0-3
慌てて中に入ると、メグミが教頭に飛び掛かるところだった。
止めようと思ったが、一瞬で間に入るのは距離が遠すぎる。
代わりに体育科の教師が両者の間に入った。
「っざけんなぁぁぁあああ!」
弓の弦に肘を引っ掛けて放たれたようなパンチは体育教師の鼻っ面に容赦なく減り込んだ。
「おごっふぁ」空気が漏れたような声がした。
一瞬動きを止めたメグミは殴ってしまったと自覚しつつ、更にヒートアップしていく。
女子高生とは思えない武骨な咆哮をあげ、教頭を庇おうと立ちはだかる教師たちを次々と殴り倒していく。
「ぴぎゅ」とか「ひぎゅお」とか、皆、思い思いの悲鳴を上げてはメグミの拳と教頭の顔面にサンドイッチされていく。誰かの歯が拳の衝撃でとれ、うっと声を漏らしたときに口の中の血がメグミの顔にかかった。
しかしパンチングマシーンは最後の一人を殴り倒すまでは終わらない。
そうしてすべてのサンドバックが無残に倒れた後、メグミは「私は、理不尽が嫌いなだけなの―――」と呟いて、血の付いた拳と頬を拭うことなく、逃げるように学校を飛び出ていった。
すれ違いざまに「あたし、もうここには来ないから」そう告げた。
それきり、宣言通り、メグミは二度と高校へ来なくなった。
* * *
髪色が変わっていて、一瞬気づかなかったが、写真に写っているのはメグミだ。そう確信した時、頭にはなぜか「私は理不尽が嫌いなだけなの」そう言ったメグミがリバイバルされる。
「岩田恵ちゃんを学校に登校させてほしいの」
「それは何故です? 」
不登校生徒の説得なんてドラマでは上手くいくけど、そんなことほとんどない。徒労は御免だ。
「だいたい、そういったことは担任の先生がやられることではないでしょうか」
もっともすぎる正論に彼女も含め一同が言葉を詰まらせた。しかし、同時に俺に頼むのもわからない気もする。
メグミのクラスの担任は人あたりが良く、優しいが、気弱な先生だ。
何度か呑みに行ったことがあるが、酔ったオヤジのがなり声に一々肩をびくつかせている彼には少々気が重いように感じる気がしないでもない。
案の定、そちらへ目を向けると青褪めた顔で今にも泡を吹いて倒れてしまいそうだった。
「それはわかっています。だけどメグミちゃんと接点があったのは冴島先生です。だから、お願いします」
「お断りします」
俺は今日こそ、という思いで臨んでいるので意見は何度頼まれようとも曲げたくはない。
正論を言っているはずなのに、周りは俺を頑固者扱いする。
悪者はどちらか、と問えば、この状況だと天秤は俺に傾いている。
ほら、ここにも社会の不条理が。
しかしここで引き下がるわけにはいかないと粘っていると「この件はまた明日にしましょう」なぜか誰よりも苛立っている教頭が会議の延期を宣言した。
「冴島くん。ちょっと」
彼女が俺を手招きする。すると手を引っ張られ、カウンセラー室に連れて行かれた。
「ねぇ、考えてくれないかな」
「無理」
「教頭先生カンカンなの。だからお願い。今夜奢るからさ」
舌を出して茶目っ気を出されても、今は何も感じない。
「何で教頭が? 」
話を聞けば、一年前から不登校になっていた岩田恵に関しての事件を校長は最近まで知らなかったみたいだ。なぜなら事件が起きた日、校長は役員会で一日中、学校にはいなく、さらに後に問題になることを恐れた教頭が内々に事を収め、揉み消してしまったからだ。
しかし、生徒の噂を校長が聞きつけ、教頭を尋問したところ、岩田恵が不登校になった理由を校長は初めて知ることとなった。
メグミの頑張りも認めず、彼女と話をするわけでもなく、「校則だから」という理由だけで頭ごなしに否定した教頭に対し校長は憤慨し彼を怒鳴りつける。その一声は、教頭を震え上がらせるには十分だったらしい。
彼女の話を聞き、なぜ教頭があの中で一番苛立っていた理由がやっと分かった。
「冴島くんはここで暢気にできるけど、あたしは職員室に帰ったら雰囲気最悪の中にいなきゃいけないの。だからちゃちゃっと解決してよー」
「簡単に言わないでくれない? いやだね。それに、自分の事情をこっちに押し付けるな」
彼女は完全に俺を便利屋だと勘違いしている。
「我が儘も大概にして」
苛立ちのあまり口が滑り、彼女が我慢できるラインを俺はうっかり飛び越えてしまった
なぜか得意げな顔つきで此方を見た彼女は「だったらあたしにも考えがある」といってスーツジャケットの胸ポケットから折り畳まれた紙をとりだした。
大仰な取り出し方をして、これから手品でもするのか。
「ここにありますのは種も仕掛けもない、そして偽りもないただの写真です」
「はい」
驚いた。
本当に手品だった。
彼女は俺の前に写真を向ける。
呆けた顔で受取り、開き、そして―――すぐに閉じた。
「冴島くん。もうしないって言ったよね」
そこに写っていたのは最近猫探しのお礼にといって女子生徒とデートをした時、俺がその子と手を繋いでいる姿だった。
まずい。
やばい。
帰りたい。
身体の汗腺という汗腺から脂汗が湧いてくる。ああこのまま蝋みたいに体が溶けてくれないだろうか。
「あーら不思議。写真はきえひゃいまひ―――」
俺は閉じた写真をスーパーボールぐらいの大きさに丸めて口の中に放り込む。立ち上がって逃げる。
「待てぇコラ。冴島! 」
鬼となった彼女は俺を怒鳴りつけ追いかける。
元陸上部の彼女に運動不足の俺が逃げ切れるはずはなかった。
その後はまぁ察してほしい―――振り返りたくないんだ。
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