秋音レゾナント・シャウト~その叫びで青春は回る

 私にとって春野は、とても大切な人だ。


 そりゃあ私から夏木を奪った憎い奴だけれど、それでも私の為に死んで良い人じゃない。


 それにあの後の展開は、最悪だった。


 春野の死亡が確認されると、私と夏木の仲は一気に悪くなった。


 結局、恋人らしいことも出来ずに、別れて……。


 タイムボールはもう無くなった。後は帰還用のタイムボールが一つ。これを無くしてしまえば、私は元の時代に戻れなくなる。


 そして同時に、歴史を改編するチャンスもこれで最後だ。


「はあ、どうすれば良いの」


 近所の公園のベンチにて、私は頭を押さえた。辺りはすっかり暗い。


 でも、これで分かった。いや、本当は最初から分かっていた。


 一回目に、私が一切干渉していないのにも関わらず、記憶しているものと違う出来事が起きた理由。それは、それが本来の歴史だからだ。夏木が冬人を庇って死ぬ。それが本来あるべき歴史だった。


 そんなこと認めたくなかったけれど、そうとしか考えられない。


 そして二回目。私はステージにボーカルとして立った。夏木に告白して、恋人同士になった。そして春野が亡くなった。


 歴史は容易く変えることはできない。この一回目と二回目。一見、あっさりと歴史が変わってしまっているかのように見える。


 しかし、どちらも最後に人が亡くなっている。そしてその後、私と夏木は結局別れてしまう。一回目と同じで、最後には誰も結ばれていない。


 確かに、歴史を書き換えるのは難しいことらしい。一回目も二回目も、誰かが亡くなる結末に収束しているようだ。


 でも私は天才。マッドサイエンティスト秋音。


 もう答えは出ていた。


 一回目。私はてっきり歴史が書き換えられたのかと思ったが、実際はあれが本来の歴史だった。しかし私は勘違いをした。理由は簡単だ。私の記憶とかなり違っていたから。じゃあ何故、記憶と違っていたのか。


 私が生きてきたのは、書き換えられたものだったから。私が生きてきたのは、夏木と春野が生きていて、冬人が行方不明になる未来。


 未来の私が改編した運命を、私が辿っていたのだ。


 だから花火大会の日。未来の夏木が私に接触した。私に、未来の素材を託して、タイムボールを開発させ、同じように歴史を改編させる為に。


 でないと本来の正しい歴史である、夏木が死んでしまう運命が発生してしまう。だって私がタイムボールを開発出来たのは、未来からやってきた夏木から貰った素材があったからだ。


 ここまで分かってしまえば、後は簡単だ。


 何せ私は、夏木も春野も生きている運命を、既に辿っているのだから。


「秋姉……?」


 夜の公園に響いたのは、冬人の声だった。公園の入り口を見ると、確かに冬人がそこにいた。


「冬人。丁度良かった。おいで」


 すると冬人は、すたすたとこちらに駆け寄ってきた。そして私の胸に、顔を埋める。


「えへへ。秋姉、大好き」

「ふふ。よしよし」


 この感覚は久しぶりだった。冬人が行方不明になってから、こんな風にお姉さんぶることなんてなかったから。


「冬人は可愛いなあ」

「本当?」

「うん。可愛いよ」


 私にとっての冬人は、癒やしだった。


「ねえ冬人」

「なあに。秋姉」


 くりっくりとした目で、私を見つめる冬人。


「春野のことは、好き?」

「うん。好き!」

「じゃあ、夏木は?」

「うーん、ちょっと好き」


 冬人は純粋だ。嘘はつけないのだ。


「どうして、ちょっとなの?」

「だって、秋姉とお姉ちゃんを独り占めするんだもん」


 私は言葉に詰まった。そして、情けなく笑った。


「そうか。ごめんね。構ってあげられなくて」

「ううん。いいよ。秋姉、大好きだから」


 ぎゅっと、私をさらに強く抱きしめてきた。


「ねえ、冬人。お願いがあるんだ」

「お願いって?」


 とぼけた顔で、私を見上げる冬人。ああ、ごめんね冬人。小学5年生に、私はなんてことをするのだろう。


「冬人の四年間。私に頂戴」





 文化祭当日。私たちは舞台袖で自分たちの番を待っていた。体育館は熱気で包まれている。舞台袖にいてもそれがビリビリと伝わってきた。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 夏木がそう言ってその場を離れた。私と春野の二人きりになる。


