第2話 小さな命の恩人に名前のプレゼント

「ぐるるる……」


 そいつは目が4つあって、牙が大きくてと、まるでゲームのモンスターで見るような邪悪な見た目。体の大きさは大型肉食獣、ぶっちゃけライオンくらいだろうか。

 ライオンなんて昔動物園で一度見たっきりだから、ハッキリ言ってそれっぽいって言うだけでしかないんだけど。


 で、そのモンスターは強烈な敵意を持って僕をにらみつけていた。


「うわああ~っ!」


 直感で命の危険を感じた僕は、そのまま回れ右して一目散に逃げ出した。猛獣相手に背中を見せて逃げ出すのは襲われやすいので厳禁だって何かで読んだ気がするけど、この時パニックになっていた僕にそこまでの冷静さは存在しない。


「ぐるおおおおー!」


 謎のモンスターは予想通り僕に向かって襲いかかってくる。えっと、僕あの生き物に何かしたかな? 目が合っただけで殺されちゃうのかな? 何て何もない人生だったんだ……。来世では幸せになりたいな……。

 モンスターに追いつかれそうになった僕は、全てをあきらめてその場にしゃがむ。後はもう運を天に任すばかりだった。


「きしゃああ~!」


 僕が死を覚悟した時、どこからともなく別の叫び声が聞こえてきた。その直後、辺りは急に静かになる。怖くてじっと目をギュッと閉じていた僕には、そこで何が起こったのかは分からない。

 ただ怖くて、ずっと頭を押さえて背中を丸めて固まっていた。


 静かになってしばらくすると、僕の腕を舐めるくすぐったい感覚。この刺激に恐る恐るまぶたを上げると、そこにはさっきまでずっと探していた子猫がいた。


「お前、無事だったのか! でもどうして……」


 静かになったのもあって安心した僕が背後を確認すると、そこには深い傷を負って動かなくなったモンスターの姿が――。状況的に言えば、この子猫が10倍以上の大きさの猛獣を倒したと言う事になる。

 その決定的な瞬間は見ていないから、すぐには信じられないのだけれど。


「まさか、お前が?」

「みゃう~ん」


 子猫は僕の言葉が分かっているのか分かっていないのか、ペロペロと自分の腕を舐めている。よく見るとその小さな体には返り血っぽい何かを浴びた跡が――。


「お前、病院は嫌んだよな?」

「みゃう?」


 僕の質問に子猫はキョトンとした顔で見つめてくる。その顔が可愛くて愛しくてほおっておけない。幸いな事に猫は大人しく懐いてくれているので、僕は優しく抱きかかえる。

 嫌がる病院はまた今度と言う事で、まずはそのまま家に帰る事にした。こんなモンスターのうろつく場所からはすぐに離れたかったのだ。


「そうだ。お前、名前、何がいいかな?」

「みゃう~?」

「ま、まだ飼う訳じゃないけど、名前はあった方がいいだろ、うん。まだ飼うって決まった訳じゃないけど!」


 僕は子猫に向かって必死に喋り続ける。意味なんてきっと通じていないと思うけど、モンスターから助けてくれたこの子猫に名前をつけたくなったんだ。


「ミケとかタマは普通だし、白黒猫だからなぁ……クロって言うのも……」

「……みゅ?」


 僕は左手で子猫を抱きながら右手を顎に乗せる。見上げた空はすっかり暗くなっていた。星空の下、静かな住宅街を歩きながら色んな名前が頭の中で浮かんでは消えていく。


「ミャウミャウ鳴くし、ミャウ……も違うか。ハル……いや、パル?」

「みゃー!」

「おっ、気に入った?」

「みゃん!」


 子猫の反応が良かったので、今からこの可愛い生き物の名前はパルに決定する。うん、名前が決まったら何だかしっくり来た気がするぞ。もし上手く飼う事が決まったらよろしくな、パル。

 名前をつけてしまったのもあって、そこからはどうやって親を説得しようかと、そのための作戦を練り始める。別にペット禁止とかそう言う事を言われた事自体はなかったので、そこはかなり楽天的に考えていた。


 さっきまで散々迷っていたはずなのに、パルに助けられてからの帰り道では呆気なく知っている道に出る事に成功する。そこからは心に余裕も生まれ、考え事をしながら歩いている内に無事に自分の家が見える所まで戻ってきていた。


「ほら、あそこが僕の家……って、うん?」


 普段なら誰もいないはずの自宅の前に黒塗りの車が止まっていた。その違和感に僕は嫌な予感を覚える。もう少し近付くと、見覚えのないスーツを着た人が玄関前で母親と何かの話をしているようだった。


「誰……?」

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