へびのあんない
尻から背中にかけて、同時に強烈な痛みが走る。
顔を顰めながら目を開ければ、そこには天井があり、ノジーが三人、片手でぶら下がっていた。
彼らに引き抜かれたことで、ユハたちは地面をすり抜け、地下道に落ちたのだ。
からくりがわかれば不思議はないが、知らない者から見たらまさにあやしの術である。
外にいた時よりも暗いのは、ここが日の入らない地下だからだ。ぼんやりと広がる明かりは松明だ。ノジーの一人が腕を目いっぱいに伸ばし、嫌そうに顔を背けながら懸命に持っている。
「ローラムは! あ、様は!」
慌てて飛び起きれば、ローラムは
「あ、先輩、ごめんなさい。手が足りなくて。受け身くらい取れると思ったんです」
「悪いね、ユハ。玖那は僕が借りちゃった。おかげで助かったよ」
「いや、怪我がないなら俺はそれで」
「そうですよ、先輩は意外と丈夫ですから。あ、親分、俺木こりケーキってやつが食べてみたいんですけど。美味しいらしいですよね。木こりが練り込まれているとかいないとか? こういうやつ」
玖那が両手の指の先を合わせて円を作って見せる。
「それってきっと切り株の形をしたお菓子だね。そんなにおぞましい食べ物じゃなくて」
「木こり入りじゃなくても食べてみたいです、親分。
「まあ機会があったらね、覚えておく」
無邪気に玖那が喜び、ローラムに忘れないようにと念を押す。
ユハは二人の間に割り込むと、ローラムに不満をぶちまけた。冷静になって考えると、玖那たちはこのことを知っていたのだと思い至る。おそらくは別れる直前にこそこそ話し合っていたときだ。
「こんなことするなら教えておいてくれたってよかったじゃないですか! 玖那には言って俺には黙っているとか!」
「言ったらめんど……反対されるかなって思って」
「めんどくさいってなんですか! 俺だって受け止められます!」
「あ、そこ?」
「いや、反対だってしますけど。そりゃそうでしょう、エルトンってやつの命だけ助ければここにいる必要ないんですから。さっさと助けて深幽境に行きましょう。いつまでもここにいることはないですよ」
「そう言うと思ったから玖那とカシーに頼んだんだよ。命だけ助けてもその後が辛いだけの日々なんて、ちっともいいものじゃないじゃない。そんなんじゃだめなんだ」
どうにも気になって、心配になって何もできなくなってしまう、とローラムは言う。
わざわざ悪ぶってまでシャノンと一幕を演じたのはそういうことなのだ。自分が悪くなればエルトンから目が逸れる。ローラムに罪があれば、エルトンは冤罪を主張できる。
ローラムは松明をノジーから受け取り、天井にぶら下がるノジーたちに目を向けた。ローラムに礼を言われたノジーたちは壁を伝って降りると再び地面に潜って行く。土の中にいるほうがノジーたちにとって一番自然なことだと知っているのか、ローラムはただ見送っている。
ノジーと触れ合う姿は、アイレンそっくりだ。
アイレンとユハはそこまで長い付き合いでもない。今でこそ共犯めいた関係になってはいるが、ローラムの母だったから顔を突き合わせていただけに過ぎず、ユハとローラムが遊んでいる姿を微笑ましそうに眺めている姿が思い出のほとんどを占めている。
シャノンを下ろし、カシーがローラムに声をかけた。
「ここへくる途中、サヴィアンが運び込んだ棺があったから中も見てきたが、中には誰もいなかった。見張りっぽいのがいて騒がれたから詰め込んできたんだが、やつらも中に誰もいないと知っていたらしい。顔の潰れた女と、貴族の男が一人入っていたが、それぞれ棺から出されて連れて行かれたという話だ。それと、棺の中に金の髪が落ちていたのも見つけた」
「ミザリーのものでしょうね。私の代わりにされてしまった……彼女にはしばらくの間遠くへ旅行にでも行くように言ってあったので、てっきり旅行を楽しんでいるとばかり」
シャノンの代わりに殺されてしまったミザリーは、シャノンと似た容姿のメイドだったらしい。シャノンとエルトンの関係を知る人物でもあり、最初は彼女が婚約式でシャノンの替え玉として出席する予定であったのが、シャノンがその危険性を考慮して暇を出していた。その際にすでにサヴィアンに捕まってしまっていたのだろう。
地下聖堂と歌劇場は、共に町の北西部に位置している。距離もそこまで離れているわけではない。シャノンの代わりに死体となったミザリーを棺に入れて地下聖堂へ運び込めれば、そこから繋がる隠し通路を通って歌劇場へと人目につかないように連れて行くのは容易いことだ。急に場所を移動した彼女の不自然さを指摘されたときには、エルトンを思いこっそり歌劇場にやってきていたとでも言えばいい。そこで運悪く、と。
一方貴族の男は、姿を確認してはいないがエルトンでほぼ間違いないだろうとカシーは言った。元々囚われていた牢から連れ出されていることはシャノンがメイドとして潜伏している間に確認しているし、歌劇場に捕らえてあるとサヴィアンも宣言している。
