第3話 少しの興味と

 同僚のエクヴァルがこのエグドアルム王国に一時帰国していた時に会った、大通りから外れたところにあるオシャレなバー。

 私はそのお店が気に入って、一人でたまにカウンターに座っている。

 雰囲気がいいし、料理は一品の量が少なめで味がいいから頼みやすい。それにお酒も種類が豊富で、バーテンダーに話しかけても愛想がいいわ。


「チクショウ!!! あの野郎!!」

 せっかく気持ちよく飲んでるのに、騒いでいるバカがいる。

 二人掛けのテーブルに一人で座り、ドンと勢いよくグラスをテーブルに置く。割れちゃうわよ!

 男は青い髪で背が高くて、太ってもないけど細くもないくらいな体型ね。どこかで見たような……


 エクヴァルの家の次男、カレヴァ・タイスト・カールスロア。カールスロア侯爵家の跡取りね。

 長男は伯爵家の娘と大恋愛の末、結婚して婿入りしたの。二人姉妹の長女だったので、両親を説得して迷わず申し出たそうよ。


 聞いた話だとこの次男、今まで従順だった弟のエクヴァルにしてやられたみたいね。

 ちょっと興味が湧いた。両親の愛を独り占めした人間が、どう思っているのか。このバカ男は、両親に溺愛されて甘やかされていた。その結果がコレ。残念ね。


「どうしたの? 荒れてるわね」

 グラスを片手に、空いている彼の向かいの席に座った。カレヴァはほんのりと顔が赤くなっている。

「……なんでもねえよ」

 弟に負けた、とは言いたくないのね。乱暴者でろくに礼儀も知らない、プライドしかない男と聞いているわ。


「私はアナベル。フラれたばかりで、私も荒れたい気分なの。一緒に飲んでもいいかしら?」

「……もう座ってるだろーが」

 つまみでも注文しようかと思って店員を見ると、心配そうにこちらを見ている。

 大丈夫よ。私に何かしたら殿下の側近に無体を働いたと、彼は罰せられるから。


 トマトとアボガドのサラダと、お刺身の盛り合わせを頼んだ。海に近いこのエグドアルムでは、生の魚も人気なの。

 男は黙って私を眺めている。


「貴方も何か頼みたい?」

「……おかしな女だな。お前、荒れてる男になんて簡単に近づくなよ。怪我しても知らねえぞ」

 意外と心配してくれるのかしら?

「そんなに危険な人には見えなかったの」

 彼は黙って、グラスを眺めていた。先ほどまで大騒ぎしていたのに、どうしたのかしら。毒気を抜かれたの?

 料理を口に運び、お酒も追加。テーブルの真ん中に置いたら、彼も黙って少しずつ食べている。


 そのまま沈黙だけが続いていた。

 口火を切ったのは彼の方。


「俺は両親にすごく愛されてた。それは解る。だが、アイツは……、他の皆に好かれるんだ。俺は、どうしたら他の奴に好かれるかなんて、わかんねえ……」

 フォークで野菜を転がして、自分に話すように小さく呟く。

「女は強い男が好きなんだろ? だからアイツより強い所を見せたけど、乱暴だって怯えられっし……。婚約者も俺を嫌って解消してくれと、泣きながら両親に訴えたらしい」

 その話は知っているわ。大人しい娘だったから、彼がよほど恐ろしかったみたいね。そして婚約は解消されたの。


「強い男は好きだけど、自分を守ってくれそうな男がいいのよ。自分より強い相手が、自分に害を与えるかも知れないと思うと、怖いじゃない」

「……怖い、か……」

 人の話なんて聞かないと耳にしてたけど、わりと素直に聞いてるわ。酔っているからなのかしら?


「弱音なんて、誰にも言った事なかった。お前……、アナベルって言ったな。いい女だな」

「な、なによ急に」

 突然真面目な瞳で真っ直ぐに見つめてくるから、ドキンと胸が鳴った。

 なんでかしら……? エクヴァルの敵を探ってやろうと思っただけなのに。

 両親に愛されなかった私たちにとって、その愛を奪った存在なんて煩わしいだけのはずなのに。


「俺はカレヴァ」

 私の手に、大きな掌が重ねられた。

 唇に熱い息がかかる。

 私は瞳を閉じた。


 何度も軽くキスしてから、ゆっくりとまつ毛を震わせる。

「このあと、いいか?」

 返事のかわりに、鼻の頭に口付けた。

「……なんで鼻なんだよ」

「気分よ」

 口が良かったみたい。私が笑うと、彼は顏を綻ばせた。



「や、ちょっと……! 痛いわ、もっと加減して!」

「痛いくらいがいいんじゃねえの?」

「良くないわよ!!」

 乱暴な愛撫に抗議をすると、なんでというような表情を向けてくる。

 そして胸に顔を埋め、乳房を柔らかく揉み始めた。

「……ん、あ……」

 ぺろりと胸の頂を舐める。

「は、ん……!」

「可愛いな」

 私の反応に気を良くしたカレヴァが、執拗に胸を弄り続けた。息が甘くなるのを隠せない。

 胸の飾りを吸って、舌で転がし、軽く歯を立てる。


「……ぁ、ねえ、下も触って……」

 じれったさに身を捩って誘うと、男はニヤリと笑って手を腿の内側へと滑らせた。

 肌を通り過ぎる感覚だけでも、ビクリと体が震える。

「敏感なんだな」

「やん、もう…っ」

 秘所は濡れていて、男の指が愛液を塗り込むように摩っている。

「そんなに感じた? すっげえ濡れてる」

「いちいち言わないで……!」

 

 なんでこんなに反応してしまうのか解らない。まだ時折乱暴だし、そこまで上手って程でもない。なのに、ひたむきに私の快感を引き出そうとする行為は、なぜか嬉しいものだった。

 

「お前、本当にイイ女だよな。……早く挿れてえ。」

「まだ、もっと慣らしてからよ……」

 興奮する男の呼吸が、肌に熱い。

 そんなに私が欲しいのだろうか。




「……また会えるか?」

「そうね、……あのお店にはたまに行ってるわ」

「会えるまで待つ」

 ……そう言えばこの男、親衛隊の審査に落ちて、軍でも上手くいかなかったみたいね。侯爵家の跡取りになれたからいいものを……。領地の運営でも覚えてきなさいよ。


「仕事しなさい」

「……キッツい女だな」

「貴方に好かれなくても、いいもの」

 カレヴァはベッドの上で笑っている。

 なんだか気が楽。おかしいわ、嫌いなタイプだと思っていたのに。


 ドアを閉めた向こうから、まだ彼がこちらを見ている気がする。 

 また会えるか、ですって。


 そうね、もう一度くらい、会ってもいいわ。

 ほんの少し、興味があるから。

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