「秋音。緊張してる?」


 以前と同様に、春野が話しかけてきた。


「し、し、してるにきまっ……決まっているでしょうがっ!」


 ガクガクと全身を震わせる私。相変わらずだ。


「あはは。めっちゃ震えてるね。大丈夫だよ。本当に無理だったら、私が変わるし」

「うん、ありがとう。でも」


 私は顔を上げて、春野をじっと見つめて言う。


「私は大丈夫だから」


 私の言葉に、春野はとても驚いていた。


「ごめん春野。私もお手洗い」


 中学生の私はそう言って、舞台袖から降りた。そのまま体育館の出口から、体育館裏に向かう。


「ここなら大丈夫じゃない」


 中学生の私が言う。


「うん。そうだね」


 私はそう言って、透明マントを脱いだ。


 相対する、私と私。中学生の秋音と、高校生の秋音。


「本当に、諦めないといけないの?」

「うん。もうタイムボールは無いの。下手に歴史を改編して、想定外のことが起きてしまったら、どうしようもなくなっちゃう」


 中学生の私はとても、もどかしそうな顔をしていた。


「付き合えた、そんな運命もあったんだね」

「うん。その瞬間だけは、とても……とても幸せそうだった」

「そっか。でも、春野が死んじゃうんだよね」

「うん」

「じゃあ、仕方ないね」


 手を後ろに組んで、伏し目がちに言った。


「春野は、大切な人だもん」


 さあっと、秋風が通り抜ける。体育館の熱気も気にならない程に、静かだった。


「中学生の私に、言いたいことがあるんだ」

「言いたいこと?」


 じっと見つめてくる中学生の私。自分を見るって、不思議だ。鏡で見慣れていると思ったけど、全然違う。鏡よりもクリアに、しかしどこか他人。


「色んな運命を見てきた。酷い結果もあったけれど、それでもあなたは……」


 それでも、私は。


「ちゃんと、成長してたよ」


 中学生の私は、その言葉に目を丸くした。そして、ふふっと笑う。


「すごいな。自分を肯定しちゃうんだ。私、自分のこと、嫌いじゃ無かったっけ」


 中学生の私は自嘲気味に言う。


「うん。嫌いだったよ。春野よりも劣る自分が、嫌いだった」


 人見知りな私が嫌いだった。夏木に上手く言い寄れない自分が嫌いだった。春野に出来て私が出来ない。そんな自分も嫌いだった。春野よりも小物な性格で、夏木よりも下らない人間なのが、嫌いだった。


