第8話 聖紋


あれから1週間。

魔術師団の寮のカイルの部屋から、外にカイルが借りてくれた家に移った。


暦も時間も元の世界とほとんど同じで、魔術仕掛けの時計もあって。ある程度慣れてしまえばほとんど違和感なく過ごせるようになってきた



女は閉じ込められるのかと思ったけれども、夫と一緒にならば外へも出れるみたい。

でも私の場合、莫大な魔素を封じる手立てを作ってからじゃないと外へは出れない。しんどくなっちゃうからね。



そのために、ツィリムが魔素を封印する術式を組んでくれた。


エルとエルの友人の星見の人が調べてくれたのによると、私は数百年に1度現れるという “竜の姫君” っていう、龍脈から直接魔素を汲み上げることが出来る人らしい。


普通は私と違って回路を持ち合わせてるから、すごく大きな儀式魔術まで1人で使いこなせるような魔女になるけど、わたしは回路がないせいで魔術を使うどころか魔素を押さえ込むことすらできない。


そんなことを調べてきてくれて、それを元に、ツィリムが魔素を抑える術式を組んでくれた。




肩からうなじにかけて、聖紋っていうタトゥーみたいな模様を刻み込んで、右はカイル、左はツィリム2人の魔術で私の魔素を無理やり抑え込んでいる。


でも自由自在に操れるまではいかなくて、気持ちが高ぶりすぎると破れてしまうかもしれないから気をつけてほしいと言われた。




ちなみにツィリムは聖紋から流れる私の魔素をうまく使うことで、他人の近くにいても大丈夫になったみたい。

ツィリムは魔術がとっても得意なのに、唯一の欠点として人の前に長時間入れないっていうのがあったらしいんだけど、それを克服して、もっともっと上目指せるようになった。




この世界では魔法と魔術って微妙に違うものを指す。


魔法っていうのは、生活に必須の生活魔法のことを言うんだって。

例えば洗浄魔法やあかりの魔法、料理なんかに使うみたいなちょっとした炎の魔法みたいに、ほんのちょっとのエネルギーしか使わないような魔法は誰でも使えるものらしい。


そういう、歩くのと同じぐらいみんなができることを魔法って呼んで、それ以外のもっと専門的な力と技能が必要なことを魔術って呼ぶらしい。


つまり魔法がひとつも使えない私はかなりの異端。

日常生活でも支障をきたしてる。


たとえば、お風呂はなくて、洗浄魔法っていうので自分の体を綺麗にするんだけど、私は使えないから誰かにやってもらわなきゃいけない。


つまり1人でお風呂に入れない訳よ。

それってすごく嫌なことじゃない?









今日は3人がお休みを揃えてくれて、結婚式の衣装選びをする。

夫1人に対して式が1回あるから、ドレスとか指輪とか全部三つずつ。

結構な出費だとは思うけど、みんな大丈夫だから好きなものを選べって言ってくれた。




ツィリムなんかは16歳で私よりもずっと若いのに大丈夫なのかなーってちょっと不安になったけど……



「あいつは若いが、魔術の天才なんだ、封印式もあいつが組んだだろう?そうそう出来るもんじゃないんだぞ?

それに見合った給料だってもらってるさ」

ということだそうです。



旦那さんにとってはまさに一生に一度のことだから気合いも入るよね!




職人さんに来てもらってドレスの衣装の布と、大まかな形と身につける宝石を決めた。

私からしたら、ドレスなんてレンタルだと思ってたし、そもそも職人さんに家に来てもらって決めるなんてちょっと申し訳ないような気もするんだけど……


カイルもツィリムも貴族の出身だからこうするのが当たり前なんだって言われた。




ドレスの基本の色は、旦那さんの髪の色と同じようにして、宝石も同じような色を選んだ。

それで、第2夫、第3夫になるとその前の旦那さんの色の宝石を身につけることになるらしい。だからそれは本人の結婚式で使ったものを流用することにした


正直、こちらの風習とかは私にはあんまりよく分からないし最低限、自分の要望だけ伝えて、旦那さんたちに決めてもらうことも多かった。





そして問題になったのが夫たちの順位。

今はカイル、ツィリム、エルの順番だけど、これを変えるか変えないかっていうところが論争になったらしい。でもそんなこと私には全然言ってくれなくて。



「結局俺、エル、ツィリムの順番にすることにした」



いやいや、その報告だけ聞いて、どうしたらいいのよ?

この場合一番割りをくったのはツィリムなんだけどそこだけが問題な訳じゃなくて……



「ねぇ、カイル。なんで私の家族のことなのに、私抜きで話し合いしたの?」


「うん?俺たちのことだから俺達で決めた。イズミルが気に病むことじゃない」


なんだろう、この疎外感。


「ツィリムとエルの順番を変えるなって言ってる訳じゃなくて、なんで私のいない所で決めちゃったの?」


「いない所でと言われても……イズミルがいるところで話しても不要な心配をかけるだけだろう?」




うーん、これは私をのけ者にしてる訳じゃなくて、単なる文化の違いかなぁ……?


カイルは私に最大限気を遣ってくれてるみたいだし……




「イズミルは話し合いの場にいたかったということですか?なんとなく仲間はずれにされたって思ってる?」


エルが状況を察して助け船を出してくれた。



「悪かった、今度から気をつける」


カイルが困ったように眉を寄せていた。

うーん、文化の差って大きいなぁ……

常識が違うと困ることも多い。


「ワガママ言ってごめんね?でも、これは譲りたくないから」




ここまでは私の話なんだけど一番問題なのはツィリムの立場だ。

だってツィリムは後から来たエルに順番奪われちゃったってことだよね?


「ツィリム本当にその順番でいいの?」


ツィリムは無言で軽く頷いた。

うーん、これはあんまり良くない気がするんだけどなぁ……


「夫たちの間で順位というのは結構重い存在です。発言権なんかにも関わってきますので、できるだけ一つの職業に偏らない方が良いとされています。

それで私のわがままではありますが一つ順位を上げてもらいました。ツィリムくんもそれには同意してくれています。」


なるほどそういうものなのかぁ。

じゃあツィリムにちょっとだけ気を使うようにしておかなきゃね。


「ごめんね、ツィリム」


また、無表情で軽く頷くだけ。

やっぱり機嫌悪いなー

ただ、私にはどうしたらいいか全然分からなくて。

3人の中で同意が得られたって言われちゃったらこっちは何も言い返せないからね。



「まぁ、式もこの順番で行うんだが、招待客はどうする?俺は俺の家族と魔術師団の連中、エルは神官仲間、ツィリムは故郷が遠いから、魔術師団連中だけが来ると思う。イズミルは呼ぶ人いないよな?」


「そうだねー。親も友達もいないし、っていうか、こっちに来てからカイルたち以外とほとんど喋ったことないし」


「それならこっち側の人達だけ招待するぞ?」


「うん、よろしく、その辺の手配はわからないから」


「普通は父親がエスコートするもんなんだが、誰かに頼むか?」


「いや、いらない。1人でいいかな。頼むような相手もいないし」



私の意見も聞いてくれながら、結婚式の準備が着々と進んでいった。







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