第76話 俺たちは警戒を強める


 俺は準備を終えると、ミランにまた留守にすることを伝えに行く。


「分かった。 今回は下調べなんだな」


砂族の五人が先行して午後に出発、明日の夜に俺とリーアで向かう予定だ。


「お願いがありまして」


「あ?、留守はいつも通りだろ。


まあ、今回は慣れない者が多いからエランとソグは借りるぞ」


亜人の二人は俺が雇い主である。


必要な時はミランが斡旋所に指名で依頼を出して雇う形になっている。


 トニオさんたち、サーヴの自警団はミランの管轄。


少年領主はウザスの親戚が出資して私兵を雇っている。


住民が増えればそれだけ治安も危うくなるものだし、それはいいんだけど。


「実は不安要素がありまして」


「あー、なんだって?」


今日はロシェがちゃんとミランの横で見張りつつ、仕事をこなしている。


どうやら領主館へは二日ふつかに一度という頻度で行ってるみたいだ。


「ええ、申し訳ないんですが、警戒をお願いします」


どんなに怪しくても何もしなければ、こちらとしても何も出来ないし。


今はまだ見張るくらいしか手はない。


ロシェが書類に目を落としたまま、身体を固くしたのが分かった。




 この町は、浮浪児上がりの子供たちが多い。


「大きな男性に抱えられたら、小さな子供は逃げられませんからね」


ロシェがぼそりと呟く。


俺も浮浪児狩りの、あの光景が目に浮かんだ。


「あの頃より住民は増えたが、その分警戒も強化はしてるさ」


ミランはそう言うが、それでも犯罪は決してなくならない。


「エランやクロに匂いを覚えさせておけば、どこにいるかは分かるはずです」


俺の言葉に、ミランがへっと笑った。


「お前にとっては、獣人も魔獣もいっしょか」


「ええ、等しく、同じ仲間ですね。 敵意さえなければ」


お互いにやれることをやる。 利用し、利用される間柄。


それでいいと思う。




「それともう一つ」


大事な話をしなければならない。


「秋になったので、もうすぐ収穫祭りでしょう?」


「あ、ああ」


今度はロシェが顔を上げた。


「またやるんですか?」


きらきらと期待に満ちた目をしている。


「なんだ?、ロシェは祭り好きか」


ミランが子供扱いすると、ロシェはむぅと唇を突き出す。


「だって、あの空に咲いた花?。


子供だからって、少ししか見せてもらえなかったんですよ」


去年、俺は突然現れたフェリア姫一行に、何とかいいところを見せようと焦った。


それで、まだ未完成だった花火の魔法陣をいくつか上げてみたんだよね。




 夜遅かったので、子供たちは皆、寝床に追いやられていた。


それでも大きな音に驚き、皆外に出て、ほんの少しだけ見ることが出来たそうだ。


「あれ、ネスさんですよね、絶対」


公表はされていない。


他の町からの問い合わせにも、どっかの魔術師が勝手にやったと答えている。


まあ、バレバレだけどね。


「あははは、今年も期待してるぞ」


いつもは大人顔負けのロシェの子供の顔に、ミランが楽しそうに笑う。


あー、はいはい。


「今年は忙しいので、あまり派手には出来ませんが」


去年の花火は姫用だったけど、今年は子供たちにも見せてやりたいな。


『分かった。 何とかする』


すまん、王子、頼む。




 去年の祭りの詳細を書いた紙を、ロシェに渡しておく。


夕食後のロシェ先生による勉強会は、細々と続いている。


最近では、勉強する者と本の描き写しをする者に分けられていた。


俺はノースターでやった古本の再生を、ここでも始めたのだ。


少しずつだけど、教会の壁の本棚は本が増えつつある。


大人でも小遣い稼ぎになるので、新地区からの参加者がいるくらいだ。


「分かりました。 皆に訊いてみます」


トニオ隊長が常に目を光らせてくれているので、大人たちも協力してくれるだろう。


そろそろ屋台や土産物の準備を始めなければならない。


子供たちを中心にして、斡旋所からも募集をかけてもらうつもりだ。




「あー、そういや。 公衆浴場のほうはどうするんだ?」


一応、俺自身が試験をやって、大丈夫だという報告はしている。


「そうですね。 あとは、一回の入浴料とか、利用者の範囲ですかねえ」


ミランとしては料金を取るよりも、旧地区専用にしたいらしい。


管理人はロイドさん夫婦になる。


「魔術の時計というのがありまして、一定の時間になると音が出る仕組みで」


それを設置し、その時間で一家族ごとに入れ替えする。


「それでも一晩で三家族が限度かなあ」


ミランが顎に手を当てて考え込む。


俺は首を傾げる。


「昼間でも構わないでしょう?」


なんで夜だけの想定なんだろう。


「は?。 皆仕事終わりに来るからだが」


俺はロシェに頼んでメモ代わりに紙を借りる。




 棒グラフのように細い縦の長方形を書き、その横に簡単に昼、夕方などと時間を書く。


「昼前は軽く掃除や、備品の手入れの時間にしたいと思います。


午後から身体の不自由な方や老人など、介護が必要な者。


夕方から子供たちが仕事終わりに入って、夕食前後が家族単位でしょうか」


ミランやロイドさんだけでなく、ロシェまでが俺の手元の紙を見ている。


「毎日ではなく、二日、三日おきでいい人もいるでしょうし。


亜人や獣人の皆さんの都合も聞かないといけないですね」


彼らはあまりお湯に浸かるという習慣がないらしい。


「あ、あの、これって一人でも入れるんですか?」


ロシェが何故そんなことを言い出すのか、分からないけど。


「もちろんですよ。 時間の調整さえ出来れば」


一人だとそんなに長時間使わないだろうし、独身者は当然一人で入ることもある。


「色々考えられると思いますよ。


で、運用開始は、出来れば祭りの後にしたいですね」


「は?、なんでだ」




「祭りのあとのご褒美にしたらどうかなと」


まず、体験してもらう必要がある。


お披露目として、その日、一日だけ無料で開放して、自由に出入りしてもらうのもいいかなと思っている。


もちろん入れる時間か日程で、男女を分けなきゃいけないだろうけどね。


その口実が「祭りを手伝ってくれた者への感謝」だ。


おそらく旧地区の住民は全員入ると思うよ。


「他の町のやつらもか?」


ミランが眉を寄せて難しい顔をする。


「ええ。 他の者たちにも温泉が良いモノだと知ってもらわないと、羨ましがってもらえないでしょ」


俺がニヤリと笑うと、ミランも口元を歪めた。


ロシェだけははっきりと嫌そうな顔をしていたけど。


「あとはミラン様にお任せしますよ」


あの公衆浴場の所有者はミランだ。


「分かった、検討する」


俺は立ち上がり、軽く会釈をして地主屋敷を出た。




 噴水の周りに、砂族の新しい住民たちが集まっていた。


旅支度をした男性が四人いる。


「こんにちは」


ガーファンさんに挨拶をしていると、当然、彼らを紹介された。


五人で親子三代の家族の中年のお父さん。


三人家族で小さな子供が一人のまだ若いお父さん。


高齢の両親と二十歳代兄妹の四人家族の、兄のほう。


そして独身男性で、まだ成人したばかりの青年。


「私は後から向かいますので、よろしくお願いします」


王子が天使の微笑みを発動する。


女性たちはポーっとしているが、男性たちには警戒されたようだ。


「お邪魔になるかもしれませんが、妻も同行しますので」


そう言うと、女性たちのテンションが下がり、男性たちがホッとした顔になる。


『あ、分かり易いな』


王子、そんなことで遊ばないように。


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