女子高生クロス~ちょっとヤラシイ入れ替わり

 青春は時に人を惑わす。


「はあはあ、春野ぉ、可愛い」


 そして青春が狂っているのなら、それに当てられている私達だって狂ってしまう。


「秋音。そんな、駄目だって」


 判断力が鈍っていて、イケナイこともやってしまう。


「私たち、女の子同士なのに」


 湿っぽく私は言った。ああ、きっと顔も真っ赤に違いない。


「言ったでしょ」


 至近距離まで顔を近づけてくる、秋音。仄かに紅潮した頰。広角は緩み切って、紅い唇は唾液で艶やかに煌めいていた。


「私、女の子でもイケる口なんだ」


 秋音はそう言うと、さらに顔を近づけていく。


 ダメ、キスしちゃう。


 私は顔を背けてなんとか拒否する。


「秋音は夏木が好きなんでしょう」

「うん。恋人は夏木が良い。でも」


 秋音はそして、ふうっと息を送り込むように吹いた。その息は、顔を背けていた私の耳の穴を通り抜けて、身体の奥底を貫いていく。


 すると、何だろう。こそばゆい感覚とゾワゾワッとした感覚が、身体の奥底から湧き上がってきて、思わずビクッとしてしまう。


「性欲処理は、春野が良い」


 なんて、サイテーなことを言うのだろう。


 でも悔しいことに、私の息は荒くなってしまっていた。興奮しているのを、嫌でも自覚してしまう。


「春野可愛い。肌は綺麗で、触り心地も良い。それに」


 秋音はわざとらしく、鼻を鳴らす。


「凄く、良い匂い」

「……」


 あまりにも恥ずかしくて、私は目を瞑る。


「だーめ。こっちを見て」


 私は仕方がなく、秋音を見つめた。


 ああやっぱり。改めて見ても、秋音は可愛い顔をしている。黒い縁のメガネはダサいし、ボサボサの髪もだらしが無い。でも肌は綺麗だし、小顔だし、鼻の形も、目も口も全部良い感じ。


「あれ? この上は?」


 その時、男性の声が響いて、私たちは行為を中断する。そして、息を潜めた。


「その上は屋上だよ。三組はこっち」


 これは別の声。女性の声だ。


「そっか。早く女子高生のメイド姿、見ないと」

「もぉー。ほんとエッチなんだから」


 そんな会話が、徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


 私たちは、ふうっと息を吐く。


「ふふ。ちょっとドキドキしたね」


 なんて言って秋音はお茶目に笑った。しかし私は堪ったものではない。


「もぉー秋音! 見つかったらどうするのっ!」


 私は声を潜めながら言った。


 ここは学校の屋上に繋がるドアの前。さっきのカップルはその一つ下の階を通ったのだろう。


「もう、うるさい口だなあ」


 私を壁際まで追い込み、両手で私の顔の両側の壁に手をつきながら秋音は言った。まさか秋音に壁ドンのようなことをされるなんて。


「丁度良いや。もうしちゃおう」

「しちゃおうって、何を」

「キスだよキス。その減らず口、黙らせてあげる」


 き、キスだって!?


「む、無理……!」

「無理じゃない。大丈夫。きっと気持ち良いよ」


 そういう問題じゃない!


