もなく、淡々とそう告げられた。
おいおい嘘だろ。この人。
「あんたの彼氏、恐ろしいわ」隆志改めユイコが顔を青ざめさせた。
「分かっていたんですか……」
「だって不自然じゃないか。昨日まで一緒に時間を過ごしてきたのに、いきなり恋人ができたなんて」
「私が他の男性に目移りしていたとかは考えられなかったのですか? 」
「はい」
「何故です? 」
「だって私達は―――愛し合っていたから」
その一言を聞いた時、彼らが愛し合うのは投げたリンゴが重力に引っ張られて落ちていくそんな物理法則と同等だと思った。
清美さんは顔を真っ赤にした。
それから抱き合う二人。確かめあうようにお互い肩を数度叩いて、そのあと磁石がくっつくように掌と肩が張り付いた。
もう答えは出たみたいだ。
「帰ろうか、恵」
「ぁい」
表情をどこかに置き忘れたメグミの手を引いて俺はその場から立ち去ろうとした。
映画のワンシーンさながら抱き合って、離れたかと思うと、互いの唇をこすり合わせる。
長いキスが終わるとその場でまた抱き合いジャイアントスイングさながらにクルクルと回って、バカップルぶりを公共に振りまく二人にもう付き合うことはない。
「ありがとう。二人とも」
「お幸せに」という気力すら見つからず、頭だけ下げてロビーを出た。
「サトさん、あたしなんのために―――」
「言うな。泣きたくなるから」
「はい」
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