秋音レゾナント・シャウト~ラブコメ青春パラドックス

 近しい人の命が、一方的に刈り取られた。その瞬間はあまりにも恐ろしい。


「おかしい」


 タイムボールを一つ消費して、私は再度タイムリープした。夕方。近所の公園。そこに設置してあるベンチに座らずに立ったまま、私はただ短く呟いた。


 そう、おかしいのだ。


 私は一切干渉していなかった。なのに、私の知らない出来事が少なくとも四つ起きている。


 一つ目。私はボーカルとして舞台に立ったはずだ。そして歌いきって、無事に成功したはずだ。


 二つ目。春野は私の知らないところで、ひっそりと夏木に告白したはずだ。あんな大々的な告白なんて、私が忘れる訳がない。


 三つ目。夏木は亡くなっていない。でもあの後、夏木は病院には運ばれたものの、その時には既に亡くなっているのが認められた。


 四つ目。冬人が行方不明になっていない。しかし夏木が亡くなった後も、冬人は私たちの前に現れていた。


「訳がわからない」


 私はベンチに腰掛けて、頭を両手で押さえた。


 歴史に干渉していないのに、歴史が変わった。


「わからない。わからないけど、でも……」


 やるべきことが、ある。


 夏木が死ぬ未来なんて、絶対に嫌だ。干渉しないでその未来になってしまうのなら。ならばとことん干渉してやるまで。


 何もかも都合が良い未来に、変えてやる……!