「秋音は初めてでしょ」

「女の子同士何だから、カウントしないよ」


 私の返事を待つ気は無いらしい。秋音は片手で私の顎を掴み、背けていた顔を無理矢理、正面に向けさせられる。


 決して強くなく、むしろ優しかった。なのに私は抵抗出来ない。興奮し切った身体が、そうさせてくれないのだ。


「春野……好き」


 直後、あっさりと唇と唇が重なった。


 女の子の唇の感触が伝わってくる。柔らかい。


 女の子同士のキスって、こんなに柔らかいんだ。


「んむ……」


 舌が侵入してきて、思わず声が漏れてしまう。


「んん……」


 侵入してきたその舌が、私の口内を順に巡っていく。時に私の舌を捉えては、優しく、しかし激しく吸った。


 くそう。上手じゃないか。


 酸素供給が滞っているのか、クラクラしてきた。すると脳が麻痺してきて、何もかもどうでも良くなってくる。


 ボーッとしてくると、やがて眠くなってくる。


 おかしいな。キスってこんなに眠くなるものだっけ。


 ああ駄目だ。


 意識が、途切れる。





「う、ううん」


 私は目を覚ました。朧げに目を擦ろうする。しかし、コツコツと妙な感触がした。


 どうやら眼鏡をかけているらしい。どうして私が、と思いながら、私は周囲を見渡した。


 屋上の入り口前。すぐそこに階段がある。そうだ、私はここで秋音と……。


「え……」


 私は驚きのあまりに声が漏れた。その私の声にすら若干の違和感を覚えつつも、目の前の現実を凝視する。


 目の前に、私が横たわっていた。


 私と言うのはつまり、春野。春野の身体が気持ち良さそうに寝ていたのだ。


 私だって、春野のはずなのに。


「う、うーん」


 横たわっていた私の身体が起き上がる。


 眠そうな顔で周囲を見渡し、私を確認した。


 その途端、ニヤリと下卑た笑顔を向けて、こう言い放った。


「おはよう。秋音」


 瞬間、悪寒が全身を駆け巡った。


 すぐに私は状況を確認する。


 先程から違和感のある胸を、私は恐る恐る触った。


 手のひらに収まり切らない程ある胸。いつもより明らかに大きく感じる。


 次に眼鏡を取ってみた。すると途端に視界がボヤける。私の裸眼の視力は、こんなに悪くなかったはずだ。


 そして取った眼鏡は、黒い縁のものだった。このダサい眼鏡は、見覚えがある。


「はい、これ」


 私の身体が手鏡を向けてきた。私はその鏡に映る自分を見て、絶句した。


 私は、秋音の身体になっていた。


「ムヘッ」


 私の身体が妙な声を発した。


「ムハハハヒハフハホヘハァッ!」


 こんな奇天烈な笑い方をする奴なんて、一人しかいない。


「秋音ぇっ!」


 全てを察した私は怒鳴った。


 というか私の声で変な笑い方するなっ!


「お察しの通りだよ、春野ぉ! キスした相手と入れ替わる。名付けてマインドクロス!」


 キスした相手と入れ替わるだと。


 こいつ……。


「私の気持ち、弄んだなあっ!」


 私は顔を真っ赤にして、叫んだ。


 畜生。処女に弄ばれるなんて。


「ムハハハ! 実験協力ご苦労! しかし……」


 ニヤリと笑う秋音。私の顔って、こんな悪そうな笑みも浮かべられるのか。


「今日の夏木との文化祭デート、私がすることになっちゃったね」

「なあっ! そんなの、させる訳ないでしょう!?」

「ふーん。じゃあ全部説明する? 私の身体で、本当は春野なのって。信じてくれるかなあ、夏木」

「ぐ、ぐぬぬ」


 たしかに、説得は難しそうだ。


「じゃあ、さっそく夏木とイチャイチャしてこよっかな」

「なっ、待ちなさい!」


 しかし私の制止を掻い潜って、秋音は階段を降りていく。


 くそう、この身体重すぎ。少しは運動しろよ。


「夏木ぃいいいいい! ズッコンバッコンゲームしよぉおおおおおお!」


 秋音が叫び、走り出す。


「秋音ぇ! もうっ! 他人の身体だと思って、好き放題言いやがってぇ!」


 私も悪態をつきながら、秋音の後を追った。





 高校二年生の文化祭。色とりどりの飾り付けによって、廊下は華やかに装飾されていた。


 そこには様々な人がいた。友達と見て回る生徒。看板を持って歩き回る生徒。子連れの家族や他校の生徒などの一般客。


 ガヤガヤと喧しいけれど、お祭り感がある。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 そんな中、息を切らしながらも秋音に追いついた。


「なっつきぃー!」


 そこには夏木の腕にしがみつく、私が、つまりは秋音がいた。


「なんだか、今日の春野は妙にテンションが高いな」


 なんて顔を紅くしながら、夏木が言う。


「な、な、夏木ぃ」


 未だに息が整っていない私は、上手く言葉を発することができない。


「お、おう秋音。どうした、そんなに息を荒くして」


 夏木が心配してくれるが、しかし私は返事をすることができない。


「ねえねえ夏木」


 そんな私を差し置いて、秋音がイヤラシイ笑みで夏木に話しかけた。


「今日の私が履いてるパンツ、何色かなあ」


 秋音はそう言うと、自身のスカートを、つまりは私の身体が身につけているスカートの裾を持って、ヒラヒラと捲った。パンツは見えていないけれど、私の太ももの付け根付近まで、チラチラと見えてしまう。


