脱法エール〜酔いどれ天使の酒池肉林
今日はクリスマス。そして今日から冬休み。
学校から帰宅した俺たちは今日、秋音の部屋でクリスマスパーティを企画していた。
俺は独り、秋音の自宅の前に立つ。そしてインターフォンを押した。
「秋音。俺だよ」
秋音とは幼なじみだ。もう何度も秋音の家に訪れている。だからインターフォン越しのやり取りも、このように簡素だった。
「オレオレ詐欺?」
「それ電話越しでの詐欺だろ。夏木だよ。夏木」
下らない冗談を交えながらも、玄関が開いた。そこには私服姿の秋音が、少し照れ臭そうに現れた。
ロングTシャツにチノパンというラフな格好で現れた秋音。幼馴染である俺はもう見慣れている。彼女の部屋着なんてこんなものだ。
かくいう俺も似たような格好だった。今日クリスマスパーティに参加するのは俺と、春野と、秋音と、冬人。お互いに深く知った仲だから、服装に気合いなんて入れて来ないのだ。
「今日は親いないんだ」
「そっか」
「お兄ちゃんもいないの」
「ふうん」
「だから今日は二人きりだね。ウフ」
「春野と冬人も来るんだぞー」
そんなやり取りをしながら、俺は秋音の部屋に上がる。普段は開発品でごちゃごちゃだが、今日は片付けられていた。しかし薬品の匂いがほんのりと香る。あれほど換気しとけと言ったのに。
やがて春野と冬人が一緒にやってきて、全員が揃った。
「じゃあ、始めますか」
ケーキとお菓子とグラスを一通り並べた俺たちは、いよいよクリスマスパーティを始めることにした。
「ふふん。その前に」
秋音が得意気に笑った。
「じゃーん。これを見よ」
秋音が見せたのは、ビールピッチャーだった。中に入っているのは、明かにビールだ。よく見れば、机に瓶ビールらしきものがあった。あれをピッチャーに注いだのだろう。
「おい、もしかしなくてもそれ、ビールだよな」
俺は言った。未成年飲酒はさすがにマズイ。
「ふふん。甘いね夏木。カルーアミルクのようにクドイ甘さだよ」
「秋音の言い回しの方がクドイわ」
カルーアミルクとか、高校生が口にするか普通。
「私はマッドサイエンティスト秋音だよ? 普通のビールなんて出す訳ないじゃん」
「普通のビールじゃないって……せっかくパーティを地獄にしないでよね」
そばで聞いていた春野が心配そうに言う。
「ふふん。地獄というより、酒池肉林かな」
「どちらにしろダメだろ」
そもそも誤用だ。酒池肉林の肉に肉欲という意味はない。
まあまあ、と秋音はグラスにそのビールらしき液体を注いでいく。
「これは私が発明した、新種のお酒。名付けて、脱法エール!」
「秋姉、今日もネーミングセンスがキレッキレだね」
冬人が言う。暗にセンスが悪いと言っているのだ。脱法エールとか、犯罪臭がすごいもんな。
「これはアルコールが一切入っていない。でもノンアルコールと違って、アルコールを摂取したかのような酔いを味わえるんだ」
「身体への影響は無いの?」
「一切無いよ。あくまで催眠によって酔っていると脳が錯覚するだけだから。でもアルコール摂取時と同様の思考力になるから、運転とかはやっぱりダメだけどね」
身体に害がないのなら、まあ、良いかな?