「でもね。夏木はそんな私を、好きだと言ってくれたよ」


 ずっと前から好きだと、言ってくれた。


「春野だってね。そんな私を大切にしてくれた」


 バンドを組んだのは、私の為だった。


「なら私も、自分自身を愛してあげなくちゃ、いけないでしょう?」


 私は笑う。花のように。


「うん。そうだね」


 中学生の私も、笑った。





「次の方。行ってください」


 舞台袖にいたスタッフが言った。


 夏木が私を見る。


「秋音。行けそうか」


 しかし中学生の私の足は、ガクガクと震えていた。


 見かねた私は、透明マントごしに中学生の私の手を握った。そして、耳打ちする。


「仕方ないな。私も一緒にいてあげる」

「本当?」

「うん」


 すると足の震えが治まった。


「よし、行くぞっ!」


 夏木の掛け声で、私たちは舞台に上がる。


 ベースギターを持って、マイクスタンドの前に立つ私たち。


 クラスメイトの何人かが、私を見てどよめいた。クラスメイトは私がどんな性格か分かっているから、当然だろう。


 握る手のひらに、汗がにじむ。中学生の私が、緊張しているのだ。


「ねえ。あなたはまだ、言われてないよね」


 私の言葉に、中学生の私が振り向いた。


「今まで良く頑張ったね」


 かつて春野が私に言った言葉を、私は掛けてやる。


「これからも、頑張れ」


 自分自身にエールを送るのは、気持ちの良いものだった。


「あなたも。春野なんかに負けないでね」

「えっ」


 中学生の私から、まさか応援を返されるとは思っても見なくて、つい聞き返してしまう。


 しかしそのまま彼女はマイクに手を置いた。


「青春よ」


 そっと呟いたその言葉。しかしマイクは確かにその言葉を拾って、体育館中に響かせた。


 すうっと、そして彼女は思い切り息を吸った。吸った音さえマイクが拾って、周囲に響かせる。



「回れぇぇぇええええええええ!」



 そして彼女は、これでもかと大声で叫んだ。大きすぎるその声は、許容量を大きく超えてハウリングする。


 ビリビリと、想いが振動となって伝わってくる。身体中が震える。そして心が、感情が、全てが溢れそうになる。


「あああああああああ!」


 私は叫ぶ。共鳴せずにはいられない。


 ずっと泣き叫びたかった。辛くて、悲しくて。嬉しいこともあった。幸せなこともあった。楽しいことだって。


 今の気持ちは何だろう。私はどんな感情なのだろう。分からない。脳が理解する前に、声に出してしまっているのだから。


 やがて叫び疲れた私たち。息を切らして、はあはあと肩を上下に揺らす。


 緊張なんて超越した。


「夏木ぃ!」


 呆然としていた夏木は、私の言葉で我に返る。


「じゃあ行こう! ワン、ツー、ワンツースリーフォーっ!」


 ドラムスティックで合図を掛ける夏木。


 そして、私たちのバンドが始まった。





 文化祭が終わった。中学生の私が持つ、未来の私に関する記憶は一応消しておいた。だって私もそうだったからだ。その後私は学校を出て、待ち合わせ場所に向かう。


 そこは事故が起こる予定の横断歩道。そこに冬人はいた。


「冬人」

「秋姉」


 私たちはお互いに呼び合って、手を繋ぐ。


「本当に、良いの?」


 今更ダメと言われても、もうやり直しは出来ないので困ってしまうのだが、それでも聞かずにはいられない。


「うん。良いよ。お姉ちゃんと夏木お兄ちゃんを、救う為だもん」

「でもこの後、冬人は四年間行方不明になるんだよ」

「でも、形だけだよね。僕は良いけど、秋姉たちはずっとそれで悩むんだよね。むしろその方が可哀想だなあ」

「まあ、そうかもね」


 私はそう言いながら、帰還用のタイムボールを取り出した。


 これから、この時代の冬人と一緒に、元の時代に帰る。このタイムボールなら、ぎゅっと抱き合っていれば恐らく、人も飛ばせるはずだ。


 透明マントは中学生の私のロッカーに置いてきた。人を一人飛ばすから、余計な荷物は置いていった方が良い。まあ、未来の私からのプレゼントだ。記憶は失っているけれど。


「じゃあ冬人。準備は良い?」


 そう言いながら、私も心の準備をする。大丈夫。辻褄は合う。こうすれば冬人は行方不明となる。冬人を庇って夏木が飛び出すことも、春野が飛び出すことも無い。


 人が一人いなくなるから、強引に事故が起こることも無いのだ。


 全て、私の記憶通りの歴史になる。


「うん。いつでも良いよ」


 冬人の返事。


「じゃあ、帰ろう」


 私はタイムボールを、グリッと回した。





「はっ!」


 私は起き上がる。


「夢、だったの?」


 朧気に私は言った。しかし、手に感触がする。その手の先には……。


 冬人がいた。


 夢では無かった。じゃあ私は、歴史を書き換えたのだ。だとすると、上手くいったのか……。夏木は。春野は。生きているのか。


「秋音……」


 部屋に響き渡る、聞き慣れた声。眼鏡を掛けていなかった私は、ぼんやりと部屋の入り口に誰かが立っていることに気がつく。


 バサッと、眼鏡を掛ける前にその人物は私に抱きついてきた。


「おかえり、秋音」


 眼鏡を掛けて、その姿を確認する。


 紛れもなく、夏木だった。


「夏木、良かった。春野は?」

「ああ、無事だよ」


 じわっと、涙がこみ上がってきた。


「良かった。本当に、良かったぁ」


 私はただ安堵しきって、そう言うしかない。


「そこのパソコンで、ずっと見ていたんだ。タイムリープしていたんだろう? 凄いよな、本当に」


 確かに、パソコンのディスプレイに私が見て聞いたものを表示するようにしていた。たまたま夏木が私の部屋に来て、それを見たのだろう。


「見て夏木。冬人だよ。冬人が帰ってきたの。正確には、私が連れてきたんだけどね」

「ああ、全て分かってる」


 夏木は私から離れようとしない。全く、困った人だなあ。


「秋音。言わなきゃいけないことがあるんだ。多分、あいつが言っていたことは、この時のことだと思うから」


 夏木は私から離れると、その大きな手を私の頭に乗せて、言った。


「秋音。よく頑張ったな」


 その言葉を聞いた瞬間、心が融解したような気がした。全てが報われたような、そんな気持ちになった。


「ああ、ああ……」


 言葉にならない声をあげて、私はポロポロと泣く。


「私、私……がんばったようっ!」


 泣き喚く私。


「ああ、よく頑張ったよ。ありがとう、秋音」


 その私をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれる夏木。


「夏木。大好き」



 拝啓、未来の私へ。


 何を頑張れば良いのか、ようやく思い出したよ。

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