秋音レゾナント・シャウト~ラブコメ青春パラドックス
近しい人の命が、一方的に刈り取られた。その瞬間はあまりにも恐ろしい。
「おかしい」
タイムボールを一つ消費して、私は再度タイムリープした。夕方。近所の公園。そこに設置してあるベンチに座らずに立ったまま、私はただ短く呟いた。
そう、おかしいのだ。
私は一切干渉していなかった。なのに、私の知らない出来事が少なくとも四つ起きている。
一つ目。私はボーカルとして舞台に立ったはずだ。そして歌いきって、無事に成功したはずだ。
二つ目。春野は私の知らないところで、ひっそりと夏木に告白したはずだ。あんな大々的な告白なんて、私が忘れる訳がない。
三つ目。夏木は亡くなっていない。でもあの後、夏木は病院には運ばれたものの、その時には既に亡くなっているのが認められた。
四つ目。冬人が行方不明になっていない。しかし夏木が亡くなった後も、冬人は私たちの前に現れていた。
「訳がわからない」
私はベンチに腰掛けて、頭を両手で押さえた。
歴史に干渉していないのに、歴史が変わった。
「わからない。わからないけど、でも……」
やるべきことが、ある。
夏木が死ぬ未来なんて、絶対に嫌だ。干渉しないでその未来になってしまうのなら。ならばとことん干渉してやるまで。
何もかも都合が良い未来に、変えてやる……!
*
「おーい、秋姉ぇー!」
薄暗い交差点付近に、冬人がいた。私たちに手を振っている。
「はい、ここで手を振り返して。ちょっと待ってて、て言うの」
「わかった」
私は透明マントで姿を隠しながら、中学生の私に助言する。すると中学生の私は指示通り、冬人に手を振り、先程教えた言葉をそのまま言った。
「それで?」
「ほらあっち見て。あそこで夏木と春野がイチャイチャし始めるから、それを阻止するの」
信号は赤。歩道橋には辛そうに階段を上がっているおばちゃんがいた。夏木がそのおばちゃんに駆け寄っているところだった。
「阻止って……どうして?」
「だって嫌でしょう。よくわからないけど、二人だけでイチャイチャするのは」
「うーん。言われてみると確かに」
「阻止って言ったけど。混ざってくるだけで良いの。別に三人でイチャイチャしたって、良いでしょう?」
「それもそうだね。了解っ」
中学生の私が指示通りに走った。
「持ちますよ」
「あら、良いのかい?」
「ええ、もちろん」
夏木がそんな感じでおばちゃんの手伝いを終えた。
「はい。夏木が戻ってきたら、すぐにこう言って。夏木、やっぱり優しいねって」
「ええ。ちょっと、恥ずかしいよ」
「良いから。きっと良い結果になるから」
「うぅ。わかったよ」
夏木が戻ってきた。
「夏木、その、やっぱり優しいね」
指示通り、私がすぐに言った。少し違うけど、まあ重畳だ。
「そうじゃないよ。ただ、どうも放って置けなくて」
あの時と同じセリフを、夏木は言った。それはつまり、人によって言葉を選んでいるのではなく、紛れも無い本心ということだろう。
私はそのまま耳打ちする。
「だからね。それはあなたが優しいからよ。はい、言って」
私が耳打ちすると、中学生の私はさらに顔を真っ赤にさせて言う。
「だ、だからねっ! そ、それは……あなたが、や、優しいから、よ……」
まあ、上出来だろう。
「そ、そうかな」
夏木があの時と同様、ちょっと紅くなっている。
「そうだよ。ほら、よしよしって言いながら頭を撫でて」
「ええ、そ、それは無理……」
「無理じゃない。いいから。ほら、早く」
もはやトマトのように、耳の先まで真っ赤にさせた私。
「そ、そうだよ。ほ、ほら」
蚊の鳴くような声で、中学の私は呟いた。そして、恐る恐る手を夏木の方へ伸ばしていく。
「よぉ、よぉし……よぉし…」
「……っ!」
夏木はそれまでと違って、思いっきり顔を紅くして、ただ黙ってされるがままとなっていた。
「おぉ。秋音、珍しく積極的だ……」
春野が関心したように言う。
いいぞいいぞ。これぞ青春。これぞ恋愛。
夏木の好感度がうなぎ上りだ。
*
「うーん。やっぱりテーブルが普段使っている机だと、味気ないよね」
クラスメイトの女子がそんなことを言った。特に男子の机なんて、汚くてとても客に見せられるものではなかった。
「じゃ、じゃあっ!」