「へえ。秋音にしては気の利いた発明じゃない。ちょっとお酒、興味があったの」
「実は僕も、気になってたんだ」
姉弟が揃って言った。確かに、俺も興味があった。その興味を満たしてくれる発明というのなら、秋音にしては気が利いている。
何より、パーティにうってつけだ。
「じゃあ脱法エール、頂こうとしますか」
「ふふ。そうこなくっちゃ。じゃあ、みんな」
秋音がグラスを掲げた。俺たちもそれにならう。
「メリークリスマス!」
*
「えへへ~夏木氏ぃ。好きですぞぉ~」
「ふえぇ、夏木ぃ。頭撫でてぇ。よしよしってしてぇ」
数分後。女性陣二人が早くも酔い潰れた。というか一口二口しか飲んでなかったはずだ。どれだけ強いんだこの酒は。
「夏木お兄ちゃん。二人ともどうしちゃったの」
冬人が不安そうに言う。
「あの二人は酒に飲まれたんだ。ああなっちゃダメだぞ。その酒は飲まないでジュース飲もうな」
俺と冬人は奇跡的に酒を飲んでなかった。
「あーっ! 夏木氏ぃ、酒が進んでないですぞぉ~。ほらほらぐいっと」
某掲示板で赤モップになりきっているような奴に変貌した秋音が、俺にグラスを押し付ける。
「うわっ面倒臭え! というか酒臭い! 本当にアルコール入ってないんだろうなこれ!」
「酒臭いとはなんでありますかぁ~! ほらほら、もっとちゃんと嗅いでくれでありますぅ~。馥郁たるリアルJKの香りですぞぉ~。嗅がないなんてありえなぁい!」
秋音が恥ずかしげもなく身体を押し付けてくる。くそう、手がつけられないな。
「ふえぇ。夏木ぃ。私も構ってよう」
一方で精神が幼児退行してしまった春野。俺と秋音を見て、子供のような嫉妬心が湧いてしまったらしい。
「俺の春野が、マッドなバブみで青春をオギャってしまっている」
「いやいや夏木お兄ちゃん、バブみ要素ないでしょ」
「マッドな科学で青春をオギャってしまっている」
いや別に言い直さなくても良かったじゃん。
「ちょっと待ってな春野。今この馬鹿を相手にするので精一杯で」
「ふえぇ。相手にしてくれないの? やだ、やだやだやだぁ!」
駄々をこね始めた春野。
「ああもう。ほら、そこに冬人がいるぞ。春野の大好きな冬人だぞ」
「ちょっと、夏木お兄ちゃん!?」
「わぁ。冬人だぁ。うふふぅーん、ふぅゆぅとぉー!」
冬人に飛びかかる春野。それに直撃した冬人は、春野に押し倒された。
「うふふぅーん。冬人ぉ、好きぃ」
「ちょ、お兄ちゃん! なんとかしてよ。お兄ちゃんの恋人でしょ!」
「お前の姉だろうが。こっちも大変なんだよ!」
「じゃあ僕が秋姉の相手するよ。ぐへへ、秋姉」
「お前が秋音の相手なんてしたら、すぐにおっぱじめるだろ!?」
そうこうしている内に、俺も秋音に押し倒された。というより、マウントポジションを取られてしまった。振り払おうとするが、びくともしない。
「えへへ、夏木氏ぃ~。好き好き大好きぃ」
「おい。時任があの世で見ているかも知れないぞ。その辺にしとけ」
「えへへ、夏木っちぃ~。すこすこ大すこぉ」
……。
「100年以上解読されなかった古文書は」
「えへへ、ヴォイニッチぃ~。
「俺たちの名前」
「
「ふっ、そんな大振りな攻撃……」
「
「あっ、こんなところに汚れが」
「
結構合わせてくるじゃん。
「ふぇええん! 冬人ぉ! 頭撫でてぇ! 良い子良い子してぇっ!」
「はいはい。ほーらお姉ちゃん。良い子良い子」
「わぁい! ばぶばぶぅ! おんぎゃぁ!」
やべえ。春野と冬人が赤ちゃんプレイしてる。しかも弟がママ役で姉が子供役かよ。ちぐはぐにも程がある。
「よしよし。夏木お兄ちゃんが相手にしてくれないから、さみしいんだよね」
……。
「それどころか、秋姉に気を取られているものだから、それもストレスになっているんだよね。可哀想に。ほーら、よしよし」
「えへへぇ。良いんだあ。さみしくても、冬人がよしよししてくれりゅから、良いんだあ」
くそっ! めちゃくちゃ申し訳ない!