「おーい、秋姉ぇー!」


 薄暗い交差点付近に、冬人がいた。私たちに手を振っている。


「はい、ここで手を振り返して。ちょっと待ってて、て言うの」

「わかった」


 私は透明マントで姿を隠しながら、中学生の私に助言する。すると中学生の私は指示通り、冬人に手を振り、先程教えた言葉をそのまま言った。


「それで?」

「ほらあっち見て。あそこで夏木と春野がイチャイチャし始めるから、それを阻止するの」


 信号は赤。歩道橋には辛そうに階段を上がっているおばちゃんがいた。夏木がそのおばちゃんに駆け寄っているところだった。


「阻止って……どうして?」

「だって嫌でしょう。よくわからないけど、二人だけでイチャイチャするのは」

「うーん。言われてみると確かに」

「阻止って言ったけど。混ざってくるだけで良いの。別に三人でイチャイチャしたって、良いでしょう?」

「それもそうだね。了解っ」


 中学生の私が指示通りに走った。


「持ちますよ」

「あら、良いのかい?」

「ええ、もちろん」


 夏木がそんな感じでおばちゃんの手伝いを終えた。


「はい。夏木が戻ってきたら、すぐにこう言って。夏木、やっぱり優しいねって」

「ええ。ちょっと、恥ずかしいよ」

「良いから。きっと良い結果になるから」

「うぅ。わかったよ」


 夏木が戻ってきた。


「夏木、その、やっぱり優しいね」


 指示通り、私がすぐに言った。少し違うけど、まあ重畳だ。


「そうじゃないよ。ただ、どうも放って置けなくて」


 あの時と同じセリフを、夏木は言った。それはつまり、人によって言葉を選んでいるのではなく、紛れも無い本心ということだろう。


 私はそのまま耳打ちする。


「だからね。それはあなたが優しいからよ。はい、言って」


 私が耳打ちすると、中学生の私はさらに顔を真っ赤にさせて言う。


「だ、だからねっ! そ、それは……あなたが、や、優しいから、よ……」


 まあ、上出来だろう。


「そ、そうかな」


 夏木があの時と同様、ちょっと紅くなっている。


「そうだよ。ほら、よしよしって言いながら頭を撫でて」

「ええ、そ、それは無理……」

「無理じゃない。いいから。ほら、早く」


 もはやトマトのように、耳の先まで真っ赤にさせた私。


「そ、そうだよ。ほ、ほら」


 蚊の鳴くような声で、中学の私は呟いた。そして、恐る恐る手を夏木の方へ伸ばしていく。


「よぉ、よぉし……よぉし…」

「……っ!」


 夏木はそれまでと違って、思いっきり顔を紅くして、ただ黙ってされるがままとなっていた。


「おぉ。秋音、珍しく積極的だ……」


 春野が関心したように言う。


 いいぞいいぞ。これぞ青春。これぞ恋愛。


 夏木の好感度がうなぎ上りだ。





「うーん。やっぱりテーブルが普段使っている机だと、味気ないよね」


 クラスメイトの女子がそんなことを言った。特に男子の机なんて、汚くてとても客に見せられるものではなかった。


「じゃ、じゃあっ!」


 クラスメイトの女子に、思い切って声を掛ける中学生の私。


 よしよし。


「じゃあ……その、テーブルクロスをね……掛ければ良い、と思う。椅子も、その……オシャレな布でカバーを作って……」

「ああ! 良いねそれ。飛びっきりオシャレな布を買わなくっちゃ」


 私の言葉でクラスメイトの女子は大喜びだった。


「へえ。秋音やるじゃん。張り切ってるなあ」


 と言って夏木が声を掛けた。


「え、えへへ」


 嬉しそうに、中学生の私は笑う。


 そして一方で、そんな様子を見つめる春野。あの頃の私と同じ感情を、もしかしたら春野も抱いているのかも知れない。


 やがて準備を切り上げて、私たちはバンドの練習に向かう。


「とりあえず今日は、秋音の人見知り対策に集中しよう」

「秋音。いざとなったら私が代わるから、気軽にね」

「は、は、春野はどうして、わ、私にボーカルを?」

「んー? だって秋音、歌うの好きでしょ? それに秋音がボーカルって、インパクトあるじゃない」

「俺も、ボーカルは秋音で良いと思うぞ。普段小声でボソボソ言ってるだけなんだから、たまには大声を出した方が良い。それに……」


 と夏木は少し照れて言う。


「秋音は結構、良い声してると思う」

「夏木……」


 中学生の私は、顔を真っ赤にさせて俯く。


 自分自身が恋を自覚した瞬間。何度見ても、心がドキドキする。


「花火みたい」


 うん。そうだね。


 花火のように、今のあなたは美しいよ。





 文化祭当日。私たちは舞台袖で自分たちの番を待っていた。体育館は熱気で包まれている。舞台袖にいてもそれがビリビリと伝わってきた。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 夏木がそう言ってその場を離れた。私と春野の二人きりになる。


「秋音。緊張してる?」


 春野はすぐに話しかけてきた。春野らしい。気まずいなんて言葉とは無縁の女だ。


「し、し、してるにきまっ……決まっているでしょうがっ!」


 ガクガクと全身を震わせる私。


「あはは。めっちゃ震えてるね。大丈夫だよ。本当に無理だったら、私が変わるし」


 これまで春野の邪魔をしてきた私にさえ、優しくしてくれる。邪魔というか、横取りみたいなもので、我ながら自分の小物感に悲しくなってくる。


「でも、秋音は頑張ったと思うよ」

「えっ」


 その言葉には、私も驚いた。というかこんな会話、あっただろうか。まあ今回は干渉しまくっているから、イレギュラーな事態は多い。気にすることもないだろう。


「秋音ってさ。本当に人見知りじゃん。バンドを始めたら、何が何でもマシになると思ったんだけど」

「ええ!? じゃあ、バンドをしようって言ったのも、ボーカルを任せたのも、私の為だったの?」

「うん、まあ、そうだよ」


 そこで初めて、春野は顔を紅くしたのだった。


「ごめんね。期待外れだったよね」


 私がしおらしく言った。


「ううん。そんなことないよ。秋音は凄く一生懸命だった。最近では私や夏木以外の子とも、積極的に話しかけているし」


 それは春野が本来得るはずだった夏木の好感度を、横取りする為にしてきたことだった。しかしまあ確かに、それでも中学生の私にはハードルが高かったと思う。だってそれは春野の言う通り、他の人に話しかけなくちゃできないことだから。