「サヴィアンは裏社会の組織と繋がりがあります。確かサルトリという組織だったかと。恐らくエルトン様を連れ出したのはその組織の者でしょう。私よりもサヴィアンを領主に据えたほうが彼らにはうま味がありますから、私を排除するには効果的だと考えたのだと思います。私たちは表向きは婚約者同士ですから、人質にとでも考えたのでしょうね」
エルトンを引き渡す代わりに領主を継ぐ権利を放棄しろ、とシャノンに取引を持ち掛けることでサヴィアンを領主へと押し上げられる。あとはつじつまが合うように両者で口裏を合わせればいいだけだ。
そんな取引をするのに、町民の目の届かない地下の隠し通路は打ってつけである。棺から出されたエルトンがどこへ連れて行かれたにせよ、外へ出たとは考えにくい。
地下聖堂へと続く通路上にはそれらしい者たちはいなかったとカシーと玖那が言う。
歌劇場は今のところ巨体の鬼によって封鎖されており町民は入れないが、隠し通路の存在を知っている者なら内部に入り込むことは可能である。だが歌劇場の内部へ入れなくとも、外部から窓を通じて覗き込める場所がいくつかあり、サルトリと通じていることを知られたくはないサヴィアンが歌劇場を交渉の場に選ぶ可能性は低い。
一先ず地下聖堂と歌劇場とを繋ぐ主線に出ようとぞろ歩く。一行がいた場所は地下聖堂と歌劇場を最短で結んでいる通路ではなく、回り込むように歌劇場の裏へと繋がっている通路だった。ユハが松明と先頭を引き受け、最後尾はカシーとなった。玖那は背にした者を守るという特性から先頭付近をうろついている。
やがて通路が交差している場所へ来た。主線の横っ腹に無理やり穴を開け管を接合したような交わりかたをしている。明かりを後方へとやり、ユハは息を止めて顔を出した。左を見、右を見て、ぎょっとした。
暗闇に光る剥き出しの眼球と、目が合う。
「ひぃっ」
止めていた息が乱れ、慌てて顔を引っ込める。背後にいたローラムにぶつかり、彼が短く「痛い」と呟いたのを手で口を押さえて続く言葉を押し留める。
驚いた。
静かなので、誰もいないと思っていた。
闇の中、ぬぅ、と動く気配がある。
玖那がユハから松明を奪って前方へ突き出した。
明かりに照らされ、正体を露わにしたのは蛇だった。細長い蛇の鱗に明かりが反射し、体表がぬめぬめと光って見える。目蓋のない目が一直線にユハを見て、にやりと笑った気がした。
ぞくり、と悪寒が走る。
ユハは両腕を広げローラムを背に庇った。あの視界に入れさせてはならないと直感が告げている。しかし蛇は目ざとくローラムを見つけ、素早く彼に這い寄った。ユハは踏みつけようとしたが、くねくねと体を動かす蛇はするりと逃れ、ローラムの足に絡みついた。両足を締め付けられたローラムが倒れる。
「ローラム!」
カシーがシャノンを押し退け最後尾から飛び出し、ローラムに噛みつこうと鎌首をもたげた蛇目がけて槍を突き出す。カシーの攻撃を避けた蛇は威嚇の声を上げ、ローラムに巻き付いたままカシーに牙を剥ける。
その蛇の頭を、玖那が背後から鷲掴んだ。ミシリ、と蛇の頭部が嫌な音を立てる。蛇はなおも口を大きく開け、牙を突き立てようとする。
「親分を殺すなら、俺が木こりケーキを食べた後にしてくださいよ」
玖那が両手で口を閉じさせようと奮闘する間に、ローラムが玖那の道具袋に手を伸ばし、ワイヤーを抜き取った。
「カシー、これで縛れ!」
ローラムが投げたワイヤーを受け取ったカシーが蛇の頭部に素早く巻き付けていく。玖那と二人掛かりでがっちりと口元を縛り付けられた蛇は頭から萎れるように地に伏せ、ローラムの足からも離れていった。
「ふう……ワイヤーなんて便利なものよく持ってたね、玖那」
「あれ、仕事で使うんです。俺、本業は紙花っていう紙で出来た花を売っているんですけど、ワイヤーはその軸になるんですよ。今ではほとんど再加工して使っているので一からワイヤーを使って作ることはないんですけど、時々新品が欲しいって注文があるんです」
「へえ。今度見せて貰おうかな」
意気消沈した蛇はのろのろと通路の交差するところまで行き、一行を振り返った。
「まだやるか!」
カシーが両手でピンとワイヤーを張る。蛇は頭を低くし、通路の向こうを見、再び振り返る。それ以上離れて行こうとしない。
「待って、カシー。ついて来いって言っているみたいだ」
ローラムがカシーを制し、蛇に近付いて行く。
「待ってください、先頭はやめてください。俺が。いや、玖那が」
ユハはローラムの前に立ち塞がるように進み出た。玖那が松明を拾い上げ、二人を通り越して先頭へ行く。
「先輩、蛇怖いんですもんね」
「怖いんじゃなくて天敵! 嫌いなだけだ」
「はいはい、そうですねえ。じゃあ俺が先頭行きますよ。みんなしっかりついてきてくださいねー」
その言いかたがまるで幼児を先導する保護者のようでユハはかちんと頭にきたが、文句も言わずついていくローラムに置いて行かれてはたまらない。
ユハは慌てて玖那とローラムの間に割り込んだ。
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