「ちょっ! 何してるの!?」


 私は思わず叫んだ。こいつ、私の身体で好き勝手やり過ぎだ。


「いや、パンツって……」


 夏木が頰を紅くさせる。


「ちょっと!」


 私は秋音の手首を掴んで、グイッと引っ張った。


「秋音。ちょっとやり過ぎよ」


 夏木に聞こえないように、私は耳打ちした。


「ふふん。そんなの、私の勝手だもーん」


 悪びれもせず、そんなことを言う秋音。


「私も同じことしても良いって訳?」

「ふーんだ。すれば良いじゃん。それで夏木が私に靡いたら、私が得する訳だし」


 くそう、強がりを……。


 でも秋音だって女の子。私が行動に移れば、秋音にだってダメージは入るはずだ。


「な、夏木……」


 私は夏木の手を掴む。


 そして、そっと私の、つまりは秋音の身体の、胸に手を当てた。


「な、なあっ!」


 さすがの秋音も、恥ずかしそうな声を上げた。


「ほら、夏木。私のおっぱい。は、は、春野より、大きいでしょう」


 ぐっ……余計なことを言わなければ良かった。だ、大丈夫。私だって大きい方。私だって大きい方。


「あ、あ、秋音っ! 冗談はよせっ!」


 夏木は顔を真っ赤にさせて言う。


「ほ、ほら、揉んでみて」


 やばい。さっきまで秋音とキスしていたものだから、胸まで触られて、したくなってきてしまう。夏木の手のひらの感触。ブラ越しだから分かり難いけれど、それでも夏木に触られているというだけで、心地が良い。


「秋姉!」


 突如響いたのは、冬人の声だった。


 そのまま身体が引っ張られたかと思えば、教室の壁に私は押さえつけられる。


「何やってんの、秋姉!」


 冬人が怒鳴った。珍しく怒っているようだ。


 四年の時を超えてやってきた彼。歴史の辻褄合わせのような力が働いたのか、彼の身体はほんの少しだけ成長していた。それでも、中学二年生の男子にしては小さいのだが。


「ふ、冬人。違うの、私は……」


 秋音じゃない、と言おうとしたが、しかし私は言葉に詰まってしまう。


 だって冬人が、泣きそうになっていた。


「秋姉、やだよ……」


 上ずった声で、か細く言った。


「秋姉が夏木お兄ちゃんと仲良くするの、やだ」


 それって、どういう意味なの。


「冬人……」


 秋音が複雑そうな表情をして、呟いた。


「ねえ秋姉。もう夏木お兄ちゃんと仲良くしないで」


 そう言って、じっと見つめてくる冬人。


「そんなの、無理だよ」


 私は秋音の気持ちを代弁するような感覚で言った。


「どうして。どうしてなの。僕はこんなにも」


 目に溜まった涙をついに零して、冬人は言う。


「秋姉のことが大好きなのに」


 その言葉に、私は思わず言葉を失う。


 冬人が秋音に惚れている。先ほどの言葉でもしかしたらと思ったが、まさか……。


 そして冬人は、判断に困っている私を構わず、顔を近づけ、そして。


 キスをしてきた。


 ちょっ……私、姉の春野なんですけど!


 すると途端に、強烈な眠気が襲いかかってきた。


――キスした相手と入れ替わる。名付けてマインドクロス!


