心霊ノーパンティ~ラブレターのお相手は!?
”JKパンティ良き” という言葉をこの話の枕に添えよう。
なに、別にJKのパンティを枕カバーにして、惰眠を貪ろうという訳では無い。
「いっやぁーん!」
カナリアのような可愛らしい声が響いた。俺は歩道橋の階段の上段を見る。そこにはミロのヴィーナスが、モンローの真似事をしていた。
要するに、女生徒が木枯らしによって翻った制服のスカートを、慌てて押さえていたのだ。
そして歩道橋は俺のいる地上より高い場所にある。だからその高低差でチラリと見えてしまった。
そう、パンティだ。謙譲語に直すと御パンティである。
あの歩道橋はスカートを履いた女性が通ると、必ず突風が吹く。そしてモンローよろしく翻ったスカートを慌てて押さえる姿が名物となって、モンロー橋と呼ばれるようになった。
俺はパンティが露わになったその刹那を、網膜に焼き付けた。黒だった。白い花柄の刺繍らしき装飾が施されていたと思う。一部がレースになっていて、薄らと肌の色が透けて見える。素材はナイロン、ポリエステル、その他。
「よっ! Oh・パンティ!」
男共が称えるように叫ぶ。パンティのパンのところで柏手も打つ。これがモンロー橋でパンチラを拝んだ時のマナーである。
「まったく。散々だわ」
顔を真っ赤にしながらモンロー橋にて、パンティ・テロを実行した張本人と合流した。彼女こそ俺の恋人である、春野だ。
「見てみろよ周りを。お前のパンティでその場にいた男性共が皆前屈みだ」
そりゃあそうだろう。あんな高いところでスカートを捲るなんて。見せつけているようなものじゃないか。
「夏木。あんたが一番前屈みだわ」
春野は俺の股間付近を
「おいおい
「……夏木。あんた平気?」
恋人のパンチラを見せられて、平気でいられるものかっ!
「春野。帰ったらそのパンティ、俺にプレゼントしてくれ。枕カバーにしたいんだ。ああ、洗濯はするなよ? 価値が下がってしまうからな」
と言うと、春野は心底嫌そうな顔をして、了承したのだった。
*
そんなこんなで学校に着いた。上履きを取り出すために、下駄箱を開ける。
「おっ? おおぅっ!?」
そこには、すっかり汚れきった上履きと、ピンクの手紙。赤いハートのシールが付いている。
「えっ。ラブレターじゃん」
俺は思わず呟いた。
「えっ!? ウソウソっ!? 夏木にラブレター!?」
途中で合流した秋音が、興奮気味で俺の下駄箱を覗く。
「うわっ!? 本当だ! ラブレターだ!」
きゃっきゃと騒ぐ秋音。
「へえ。夏木ってモテるのね」
我が正妻は余裕ぶって言う。現時点で恋人がいて、さらにもう一人俺に恋している奴がいるんだぞ。モテモテだろ。
「まあ待てよ。本当にラブレターかどうか」
ともかく。俺は恋文を取り出して、中身を拝見した。
”梅の木で パンツを脱いで 待ってます”
俳句かな。梅という季語まで入っていやがる。春の季語だ。そしてパンツは青春の季語だな。いや、思春期の季語だったか。
いやそれよりも。
「えっ? 何故、パンツを脱ぐ?」
当たり前の疑問を口にする。
「えっ? 私もたまにノーパンだけど」
と秋音。とんでもない情報をぶっ込みやがって。
「男子のイタズラじゃない?」
春野の意見には同意だ。俺に恋人がいることは、学内で周知されている。今更俺に恋文なんて、別の意図があると思ってしまう。
「あ、でも差出人の名前が書かれているな」
「時任亜美乃? そんな名前の子、同級生にいたかしら」
春野が言う。俺も同感だ。ただ、必ずしも同級生という訳でもない。先輩や後輩という線もある。
「まあ、待ち合わせ場所に行けば分かることでしょ」
秋音が言う。まあその通りなので、そうすることにした。
*
パンツといえば。実は今年の夏頃に、俺はお気に入りのパンツを無くしていた。おそらくプールの授業があった頃だろう。パンツを無くすなんて、一時的にノーパンにならない限り、有り得ないからだ。
ならば、プールの授業しかあるまい。
「……であるからして」
日本史担当の
50歳の年寄り教師だが、その性格は陰湿だ。生徒に対し、揚げ足を取るような感じで説教が始まる。生徒からしてみれば、ただ怒鳴ってストレス解消でもしたいようにしか見えない。故に吉田は最も生徒から嫌われている教師だ。
「時任、亜美乃……」
ぼんやりと授業を聞きながら、その名を呟いた。
何故突然パンツを無くしたことを思い出したのか。それは先程手に入れた恋文に書かれていたからだ。
ノーパンで待ってる、と。
受験という言葉がチラつくこの時期。授業に集中したいのだけれど、恋文を貰って授業に集中出来る男子がどこにいるだろう。
「待ち合わせは、梅の木……」