クラスメイトの女子に、思い切って声を掛ける中学生の私。
よしよし。
「じゃあ……その、テーブルクロスをね……掛ければ良い、と思う。椅子も、その……オシャレな布でカバーを作って……」
「ああ! 良いねそれ。飛びっきりオシャレな布を買わなくっちゃ」
私の言葉でクラスメイトの女子は大喜びだった。
「へえ。秋音やるじゃん。張り切ってるなあ」
と言って夏木が声を掛けた。
「え、えへへ」
嬉しそうに、中学生の私は笑う。
そして一方で、そんな様子を見つめる春野。あの頃の私と同じ感情を、もしかしたら春野も抱いているのかも知れない。
やがて準備を切り上げて、私たちはバンドの練習に向かう。
「とりあえず今日は、秋音の人見知り対策に集中しよう」
「秋音。いざとなったら私が代わるから、気軽にね」
「は、は、春野はどうして、わ、私にボーカルを?」
「んー? だって秋音、歌うの好きでしょ? それに秋音がボーカルって、インパクトあるじゃない」
「俺も、ボーカルは秋音で良いと思うぞ。普段小声でボソボソ言ってるだけなんだから、たまには大声を出した方が良い。それに……」
と夏木は少し照れて言う。
「秋音は結構、良い声してると思う」
「夏木……」
中学生の私は、顔を真っ赤にさせて俯く。
自分自身が恋を自覚した瞬間。何度見ても、心がドキドキする。
「花火みたい」
うん。そうだね。
花火のように、今のあなたは美しいよ。
*
文化祭当日。私たちは舞台袖で自分たちの番を待っていた。体育館は熱気で包まれている。舞台袖にいてもそれがビリビリと伝わってきた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
夏木がそう言ってその場を離れた。私と春野の二人きりになる。
「秋音。緊張してる?」
春野はすぐに話しかけてきた。春野らしい。気まずいなんて言葉とは無縁の女だ。
「し、し、してるにきまっ……決まっているでしょうがっ!」
ガクガクと全身を震わせる私。
「あはは。めっちゃ震えてるね。大丈夫だよ。本当に無理だったら、私が変わるし」
これまで春野の邪魔をしてきた私にさえ、優しくしてくれる。邪魔というか、横取りみたいなもので、我ながら自分の小物感に悲しくなってくる。
「でも、秋音は頑張ったと思うよ」
「えっ」
その言葉には、私も驚いた。というかこんな会話、あっただろうか。まあ今回は干渉しまくっているから、イレギュラーな事態は多い。気にすることもないだろう。
「秋音ってさ。本当に人見知りじゃん。バンドを始めたら、何が何でもマシになると思ったんだけど」
「ええ!? じゃあ、バンドをしようって言ったのも、ボーカルを任せたのも、私の為だったの?」
「うん、まあ、そうだよ」
そこで初めて、春野は顔を紅くしたのだった。
「ごめんね。期待外れだったよね」
私がしおらしく言った。
「ううん。そんなことないよ。秋音は凄く一生懸命だった。最近では私や夏木以外の子とも、積極的に話しかけているし」
それは春野が本来得るはずだった夏木の好感度を、横取りする為にしてきたことだった。しかしまあ確かに、それでも中学生の私にはハードルが高かったと思う。だってそれは春野の言う通り、他の人に話しかけなくちゃできないことだから。
「頑張ったね。よく頑張ったよ。秋音」
そして春野は、私の頭をよしよしと撫でた。
「春野……」
春野に優しくされた私は、気が緩んだのかも知れない。目にうっすら涙を浮かべて、そっと春野に寄り掛かかる。
「疲れたよ、春野……」
心地良さそうに、春野の身体に身を委ねる私。
「はいはい。よしよし。よく頑張ったね。よく頑張った」
そしていつの間にか、中学生の私の体の震えが治まっていた。
「震えが、治った」
「良かったね。秋音」
「うんっ!」
中学の私の顔つきが変わっていた。今のこの子なら、きっとできる。
夏木と付き合うことが、出来るはずだ。
*
ドラムの余韻。エレキギターの音が体育館中に響く。私たちのバンド演奏が終わった。
歓声。そして拍手喝采。後は退場するだけ。
「告白するなら、今よ」
「ええっ!?」
マイクスタンドの前に立つ私に、そっと耳打ちした。
「あなたは成長した。そうでしょ」
「う、うん……」