「ああもう。俺が悪かったよ。ほら、春野」
片手で秋音を相手にしつつ、もう片方の手で春野を誘う。
「わあい! 夏木ぃっ!」
「ちょっ! があっふっ!」
優しく抱きしめてやるつもりだったのに、飛び掛かって来やがった。もろに直撃した俺の脇腹が悲鳴を上げる。
「でへへぇ。良い子良い子しろぉ。良い子良い子しろぉ!」
「まったく。はいはい。ほーら、良い子良い子」
「でゅへへぇ! ばぶばぶぅ! おんぎゃあ」
やべぇ。凄い乱れ様だ。
「あぁ~夏木氏ぃ。私を放置して春野とイチャイチャしてるぅー。私にも構って欲しいですぞぉ~!」
「さっき沢山構ってあげたでしょうが」
既に俺の脇腹にひっついていた秋音が、さらに身を寄せてきた。
「うん? ぷっ……あっはっはぁ! 夏木氏ぃ~こんなところに親指が生えとりますぞぉ!」
そう言って俺の股間付近をまさぐる秋音。
「てめえ今、俺のを親指サイズと言ったか」
「むふふぅ~ん。親指だからいくら触ってもへーきへーき」
「へーきじゃない!」
お前が親指言ってるそれはなあ……それはなあ!
「ほーら、指相撲だぞぉー」
「ばっかマジで触ろうとするな!」
「ふええ。秋音ばっかずりゅい。私も指相撲するぅ~」
春野まで俺のアソコを触ろうと迫ってきた。この酒、本当に何も入ってないんだろうな。
「むへへぇ。脱法エール、実は媚薬も入れてたなんてとても言えないですぞぉ~」
「案の定かよ! 本当にお前は何でも媚薬入れたがるな!?」
しかしどうする。このままじゃ本当に酒池肉林だ。
「催眠によって脳が錯覚している状態って言ってたね。催眠なら、解く方法があるのかな」
「そ、それだ! 脱法エールの瓶のラベルとかに書いてないか!?」
さすが春野の弟。
俺は机にある、秋音が用意した脱法エールの瓶を取ろうと、二人を振りほどこうとする。
「ふえぇ……夏木ぃ。行かないでぇ」
すると春野がより一層強く抱きついて来る。この甘えんぼさんめ!
「おいおい夏木氏ぃ~。せっかくの宴ですぞぉ。水を差すなんてありえませんぞぉ!」
そこに秋音も加わる。
「待ってて。僕が取るよ。よいしょっと」
もたもたと冬人が瓶を取った。
「景気付けにキスしちゃいますぞぉ!」
秋音はそう言うと、これでもかとわざとらしく唇を尖らせて、俺にそれを近づけてきた。
「ちょっ、冬人! 早く、早く!」
冬人は手に取った瓶を、ひっくり返したりして調べた。巻かれたラベルの裏側に何か書かれていたらしく、それをしばらくの間読んでいた。
「ああ、簡単だよ。パンっと手と手で鳴らせば良いんだって」
ほらこう、と冬人は手と手を打ち鳴らした。パァンと軽快な音が部屋中に響く。
差し迫っていた秋音の唇が止まる。秋音は目をパチクリさせて俺を見た。すると徐々に顔を紅潮させた。
「ひゃっ……」
らしくない可愛らしい声を上げて、秋音は咄嗟に離れた。
「じゃあ酔いも冷めたところで、先程の映像を皆で見ようよ」
冬人は徐ろに立ち上がると、部屋の隅に置いてあったスマホを手にとった。よく見ると赤いランプが点灯していた。
「おい、まさか」
俺は冷や汗を流しながら聞いた。
「うん。さっきの録画してた」
「なんで!?」
「面白いことあるかなって」
ど畜生かこいつは。
「あったね、面白いこと」
にやりと笑う冬人。お前ってそんな鬼畜な奴だったっけ。
そしてスマホを操作して、画面を俺たちに見せつけた。
『ふえぇ、夏木ぃ。頭撫でてぇ。よしよしってしてぇ』
先程のあられもない春野の声が響いた。
酒池肉林じゃなくて、阿鼻叫喚になったのは言うまでもない。
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