梅の木。梅の木ねえ。どこだよ。今は冬だから咲いてないだろう。そもそも、この学校に梅なんて咲いていたっけ。毎年桜は凄いけれど。
「夏木っ! 先生が呼んでるっ!」
隣に座る春野が俺にそう言う。
「は、はいっ!」
俺は思いきり返事をして、立ち上がった。
「お前、話聞いてなかっただろう」
年寄りとは思えない程に鋭い視線が、俺を射貫いた。ちらりと横目で春野や秋音を見るが、二人とも首を横に振る。どうしようもないらしい。
「お前、良い大学に入りたいそうじゃないか。授業もロクに聞かずにそんなこと、可能なのか。おおん?」
うわ、始まっちまった。こうなると面倒なんだよ。しかも、今日は一段と機嫌が悪そうだ。
しかしだ。だからといって謙ることもない。むしろ強気で行くべきだ。舐められたらお終いだ。俺は一生、吉田先生よりも低い存在として生きていく羽目になる。
「だから聞いているのかお前はぁっ!」
吉田先生の怒声が教室内をつんざく。
「はい……すいません、すいません」
すっかりビビってしまった俺は、ヘコヘコと頭を下げるのだった。
*
放課後。春野と秋音には先に帰ってもらい、俺は告白の返事をしに行く。
「というか、マジで梅の木ってどこだよ」
皆目見当がつかず、俺は下駄箱付近を右往左往していた。イタズラの可能性もあるが、万が一を考えると無視するのは気が引ける。
「おいどうした、こんなところで」
田島先生と遭遇した。
「田島先生。この学校に、梅の木なんてありましたっけ?」
「梅の木? すまんが俺はそういうのに疎くてなあ。あっ、吉田先生」
今度は吉田先生が通りがかって、田島先生が呼び止めた。
「どうしましたか、田島先生」
……この人、相手が教師だと人が変わったように丁寧になるよなあ。
「いえ、学校内に梅の木ってありましたかね。吉田先生なら詳しいかと思いまして」
と田島先生が言った。それを聞いた吉田先生は、一瞬驚いたような顔をした。
「ああはい。昔、立派な梅の木が一本だけありましたよ。もう撤去されましたが」
「だ、そうだぞ」
田島が言いながら俺を見た。すると吉田先生も釣られて俺を見る。
「貴様が? よく知ってたな」
貴様って……。
「梅の木は、私がこの学校を卒業した頃に撤去された。だからそれを知っているのは、私と同年代以上の方くらいだろう」
吉田がそう付け加えた。
「梅の木は、何処にあったんですか?」
俺が問う。すると吉田は意外にも、案内をすると言い出した。
*
「それで、結局相手は来なかったよ」
俺は春野と秋音に言った。
「ねえ夏木。私なりに、えっと、クエン酸……じゃなくて亜美乃さんを調べてみたんだ」
と秋音。アミノ酸みたいに言いやがる。
「今から約40年前。時任亜美乃という名前の生徒がこの学校に入学したのは、この時が最初で最後なんだ」
秋音から告げられたことは、とても奇妙な事実だった。
「それで?」
「卒業する前に亡くなってる。交通事故で」
「……マジ?」
幽霊を信じない俺だったが、さすがにぞっとした。
「い、イタズラでしょ……?」
と春野が言う。かくいう彼女も、冷や汗を流している。ビビっているのだ。
「だが、イタズラにしては手が込んでる。40年前にいた生徒の名前。それと吉田先生が卒業した頃に撤去された梅の木。それらをわざわざ調べてラブレターに含める理由がわからない」
俺の言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。
「まあ、という訳でね」
秋音は、そう言いながら白衣のポケットから錠剤を取り出した。そしてそれを、俺と春野に差し出す。
「秋音、これは?」
渋々受け取ったものの、俺はすぐには飲まなかった。当たり前だ。こいつが作った薬を、何も聞かずに飲める訳が無い。
「霊感を強める薬」
ほらみろ。
「何の得があって霊感を強めなきゃならないんだ」
「だってだって。幽霊の仕業かもしれないじゃん。それを突き止めるには、やっぱり霊感を強める必要があるじゃん!」
突き止めるなら、そうかも知れない。
「突き止める必要なんて、ないだろ」
そうだよ。なんで自ら首を突っ込まなきゃならないんだ。
「でも夏木。手紙が届いたってことは……」
秋音はそして、ニヤリと笑う。
「呪われてるかもよ?」
ドクンと、心臓が強く脈打った。
「夏木。昨日、ずっと梅の木があった場所にいたのよね」
「う、うん」
「つまり曰く付きの場所にずっといたってこと。それって何か、やばくない……?」
と春野。何だか本当にヤバい気がしてきた。
「原因究明か……」
まあ確かに、このまま無視ってのも落ち着かない。呪われているかも知れないのに、安心して寝られる訳もないし。