「ほら、叫んで。あなたの最愛の人の名を。ほらっ!」
中学生の私は、思い切り息を吸う。覚悟を決めたのだ。大丈夫。きっと上手く行く。
「夏木ぃー!」
熱狂に包まれていた体育館内が、一気に静寂に包まれた。
「伝えたいことがあるの」
秋音はマイクを持って、夏木に向く。
「夏木、その……」
もどかしい静寂。その緊張感に、私は俯いてしまう。しかしそれでも、意を決して私は夏木に向いた。
「大好きっ!」
その言葉は、体育館中を駆け巡った。
夏木は呆気にとられて、ただ私を見つめている。
「子供の頃からずっと、ずっと、あなたのことが大好きでした!」
目に涙を浮かべて。
「でもこの気持ちに気付いたのは最近で。だから、伝えるのがこんなにも遅くなっちゃったけれど」
我武者羅に、私は言う。
「花火のようなこの気持ちを、どうか受け取って下さい!」
マントに隠れている私は、その光景を見て胸を押さえた。
花火が、打ち上がっている。
何度も、何度も。
もう、どうしたら良いんだろう。
いてもたっても、いられない。
「秋音……」
夏木はドラムから立ち上がって、私にゆっくり近づいていく。
「秋音。顔を上げて」
言われた通り、私は顔を上げる。
ああ、なんて情けない顔を。涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃだ。
「秋音、俺も好きだよ」
その言葉を聞いた中学生の私も、マントで隠れている私も、その場で泣き崩れた。
「お前な。最近少し、頑張りすぎなんだよ」
私だけに聞こえる声で、夏木は言う。
「そんなに頑張らなくたって、ずっと前から好きだったんだぞ」
「夏木……」
私は夏木に抱きついた。夏木はそんな私を、優しく抱き返してくれる。
そんな光景に、体育館中に歓声と拍手が響き渡った。
やったよ。ついに成し遂げた。
夏木と、恋人になれた。
*
放課後の帰り道。満足げな二人と、複雑そうな表情をしている一人が並んで帰っていた。複雑そうな表情をしているのは、春野。彼女だって、夏木のことが好きだった。私と夏木のカップリングを、素直に喜べないのだろう。
「おめでとう、二人とも」
しかし春野はそれでも、健気に笑顔を浮かべて祝してくれた。
「春野。ありがとう。私がボーカルをやり遂げられたのは、春野のおかげだよ」
もうすっかり春野に慣れたらしい私は、自然に感謝の気持ちを言った。もう春野に対して吃ることはないらしい。
だが、まだ気は抜けない。
まだ回避しないといけない、運命がある。
私はそっと、中学生の私に耳打ちした。
私はコクリと頷くと、行動に移した。
「夏木、あれ見て」
少し先に、歩道橋で辛そうにしているおばさんがいた。
「ああ、ちょっと行ってくる」
夏木は駆け足でそのおばさんの元へ行った。これで前回のことが起きても、夏木が現場に走ったところで間に合わない。
「おーい、冬人ぉー!」
中学生の私がいち早く冬人に、手を振った。
「おーい、秋姉ぇー!」
それに気がついた冬人が、私に手を振り返す。
「冬人ぉー! 今そっちに行くから、待っててぇー!」
私がそう言った直後、信号無視する予定のトラックがやってきた。
よし。これなら、避けられる。最悪の事態は起こらない!
夏木は死なない。
しかしトラックの様子がおかしかった。ぐらんぐらんと、おぼつかないハンドル操作で車体が揺れている。
そしてトラックは信号無視どころか、横断歩道にて待機している冬人に目掛けて、進む方向を変えた。
「冬人っ! 危ないっ!」
そう叫んで飛び出したのは、春野だった。
無理だ。間に合わない。
しかし春野はそれでも、冬人に飛びかかった。そして、トラックが……。
ドォオオオンッ!
人が何かがぶつかったような、そんな凄まじく重い音を響かせて、やがてトラックは止まった。
「春野っ! 冬人っ!」
顔面蒼白の私と夏木が駆け寄る。冬人は気を失っているものの、怪我はなさそうだ。
「春野……嘘だろ……」
膝を折って両手を地面につけた夏木に、私は恐る恐る近寄った。
そこには、およそ生きているとは思えないほど無残な姿の、春野が横たわっていた。
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