第81話 俺たちは色々と覚悟する


 とりあえずは、その件は一旦置いておくことになった。


しかし、これは絶対に他言出来ない内容なので、魔法契約書に署名をもらう。


イトーシオでドラゴン討伐した時に、国境警備の兵士さんたちにやったやつだ。


「一言でも内容を誰かに話すと顔に印が出ます。


私の許しがない限り消えませんから、ご注意を」


ここにいる者同士で話をすることは大丈夫だが、それを第三者に聞かれるとその時点でアウトだ。


「うへえ、それはキツイ」


キーンさんが顔を顰めた。


「気を付けてくださいね」


黒髪黒目に戻った俺がニッコリと笑う。


リーア以外の全員が目を逸らした。


 これから町は秋の終わりに開催される収穫祭りの準備に入る。


俺とリーアは明日から砂漠で遺跡発掘があるので、不在にすることを伝えて解散とした。


パルシーさんが短時間でやつれてたのは見て見ない振りをしておく。




 翌日は昼過ぎに起き出した。


さすがにあの後は泥の様に寝てたよ。


「おはようございます、師匠。 あ、もう昼でしたね」


広場に出て身体をほぐしていると、トニーがうれしそうに声を掛けて来た。


こいつはほんとに俺が寝坊すると喜ぶのは何なんだろうな。


「ふっ、嫁をもらうとな、色々あるのさ」


大人の余裕を見せつけてやったぜ。


ぐぬぬって顔をして「俺だって、もう少しで成人だ」と呟いていた。


 トニーは今年で十四歳か。


成人まであと一年。


嫁候補のリタリは二つ下だから、「あと三年待ちな」と耳元で囁いておいた。


うおおおお、と叫んで走って行った。




 家に戻ってリーアが作ってくれた朝食をいただく。


今日は夕方には砂漠へ行く予定なので、リーアはすでに準備万端でウキウキしている。


まだ早いと思うんだが。


「そういえば」


そっと遮音の魔法紙を握る。


結界が張られたことを確認して、リーアを傍に呼んだ。


肩の鳥をテーブルに下ろし、彼女を隣に座らせる。


「夕べは確認出来なかったんだけど、女神様は何を話してくれたのか訊いてもいいかな?」


教会裏、祈祷室での会話は、ほとんど俺たちには聞こえなかった。


ふふっと笑って、「いいですよ」と顔を寄せて来た。


彼女も周りに気を配っているのだろう。


「女神様から『母親の才能』をいただきました」


へ?。


「これで、わたくしはいつでも母親になれます」


あ、はあ、よろしく?。


 間近で見る彼女の笑顔は、本当にかわいい。


王子にとっては年上になるけど、俺にとっては年下だからね。


思わず抱き締めそうになったよ。


「あ、それと」


今度こそ、彼女は声を潜めた。


「王を支える器だと言われました」


一瞬、俺の息が止まった。




「あはは、まさかね」


いや、彼女が嘘を吐いているとかじゃない。


女神様も、決してあり得ないことを言うわけない。


だけど。


『そうなる未来もあるかもしれないということか』


俺は唇を噛んだ。


何のために、苦労して王都を出たんだ。


何のために、領地を捨てて、世話になった爺さんたちも捨てて。


「俺は嫌だ」


俺は俯き、険しい顔で拳を握る。


「はい」


「え?」と俺は顔を上げてリーアを見る。


彼女は微笑んでいた。


「ネス様ならそう言うと思っていました」


クスクスと笑いだす。


「器は大きいほうがいいですよね。


わたくしはそれだけでうれしいです」


俺は唖然とした。


 やはり彼女は生まれついての貴族様なのだろう。


責任感や、覚悟が俺なんかと全然違う。


『あの国で、ずっとがんばってたんだ。


背負っていたものが俺たちより重いのかもしれないな』


王子の言葉が俺の胸に刺さる。


自分たちばっかり不幸だと思って、同情されたくないと思いながら、それが当たり前になって。


「ありがとう、リーア。 これからは国じゃなく、俺を支えてくれ」