「じゃあ春野、秋音。今夜付き合ってもらえるか?」
俺たちは夜に学校で落ち合うことになった。
*
その夜。月明かりと街灯によって薄暗く照らされた学校の正門前に、俺たちは集合した。
「それにしても。夜の学校って、不気味ね」
春野が学校の玄関付近を見ながら呟いた。玄関付近となると、街灯の明かりもあまり届いていない。非常口の看板の緑色の光が淡く照らしていたが、それが
「薬、飲んできた?」
秋音が俺と春野に尋ねた。
薬は飲んできた。霊感を強める薬だ。だから今の俺たちは、霊感が強くなっている。
「ふふ。じゃあ私たちって、今かなり霊に遭遇する可能性が高いんだ」
ウキウキと秋音は言った。秋音は憎たらしい程にこの状況を楽しんでいるようだ。俺と春野はかなりビビっているというのに。
俺たちは正門をよじ登って校内に侵入した。しかし玄関には鍵が掛かっており、校舎内に入ることはできない。
「梅の木があった場所に行ってみるか」
校舎の裏側に様々な植物が植えられている場所があった。吉田先生によると、ここに梅の木が植えられていたらしい。
昼間は自然豊かで気持ちの良い場所だったが、夜はほとんど真っ暗で不気味だ。花や木々の隙間がチラホラとあって、そこから誰かが覗き見ているかも知れないと、勘ぐってしまう。
「あそ……こ」
あそこに梅の木があったらしいんだ。俺はそう言おうとして、口を閉じた。
だって、誰かがいるんだもの。
「な、夏木ぃ。誰かいない……?」
春野が上ずった声で言い、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「あ、秋音ぇ……」
俺だって怖いから、秋音に助けを求めた。こういう時、余裕な奴が一人いるだけでも心強いものだ。
「ヤッバ思ったよりもメチャ怖いんですけれどぉおおぃおおぃおお」
などと早口で言いながら身体を震わせているから、秋音も駄目だった。
「お、落ち着け。もしかしたら普通の人かも知れない」
俺は梅の木があった場所付近にいるその人物を凝視した。腰あたりまでダラリと垂れた黒い髪。古い女子用の制服を身に纏っている。
履いている靴は……。
「あ、足が無い……」
俺は思わず呟く。
「いやいや夏木さん。暗すぎて見えていないだけですってホラホラ良く見てさあサア!」
秋音が力任せに俺の身体を揺らす。俺だって早くこの場から逃げ出したいのに。
「は、話しかけて見れば良いのよ」
「だ、誰が……?」
「……夏木が」
春野、てめえ。
「ほらほら夏木行ってこーいっ!」
ドン、と秋音は俺の背中を強く押した。俺はバランスを崩し、その人物に思いっきり近づいてしまう。
マズイ。射程範囲内に入ってしまったっ!
しかしその人物は、後ろを向いたまま振り返ろうとしない。結構な物音を立ててしまったから、気づいていると思うのだが。
「あ、あのぉ〜」
俺は恐る恐る声を掛けた。
「……」
しかし返答はない。いよいよもって不気味だ。
「そんなところで、一体何を〜」
「……無いの」
「えっ?」
「……無いの」
その時、不気味なその人物が急に言葉を発したものだがから、俺はパニックに陥っていたのかも知れない。
「ああ! 髪の毛の話ですね! 大丈夫ですよ。見た感じフサフサですっ! というかメッチャさらさらですね。トリートメント何使ってます!?」
何を言っているのか、自分でも理解していなかった。ただ幽霊っぽい奴が、無いの、なんて言い出したらそれは危険信号である。どうせあれだろ。目が無いとか、鼻が無いとか、全部引っくるめて顔が無いとか。ああ、見た感じ足は無さそうだな!
「……無いの」
「だから何がっ!?」
はっと口を
「……」
そしてその人物は、ゆっくりと振り返った。顔がその長い髪の毛で隠れて一切見えない。よ、読めたぞ。これは顔が無いパターンだ。無いのよ顔がぁ、なんて言いながら、前髪をファサァと掻き分けて、のっぺらな顔を見せつけてくるのだろう。は、ははん。読めてしまえばこっちのもんだ。それなら俺は、意識高い系雰囲気イケメンかっ! と突っ込みを入れてやるまで。
「無いのよ、私のパンツがぁあああああああ!」
前髪が揺れて、その顔が露わになる。恐ろしくもその顔は、肌は白くて傷一つなく、目は大きくまつ毛が長くて、鼻は高めで、唇はしとやかに小さかった。頰は程よく肉付いていて、笑ったら笑くぼが良い感じになりそうだ。
「いやぁあああああちゃんと顔あるぅうううううしかもちょっと可愛いぃいいいいいいっ!」
この世のものとは思えない程に恐ろしい顔を見た俺は、思わず逃げ出した。
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