「頑張ったね。よく頑張ったよ。秋音」


 そして春野は、私の頭をよしよしと撫でた。


「春野……」


 春野に優しくされた私は、気が緩んだのかも知れない。目にうっすら涙を浮かべて、そっと春野に寄り掛かかる。


「疲れたよ、春野……」


 心地良さそうに、春野の身体に身を委ねる私。


「はいはい。よしよし。よく頑張ったね。よく頑張った」


 そしていつの間にか、中学生の私の体の震えが治まっていた。


「震えが、治った」

「良かったね。秋音」

「うんっ!」


 中学の私の顔つきが変わっていた。今のこの子なら、きっとできる。


 夏木と付き合うことが、出来るはずだ。





 ドラムの余韻。エレキギターの音が体育館中に響く。私たちのバンド演奏が終わった。


 歓声。そして拍手喝采。後は退場するだけ。


「告白するなら、今よ」

「ええっ!?」


 マイクスタンドの前に立つ私に、そっと耳打ちした。


「あなたは成長した。そうでしょ」

「う、うん……」

「ほら、叫んで。あなたの最愛の人の名を。ほらっ!」


 中学生の私は、思い切り息を吸う。覚悟を決めたのだ。大丈夫。きっと上手く行く。


「夏木ぃー!」


 熱狂に包まれていた体育館内が、一気に静寂に包まれた。


「伝えたいことがあるの」


 秋音はマイクを持って、夏木に向く。


「夏木、その……」


 もどかしい静寂。その緊張感に、私は俯いてしまう。しかしそれでも、意を決して私は夏木に向いた。


「大好きっ!」


 その言葉は、体育館中を駆け巡った。


 夏木は呆気にとられて、ただ私を見つめている。


「子供の頃からずっと、ずっと、あなたのことが大好きでした!」


 目に涙を浮かべて。


「でもこの気持ちに気付いたのは最近で。だから、伝えるのがこんなにも遅くなっちゃったけれど」


 我武者羅に、私は言う。


「花火のようなこの気持ちを、どうか受け取って下さい!」


 マントに隠れている私は、その光景を見て胸を押さえた。


 花火が、打ち上がっている。


 何度も、何度も。


 もう、どうしたら良いんだろう。


 いてもたっても、いられない。


「秋音……」


 夏木はドラムから立ち上がって、私にゆっくり近づいていく。


「秋音。顔を上げて」


 言われた通り、私は顔を上げる。


 ああ、なんて情けない顔を。涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃだ。


「秋音、俺も好きだよ」


 その言葉を聞いた中学生の私も、マントで隠れている私も、その場で泣き崩れた。


「お前な。最近少し、頑張りすぎなんだよ」


 私だけに聞こえる声で、夏木は言う。


「そんなに頑張らなくたって、ずっと前から好きだったんだぞ」

「夏木……」


 私は夏木に抱きついた。夏木はそんな私を、優しく抱き返してくれる。


 そんな光景に、体育館中に歓声と拍手が響き渡った。


 やったよ。ついに成し遂げた。


 夏木と、恋人になれた。





 放課後の帰り道。満足げな二人と、複雑そうな表情をしている一人が並んで帰っていた。複雑そうな表情をしているのは、春野。彼女だって、夏木のことが好きだった。私と夏木のカップリングを、素直に喜べないのだろう。


「おめでとう、二人とも」


 しかし春野はそれでも、健気に笑顔を浮かべて祝してくれた。


「春野。ありがとう。私がボーカルをやり遂げられたのは、春野のおかげだよ」


 もうすっかり春野に慣れたらしい私は、自然に感謝の気持ちを言った。もう春野に対して吃ることはないらしい。


 だが、まだ気は抜けない。


 まだ回避しないといけない、運命がある。


 私はそっと、中学生の私に耳打ちした。


 私はコクリと頷くと、行動に移した。


「夏木、あれ見て」


 少し先に、歩道橋で辛そうにしているおばさんがいた。


「ああ、ちょっと行ってくる」


 夏木は駆け足でそのおばさんの元へ行った。これで前回のことが起きても、夏木が現場に走ったところで間に合わない。


「おーい、冬人ぉー!」


 中学生の私がいち早く冬人に、手を振った。


「おーい、秋姉ぇー!」


 それに気がついた冬人が、私に手を振り返す。


「冬人ぉー! 今そっちに行くから、待っててぇー!」


 私がそう言った直後、信号無視する予定のトラックがやってきた。


 よし。これなら、避けられる。最悪の事態は起こらない!


 夏木は死なない。


 しかしトラックの様子がおかしかった。ぐらんぐらんと、おぼつかないハンドル操作で車体が揺れている。


 そしてトラックは信号無視どころか、横断歩道にて待機している冬人に目掛けて、進む方向を変えた。


「冬人っ! 危ないっ!」


 そう叫んで飛び出したのは、春野だった。


 無理だ。間に合わない。


 しかし春野はそれでも、冬人に飛びかかった。そして、トラックが……。



 ドォオオオンッ!



 人が何かがぶつかったような、そんな凄まじく重い音を響かせて、やがてトラックは止まった。


「春野っ! 冬人っ!」


 顔面蒼白の私と夏木が駆け寄る。冬人は気を失っているものの、怪我はなさそうだ。


「春野……嘘だろ……」


 膝を折って両手を地面につけた夏木に、私は恐る恐る近寄った。


 そこには、およそ生きているとは思えないほど無残な姿の、春野が横たわっていた。

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