 秋音の言葉が脳裏を過った。


 まさか……。


 私の意識は、またもや途切れた。





 私は目を覚ました。すぐに意識を失う前のことを思い出して、私は状況を確認する。


「ぼ、僕が……秋姉の身体になってる!?」


 既に目覚めていた秋音の身体が、そんなことを言っていた。おそらく、あれは冬人だ。


 だとすると……。


 私はとりあえず胸に手を置く。ぺったんこだ。そして窓ガラスの反射を利用して自分の顔を確認する。


 間違いなく、冬人だった。


「春野ぉ!」


 そう叫びながら私の、冬人の身体の胸ぐらを掴んできた秋音。


「わ、私のファーストキスがぁ! なんてことするのよ!」

「はあ? あなた、あれはカウントするわけ?」

「するでしょう! 私の身体と、冬人が、キスしたんだから!」


 そう言いながら、胸ぐらを掴んでゆさゆさ揺らす。もう面倒くさくて、私は抵抗せずにそのまま身を委ねていた。


「あ、秋姉の……お、おっぱい……!」


 冬人はそんなことを言いながら、恐る恐る自身の胸に手を乗せた。


 ああ。冬人も中二の、思春期真っ只中の男の子だもんね。そりゃあ女子の、それも好きな子のおっぱいがあったら、揉んじゃうか。


「こらあ冬人! 私の胸を揉むな!」

「え、ああ、ごめんなさい……。いや、ううん。違う、僕のだよ!」


 冬人が秋音に反抗した。主張が意味不明過ぎるところを見る限り、恐らく冬人も冷静じゃないのだ。


「私のだ!」

「違う! 僕のだ!」


 冬人はそう張り合いながらも、むにむにと自身の胸を揉んでいる。


 うん、冬人。そろそろ好い加減にしよう?


「ああ、もう! 私の胸に触るなよぉ!」


 秋音だって女の子だ。年頃の男子に、自分の身体を好きにさせられたら、そりゃあ堪ったものじゃないだろう。


 仕方がない、か。


「ほら、秋音」


 私は秋音の、つまりは私の身体の顔の顎を掴んで、こちらに向かせる。


 うう。自分の顔にキスをするのは、なかなか来るものがあるなあ。でも、元通りにしないと。ずっとこのままって訳にもいかないだろうし。


「春野……? んっ!?」


 仕方がない。私は思いきって秋音にキスをした。


「んんっ!」


 抵抗する秋音。そうか。秋音からしてみれば、冬人にキスされているようなものか。


「何が、起きているんだ」


 夏木がようやく口を開く。大丈夫だよ、夏木。もうすぐ、元通りになるから。





「秋姉。秋姉なの……?」

「そうよ。冬人の身体にいるのは、私」


 そんな会話が聞こえてきて、私は目を覚ました。


 起き上がって周囲を見てみると、冬人の身体に移った秋音と、秋音の身体にいる冬人が向かい合っていた。


「へへ。嬉しいなあ。秋姉とキスできるなんて」


 秋音の顔で、幸せそうに笑う冬人。


「自分自身にキスするのよ。冬人は平気なの?」

「でも中身は秋姉なんだよね」


 なら平気だよ、と冬人は言った。


「そっか。冬人は私のこと、好きだもんね。男として、女の私のことが」


 自嘲気味に、秋音は言った。その様子を見た冬人は、不安げに秋音の顔を見る。


 そうなんだよなあ。うちの弟は、秋音のことが好きらしい。それは友達としてではなく、キスとかエッチとかに発展するタイプの好きなのだろう。妙に懐いていると思ったけど、本当にそうだったとは。


「秋姉は嫌なの……?」

「ううん。そうじゃないけどね。ただ」


 秋音は腕を後ろに組んで、目を伏せて言う。


「私は夏木が好きだから。冬人の気持ちには応えられない。だから、どうしたものかなって」


 秋音は優しいから、それでも冬人を慰めてあげたいのだろう。冬人は秋音に懐いていた。それは秋音だった同じだ。秋音にとって冬人は、癒やしだった。恋人として見ることは出来ずとも、かといって嫌いな訳がないのだ。


「夏木が私に抱いている気持ち、何となく分かっちゃった」


 そして秋音は、情けなく笑った。ちらりと夏木を見れば、夏木はもどかしそうに秋音を見つめていた。


「でも、秋姉はそれで良いんだよね」

「うん。私はそれでも、夏木を求め続ける」

「じゃあ、僕もそれで良いよ」


 冬人は何かを決意したかのような、そんな表情をしていた。私は似たような表情を、何度も見たことがある。秋音が夏木を必死に追い求めるときに、よくする顔だ。


「僕も、秋姉を求め続ける」

「冬人……」

「秋姉、キスしよ」


 秋音は目を瞑った。冬人はゆっくり唇を近づけていき、そしてキスをした。


 それは、宣戦布告のようなキスのように見えた。


 やがて二人は意識を失い、崩れ落ちた。これで元通りだ。


「ふぅ」


 私はようやく、肩の力を抜いた。


 ああ、神様。


 やはり私たちの青春、狂ってます。

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