第80話 俺たちは女神と話す


 王子は指定の場所で正式に祈りの姿勢を取る。


すると、以前の様に部屋が真っ白な光で満たされた。


「お呼びたてして、申し訳ありません」


「いいえ、構いません。 王族の者にはその権利があります」


王子は深く礼を取る。


「私のこれまでの行いは間違っていませんでしたか?」


顔を上げ、女神様を見上げる。


王族は自らの行いを女神様に問うことが出来る。


細長い天窓から降りて来た女神様は、自らの像の上で宙に浮いていた。


「まだ判定は出来ません。 あなたは国王ではありませんから。


それとも、あなたはこれから国の王となるのですか?」


女神様からそう返されるとは思っていなかった。


「いえ、それは難しいかと」


王子が顔を顰めて、そう答える。


 女神様の光の中は特別な空間のようだ。


王子の隣で、俺は元の世界の姿で現れている。


そして、ハラハラしながら見守っていた。




 ふいに女神様が俺に視線を向けた。


「それではあなたが?」


俺はブルブルと頭を振る。


「と、とんでもないです。 俺はこの世界の人間じゃないし」


身体もあるわけじゃない。


 確かに俺たち二人とも『王族の血統』と認められて、『祝福』を授かった。


最初の儀式の時、俺まで名前を呼ばれたのをしっかり覚えている。


『魔術の才能』と『逆境を生き抜く才能』だった。


「あ、でも一つだけ、女神様にお願いしたいことがあります」


「構いませんよ」


鷹揚に女神が頷く。




「実は、この辺境の土地では、建国祭が行われていません」


つまり、神と王とが契約を交わした日として祝われる祭りが無いのだ。


「俺がこの教会で祈祷室を作ったのもそれが発端でした」


この土地の住民たちは王都まで行く者が滅多にいない。


では女神の『祝福』はどうなるのだろう。


 アブシース国の子供は、生まれると成人までに一度神殿の祈祷所へ入るように決められている。


才能がある子供はそこで女神から『祝福』を授けられるが、普通の子供は『健やかであれ』という加護を授けられる。


だけど、この辺境地の子供たちはそれを受けられないのだ。


「俺は別に国の財産として、『祝福』された者が欲しい訳じゃない、です」


この町では、王都で普通に使われている魔道具が無いのと同じ。


それが当たり前で、便利な生活を知らないだけなのだ。


「俺はこの町の子供たちにも、女神様の前で祈らせてあげたい、です」




 北の辺境地で領主をしていた時も思っていた。


あの土地では建国祭は普通に教会で祈りを捧げたし、四日かかっても王都へ行く馬車便もあった。


だけど俺はまだ子供で、王都へ行く者が少ないことに気付いていなかったのだ。


教会の子供たちを王都に送って初めて、ほとんどの住民が祈祷所へ行ったことがないことを知る。


 王子の魔力測定は、彼らの才能を少しだけ発掘したに過ぎない。


本来なら『祝福』で見つかるモノだからだ。


だけど、その『祝福』は王都の施設送りと同じだ。


分かった時点で三人の立会人が証人となり、国へ召し抱えられることが決定する。


それは避けたい。


「だけど、この場所で、この辺境地で密かにやるなら」


王都へ行かなくて済むのなら。


「我は構わぬ。 『祝福』を国の財産とするのは王の仕事。


我のあずかり知らぬことである」


「よしっ!」


俺は小さく拳を握りしめ、王子と顔を見合わせて笑う。


もし、『祝福』持ちがいたとしても王都へ知らせなくてもいい。


女神がそう言っているのだから、俺たちが「なかった」ことにすればいいだけだ。


そのためにも立会人をこちらに引き込まなければならなかった。




「誠にありがとうございました」


俺と王子は深い礼で女神を見送った。


光が消え、俺たちはまた一つの身体に戻る。


「殿下」


パルシーさんが台から降りて駆け寄って来る。


「いったい、何があったんですか?」


やはり女神様との会話は聞こえていなかったようだ。


 俺は大きくふぅと息を吐く。


「ここでは話も出来ないですから、全員、家のほうに来てください」


リーアは頬を赤くさせ、ぼんやりしている。


他の者はまだ光に目が眩んでいるようで、フラフラしていた。


俺は皆を追い出し、もう一度女神像に向かって礼を取り、祈祷室から出た。




「先に着替えておいで」


リーアを一旦部屋へ上がらせる。


もちろん、しらっとシアさんがついて行った。


俺はまだしばらくこの衣装のままだ。


少し話をしなければならないから、王子の姿のほうがいいしね。


 この衣装も実は王都からの荷物に入っていたものだ。


アリセイラの儀式前だったから、出席させたい誰かの差し金だったんだろう。


そして、これがまた似合うんだ。


本物の王子様だから当たり前だけど。


 他の者は広いテーブルに着いてもらう。


ソグがお茶を入れてくれた。


女性たちがいなくなったので、パルシーさんとハシイスは堂々とその場で着替え出す。


だけど、魔法収納鞄持ちの名家の子息と、庶民出の騎士成り立てでは事情が異なる。


ハシイスは大切な衣装をひと抱えもある布袋に入れようと苦労していた。


「ハシイス。 騎士祝いだ」


俺は予備の魔法収納鞄を彼に差し出す。


「え、いいんですか?。 これ、すっごく高いんでしょ」


「弟子のくせに遠慮しなくていいよ。 これからも期待している」


ハシイスは目に涙を浮かべて鞄を押し頂いた。


大袈裟だなあ。 これ、自作だから安いんだけど。


だって、騎士に昇格したこと教えてくれなかったんだから、これくらいいいよね。




 リーアとシアさんが着替えから戻る。


席に着くとソグがすぐにお茶のカップを二人の前に置いた。


「えっと、眠かったらいつでも離席していただいていいですからね」


そう言ってみたけど、皆、目がランランとしている。


「勿体ぶらないで教えてくださいよ」


キーンさんが好奇心丸出しで話を促す。


「ではまず、神官さんからアブシースの教会について説明してもらいます」


パルシーさんが驚いているが、本職がいるんだからここは任せるよ。


「仕方ないですね」


俺が座るとパルシーさんが立ち上がる。


 さすが本職。 いや、文官が本職だっけ。


「へえ、アブシースにはそんな建国祭があるんですね」


羨ましそうにキーンさんが呟く。


「国民のほとんどが女神様をその目で見ているので、アブシースは神殿の力が強いのです」


そして、女神様が認めている王族の血筋だけが国王となる。




「次の祭りにやろうとは思っていない」


あまりにも準備不足だからね。


今回は本当にやれるかどうかの試験だった。


思った以上の成果だったけど。


「将来、成人を迎える者に儀式として受けさせるのはありじゃないかと思う」


いつか、その時が来たら、ごく身内だけで、秘密裏に。


パルシーさんは黙ったまま、目を閉じた。


まあ、理解はしても納得は出来ないだろうね。


そこは立場上、仕方がないので、俺にも何も言う気はない。


「あの」


リーアが小さく声を出す。


俺が笑顔で頷くと、彼女は椅子から立ち上がった。


「デリークトから来た私でも女神様からお声をかけていただけました。


そうなると、亜人と呼ばれる方々でも受けられますよね」


「おそらく、そうだね。 やってみなければ分からないけど」


それもいずれ検証したいと思う。


「お願いします」


彼女はうれしそうに顔をほころばせていた。


ソグは少し懐疑的なようで、ただ考え込んでいる。


トカゲ族は表情が読めないけどね。


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