第75話 俺たちは誕生会をする
その夜は、俺は王子の誕生日会をやった。
毎年同じ、白い花を見ながら、王子と二人で飲むだけだけどね。
今回はリーアがお客さんとして参加する。
「俺たちは酔うことはないし、ぼそぼそと二人で昔話をしたりするから。
リーアは無理せず、適当に付き合ってくれるだけでいいよ」
眠くなったら先に寝て欲しい、と伝えておく。
その日はユキも部屋に入れて、足元に新しい布を敷いた。
「ユキ用に注文してあったんだよ」
王都の雑貨屋のお爺ちゃんにお願いしておいた物だ。
真ん中が柔らかい楕円形の布地で、周囲にほつれ止めで美しい刺繍が入っている。
俺はそれに<砂防御>を掛けた。
「どうだい、ユキ」
【わーい、ありがとー】
白い砂狐がうれしそうにクルクルと回って、やがてその上で丸くなる。
だいぶ大きめで頼んだのに、ユキ、お前、太ったんじゃね?。
ぎりぎりだぞ。
リーアが本当に俺たちのことを理解したかどうかは分からない。
だけど、意味不明な話をする俺たちを見ながら、やさしく微笑んでいる。
そのうち、彼女は先にベッドで眠り、俺たちは、気が付くと床でユキを枕に寝ていた。
「ごめんな」
俺はそういってユキを撫で、リーアにそっと近づいて髪にキスをした。
薄暗い外に出て、いつもの掃除と体力作りを始める。
「おはようございますー」
教会からパルシーさんの従者の二人と、子供たちも出て来た。
「おはよう」
いっしょに町の周回コースを駆け出して行った。
リタリは他の子供たちに少し付き合ったあと、朝食の用意を始める。
俺はパン屋へ寄って、いつもより多めに買い込む。
「また増えたの?」
「ええ、申し訳ありませんが、仕入れを増やしてくださいね」
もし余ったら買い取るので、と親父さんと話をする。
「気にすんな。 お前さんのお陰で毎日売り切れだよ」
いやいやいや、それならやっぱり仕入れをもっと考えてくださいよ。
リタリの側に戻ると、何故かパルシーさんがいた。
「おはようございます」
眼鏡が朝日に光っている。
従者の二人といっしょにリタリに「美味しい美味しい」と言っては食べる。
まあ、確かに最近リタリは料理上手になったよ。
だけど「いつでも嫁にいけますね」はちょっと待ってくれ。
親代わりの俺としてはだなー。
「ネスさん、奥さんが待ってるから早く帰りな」
おおう、リタリが冷たいよー。
あ、でも自分の家からいい匂いがする。
「じゃ、また朝食後に」
パルシーさんのジト目は見なかったことにして帰るよ、俺は。
朝食が終わった頃、ガーファンさんが訪ねて来た。
出発の準備が出来たそうだ。
「午後から向かおうと思っています」
「分かりました、気を付けて」
俺がそういうと、ガーファンさんはちょっとおかしな顔をした。
「あのー、ネスさんはいらっしゃらないのですか?」
どうやら俺も行くと思ってたみたいだ。
「あー、えーっと」
俺もきっとリーアが居なかったら行ってたと思う。
「あら、どこかへお出かけですの?」
ガーファンさんの視線に気づいた彼女が、俺の顔を見る。
「あ、いや」
でも、手元にあるのは砂漠の地図だ。
大雑把で、子供のいたずら書き程度だけど。
「では、
「は?」
ガーファンさんが驚き、俺は大きなため息を吐く。
だけど、貴族のお姫様だった彼女が砂漠を歩けるとは思えない。
俺はこっそりと「あとで移転魔法で飛びます」とガーファンさんに伝えておいた。
「分かりました。 ではお先に」
そう言って、彼は逃げるように家を出て行った。
リーアは首を傾げている。
「
「いえ、そうではないんです」
俺は彼女にちゃんと説明していなかったことを詫びる。
「まあ、砂漠の真ん中にそんなものがあるのですか?」
「ええ」
そう言って、先ほどのいたずら書きの地図を見せる。
サーヴから大人の歩き速度で二日、反対側のエルフの森から三日の範囲に水場がある。
この土地に残っている砂漠は、まるで大河の跡のように、山から海へと伸びているのだ。
「細長い砂漠の横幅の真ん中辺りですね。
そして、ここから海へは丸一日程度、山方面は崖になっていて、こっちへは五日かな」
迷わずに、休憩も少な目で、最短距離を、という条件付きの距離になるけれど。
尚、海へ出てデリークト方面に向かえば、三日目くらいに砂族の村がある。
こうしてみると、そんなに広い面積ではない。
「国境ではありますが、明確な柵や境界線があるわけではないですしね」
リーアの話でもデリークトには国境の柵など無い。
サーヴでは、最近になって砂漠の砂が入り込まない程度の低めの石垣を作った。
砂漠との境界線であって、国境ではないけれど。
「そうですね。
確かにデリークトでも、国境といっても、兵士がたまに砂漠の側を巡回している程度ですわ」
だけど、その砂漠を渡るにはそれなりの装備や食料、砂嵐の対策が必要になる。
「国から逃げ出しても、隣国に到達する者は少ないのでしょうね」
俺は実際、水場で瀕死だった砂族の親子を拾っている。
「山側は切り立った崖で、上には魔獣がいます。 海岸は砂で遠浅になってますから、船は近寄れません」
デリークトとアブシースの間を渡る船は、かなり迂回しなければならない。
海獣も出るため、大きな船や追い払うことが出来る魔術師が必要になるのである。
「その砂漠で何をなさるおつもりですの?」
俺は彼女にどこまで話していいのか迷う。
「砂漠を研究しているんですよ。
幸い、砂族の方々を雇うことが出来ました」
俺はこの水場に砂族の町の跡があることを話した。
「縁があって砂狐とも知り合いになれましたし」
砂狐は元々砂族と共に暮らしていた家畜だ。
彼らがいれば砂漠で迷うことはない。
「砂漠を気軽に往復して、色々と調べたいと思っています」
そのため、その水場に拠点を置きたいのだ。
「そうですね。 では
「あ、俺たちは彼らが到着した頃に移転魔法陣で飛びます」
「あら、そうなんですか」
彼女は肩を落とす。
「ユキちゃんと砂漠も歩いてみたかったですのに」
どこまで彼女が本気かは分からないけど、
「明日の夜、飛びますので」
そうしたら、ユキと周辺を歩いてもいいよと答えた。
「そういえば」
俺が砂漠へ持って行くものを準備していると、側で見ていたリーアが声をかけてきた。
「ケイネスティ様のお誕生日は分かりましたけど、ケンジ様のお誕生日はいつですの?」
「あー、忘れちゃいましたね」
俺は王宮にいた頃からずっと、王子を励ますことばかり考えてて、自分の誕生日は忘れていた。
っていうか、もう死んでるしな。
だから、祝ってもらったところで、今更だと。
王子が二十三歳になったから、俺も三十三かあ。
自分でも自嘲気味の苦笑がこぼれた。
「それは寂しいです」
「いえ、そうでもないですよ」
実はこの世界では親のない者や産まれた日が不明の者など、大勢いる。
「そういう者はまとめて秋の収穫祭りで一斉に誕生祝いをやるんです」
元の世界でも、正月を一区切りで一つ年齢を重ねるという話を聞いたことがある。
数え年っていうんだっけ。
「だから、大勢の誕生日祝いも兼ねているので盛大なんですよ」
「まあ」
リーアは去年の祭りの花火を思い出し、そして口づけを思い出したのか、顔を赤くした。
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