0‐2
* * *
進学校というわけではないが、うちの高校は隣町の高校との差別化を図るためにクリーンなイメージづくりに努めていた。
校則の取り締まりを厳しくするのが学校側の取り組みの一つだった。
隣町の高校は治安の悪さランキングで言うと県内の中でトップに入る。ヤンキーの溜まり場としてその高校は名を轟かせ、その学校は地域の警察署のパトロールコースに指定されているほどだ。そういったことを考えると確かに同じ地域にある以上、差別化を図りたい気持ちはわかる。
でも、やり方に強引さを感じたのは確かだ。
「おまえその頭髪、危ないんじゃね? 」
校則強化週間などという面倒くさい期間中だから仕方なしに目の前に見えた茶髪の女子生徒に注意してみた。
それがメグミとの出会いだった。
「は? 」
シルエットこそ華奢に見えたが、細く見える脚も近くで見ると、しなやかに伸びる筋肉が在った。さらに塔のように伸びた身長180センチに振り向かれるとメグミより背の低い俺は恐れを感じた。
軽々しく声をかけたのは自分だけど、まるで背の高いどこかの武闘派民族に絡まれたような、
「サトさんだって、人のこと言えないじゃん」
第一声目で威嚇された瞬間に抱いた印象とは違っていて、拍子抜けするほどフランクな返しに肩の力が抜ける。
だけど初対面で「サトさん」って。
最近の子供はそんなものなのか。
「いいの。これは地毛だから」
「ねぇ、その白髪。ちょっと触らせてよ」
メグミが俺の前髪を触ろうとしてくるのを躱す。なんだか狂暴な肉食獣と猫じゃらしで戯れているみたいだ。
「サトさんいいなぁー。地毛って言えば小言を言われなくても済むし、オールオッケーじゃん。それに漫画のキャラみたい」
「あのな、この髪色は確かにカリスマっぽいイメージが俺に似合っている。とは思うけどな、苦労は沢山あんの」
「そうなんだ……大変なこともあるんだね」
てっきり、地毛だということを信じず、また悪態をついてくると思っていたけど、意外にもメグミは素直に俺の言葉を受け入れた。
抱いていたイメージがまた少し変わる。
「てか、自分でカリスマとか有り得ないわ。気持ち悪」
メグミは思い出したように悪態をつく。せめてキモっ、ぐらいにしてほしい。はっきり言われるとこの年の男には結構深手なの知ってる?
よく「ゴミを見るような目つきが逆に興奮する」とかいう輩がいるけど、俺はその気が知れない。ああいった奴らはきっと画面越しに、またはプレイの中でしか言われていないからそういう歪んだ発想をするんだろう。
実際はしんどいものがある。
「サトさん」
カウンセラー室でブックカバーをかけた少年漫画を読んでいると、授業中であるにもかかわらず、メグミがドアの隙間から顔を覗かせた。
「お前、授業は」
「いいの。それにサトさん、あたしの先生じゃないでしょ」そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
読んでいた漫画を渡すと、メグミは「それ、前から気になってたやつ」と燥いで漫画を受け取った。メグミは何の警戒心もなくオッサンの隣に座る。
「あのさ……」
悩ましげな眼付きで見られると、何かを期待してしまう。そんな残念な思考回路が俺の中にはある。
「なに? 」
なぜか緊張してしまい、不自然な棒読みでそう答えると、悩ましげな眼付きは変わらないまま、「手出したら分かるよね」とつぶやき、俺は余計に恐怖を感じた。
「はい。すいません」
「よろしい」
実際に俺がメグミを襲えば、性的にではなく暴力的に俺がメグミに襲われるのは間違いない。
漫画を読み、好きなアーティストの話で盛り上がったりした後、午後バイトへ出掛けていくメグミを父親よろしく見届けるのがいつの間にか日常になっていた。
カウンセラー室にメグミが通う前から彼女の頭髪は職員室で話題にはなっていた。
カウンセラー室に通っているときもそれとなく注意はしてみた。
でもメグミは聞こうとしなかった。
「いいの。この方がお客さん受けいいし。それに酔っぱらっているお客さんが絡んできてもギャルっぽいから、あ? って言うだけで引き下がるしね」
「お前にそう言われたら頭髪がどうであれ、怯むと思うけど」
「あ? 」
「あ、すいません」
「ほらね。こんな風に、効き目あるでしょ」
そう言いながら満足そうに此方を見るメグミの態度で俺は小言を辞めた。
時間が経てば噂話も薄まるだろう。
そう思っていた時、事態は急に動き出した。
「岩田恵くん、職員室まで来なさい」
カウンセラー室にメグミのクラス担任ではなく、いきなり教頭が現れ、俺が呆気にとられているうちに彼女は職員室へ消えていった。
数時間後、職員室から出てきたメグミに「どうした」と問いかけると「あの人たち、最低」と、わざと廊下にも響くように声をあげた。
メグミの話の中に、彼女に対する偏見が多く出てきた。だけど肝心の「何で金髪がダメなのか」はメグミから語られることはなかった。
何かを説き伏せるとき、明確にその理由を教えてやるのが次の失敗に繋がらないための予防策であるというのに、教育者である者の口からそういった言葉は出なかったみたいだ。
「それで、何でダメなのかって聞いた? 」
帰ってきた答えは「校則だから」という理由だけだった。
職員室にはメグミを叱る教頭以外に、教師は他にいるはずなのに誰の口からも理由を説明されることはなかったみたいだ。
例えば「生活態度が悪いと内心に響いて将来叶えたい夢があっても不利になる」とか、そんな取ってつけたようなことでも理由として筋は通っているはずなのにそれすら話の中に出てこない。
俺はそこに苛立ちを感じていた。
「だからね、サトさん。あたし、教頭先生の胸座を掴んで『次の期末考査百番以内に入れたら許してもらえませんか』って言ったの」
いいよね、とはにかみながらメグミはそう言った。
何のこと、なんて野暮なことは言わない。言えない。
だって笑顔が怖いんだもんなー。
その日からカウンセラー室は、臨時講師室となり、教師でもないのに俺はメグミの教鞭をとる立場になった。
国公立の大学を目指している時の記憶と高校で勉強してきた内容を教科書と参考書の力を借りて思い出しながら、教えていくと今まで何故できなかったのかが不思議に思えるほどメグミは要領がよかった。
数学は証明問題となってくると少し悩むものの、ヒントを与えるとすぐに解を導き出したし、暗記科目は元々得意で、他の教科もほとんど問題がなかった。
テスト三週前になると、もはやカウンセラー室に通うことなく、勉強は自宅で賄えるようになった。
努力の甲斐あって、メグミは百番どころか上位二十名の中に食い込んだ。
その結果を見て、彼女は悠々と職員室に行った。
教師達はよく頑張ったね、といってくれたらしい。
でも、校則だから、ごめんね。
その言葉が後に続いた。
颯爽と職員室から出てくるメグミ―――を想像したけど、何かを訴えるような叫び声が職員室から上がり、それはすぐに幻想だと否定された。
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