俺は彼女の唇が「はい」と動く前に、その唇を塞ぐ。




 夕食を早めに済ませ、まだ明るいうちに、俺は砂漠へと飛んだ。


もちろん、リーアとユキも一緒だ。


ソグや従者の二人組がついて来ようとしていたので、見つからないうちに出発させてもらった。


今回は調査だけなんだよ。 諦めてね。


「まだガーファンさんたちは来てないみたいだな」


湖の近くに出現し、先に水場の確認をする。


王子の魔法陣による結界が効いているようで、砂の流入は防いでいた。


「ユキ、砂嵐が近づいたら教えてくれ」


【うんっ】


砂狐は元々砂漠に住む魔獣なので、ユキはうれしそうに湖の周りを走り始めた。


俺はリーアの手を取って、遺跡の神殿に向かう。




 神殿といっても高い塔しかなく、扉の中は円形の部屋になっていて、ガーファンさんが作ったテーブルとかまど


そして椅子用の丸太が転がっている。


「うーん、やっぱりか」


中は砂だらけである。


屋根はあるけど、壁は一部崩れているし、窓にはガラスもない。


王子、どうする?、一気に<復元>するか。


『いや、今はまだやめておこう。 出来れば町の跡地のほうを優先したい』


うん、分かったよ。


「リーア、ちょっと下がっててね。 掃除だけやるから」


俺は使い慣れた<清掃><砂除去>を発動した。


さあ、すっきりして砂族の人たちを迎えよう。




 日が暮れる前に砂族の一行がやって来た。


ユキが駆けて行き、アラシと合流して戻って来る。


「ネスさん、お早いですね」


ガーファンさんが他の四人と共に姿を見せた。


「ええ、妻が砂漠を歩いてみたいというので」


リーアが挨拶し、「食事の用意が出来ています」と皆を案内する。


ガーファンさんたちは恐縮しながら、塔の中に一旦荷物を置いた。


先に水場で砂を落としてもらい、それから皆で食事にした。


「明日は少し砂移動の訓練をしてみたいと思っています」


俺はガーファンさんの言葉に頷く。


砂族の魔法は砂漠開拓の上で重要なことなので、訓練をがんばってもらいたい。


いくら砂族とはいえ、王都や他の町で暮らしていた彼らには、砂漠を渡るのは大変だっただろう。 


「今日はゆっくりお休みください」


塔の中に仕切りを作り、五人には休んでもらう。




 俺はリーアと砂狐二匹を連れて外に出た。


「わあ、すごい星空」


この世界の星空も美しい。


俺には元の世界でも星座なんて分からなかったけど。


砂漠の中は特に遮るものも、光もないので、百八十度星空だ。


「あれは何ですの?」


リーアが崩れた地下の入り口を見つけた。


「あれは砂族の地下遺跡だ」


そして、俺は地上部分にポツポツとある石壁を指差す。


「あれらが砂族の町の跡らしいよ」


俺たちの調査は、その地下にあるという本当の町の姿なのだ。




 翌朝、まだ暗いうちに起きてもらう。


昼間の暑い時間はあまり動き回れないので、涼しいうちにやってしまいたい。


軽く朝食を取り、俺と砂族の五人で遺跡に向かう。


リーアと砂狐たちはお留守番だ。


 地下の入り口を見せ、その地上部分にある崩れた石壁の辺りを見渡す。


「おそらく、この地下が集落跡だと思われます」


俺ではなく、ガーファンさんに説明を任せる。


砂族ではない俺に指示されるのは彼らにとって面白くないだろうしね。


 そして、打ち合わせ通りに五人で横に並び、魔法を発動する。


まずは地表部分の砂移動。


俺は彼ら自身が砂に埋もれないように補助をしていた。


ゴゴゴゴゴゴゴオォォ


何度も砂を力ずくで動かすと、石壁の並ぶ地帯の床が露わになった。


魔力切れか、まだうまく扱えないせいか、またすぐに砂に覆われてしまった。


だけど、俺の目には一瞬、小さな町が見えた気がした。


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