第77話 俺たちは要注意人物になる


 ガーファンさんたちはそろそろ出発するみたいだ。


俺が移転魔法で飛ぶ場所や時間などの打ち合わせをして、別れた。


そして、俺が家に入ろうとした瞬間、ガシッとパルシーさんに捕獲されてしまった。


「えっと、何か?」


「ふふふ、ちょっとお話しませんか」


ズルズル引きずられて、旧地区の教会の裏へと連れ込まれる。


「ネスさん、これはいったいなんです?」


この教会には出入り口が五つある。


正面、炊事場への出入り口、子供たちの部屋の扉が男女で二つ。


最後の一つが、壁の中央に魔力で隠されている部屋。


「まだ説明してませんでしたっけ?、通信魔法陣がある部屋ですけど」


「ええ、ええ、そうですね。 それはいいんですが」


そう言いながら、パルシーさんは周りを見回し、すばやく魔力の扉を開いた。


俺を押し込むと、自分も中に入り、すぐに閉める。


 自動で部屋にぼんやりと明かりが点る。


教会の祭壇の真裏。 女神像の上にステンドグラスのある細い窓。


表の教会の祭壇より小さな台には、その中に通信魔法陣がある扉。


台の上の女神像はまだ小さいけどね。




「何を企んでいるんですか、ケイネスティ様」


パルシーさんは俺に顔を近づけ、低く囁くような声を出す。


「ここは、まるで」


パルシーさんの顔が恐ろしいものを見たような、怖い顔になる。


「まるで、祈祷室じゃないですか」


俺は目を逸らす。


うん、まだ知られたくなかったよ、ホント。




「どういうことなんですか」


パルシーさんの手が震えている。


本気で俺を心配してくれているのが分かった。


「教会の、国の許可なしに祈祷室を作るだなんて」


「祈祷室とは限りませんよ」


俺は目を逸らしたまま、へらりとした笑顔を浮かべる。


「確かに台座に女神像。 その上の窓まで一緒ですけどね」


こんな辺境地に神が降りるための祈祷室があるわけがない。


「ただ信心深いだけです」


俺は精一杯の笑顔を浮かべる。


そう思ってくれないかなと期待を込めて。


「じゃ、あれは何ですか?」


部屋の隅に置いてある台が三つ。


ちっ、見つかったか。


「あなたはいったい、何がしたいんですか」


「えーっと」


もう、こうなったら覚悟を決めるしかないかな。


「すみません。 もう少し待ってくれませんか」


「殿下」


二人だけの秘密にするには、パルシーさんでは背負い切れないだろうと思う。


この人の後ろには宰相様がいる。


俺はオーレンス宰相は嫌いじゃないし、パルシーさんが間に挟まれて苦しむのも申し訳ない。


「分かりました。


私もこの町に赴任したばかり。 しばらくはやるべきことをやりましょう」


「お願いします」


眼鏡の奥の瞳が俺を不安そうに睨んでいる。




 とりあえず、パルシーさんは、教会に送るための書簡を通信魔法陣に乗せた。


昨日の前領主の件だ。


あるはずの通信魔法陣を探していて気がついたらしい。


普通の人なら気にしないだろうけど、この人は文官であり神職だからな。


気づいて当然か。


 俺たちはそっと教会裏の部屋を出た。


「王都の通信魔法陣は今、どうなっているんですか?」


パルシーさんがこちらに来てしまうと、受け取りは誰がやるんだ。


「クシュトさんですよ」


「へっ」


なんと、ハシイスは俺に隠れてここから報告書を送っていた。


定期的に送られるそれを、クシュトさんがいつも引き取りに来ていたそうだ。


そういえばハシイスは魔術師でもある。


そこまで魔力が高いとは思っていなかったけど。


「今、クシュトさんたちは表向きには王宮には出入りはしていません」


王宮を出て、隠居生活を送っているそうだ。


「殿下の日記のような報告書をいつも楽しみにしていますよ」


げ、どこまで知られてるんだろう。


なんか思ったより早く事が進むなあと思ってたら、そういうことか。


まあ、あの爺さんたちがおとなしくしてるはずはないよな。


ありがたいというか、恥ずかしいというか、怖い。


「諦めてください。 あなたは結局、要注意人物なんですよ」


だってさ、王子。


『むぅ』




 パルシーさんはこれから新地区の教会の改革を始めるそうだ。


従者である二人は、俺が自由に使っていいらしい。


いやいや、使う気はないけど。


「資金などはおっしゃってくだされば支援します」


一応、そう申し出ると、


「ありがとうございます。 それよりも職人を紹介していただけるとありがたいですね」


という話になった。


新地区の教会は色々不便なんだそうだ。


ああ、ここは王都にあるような魔道具があんまりないんだよね。


ここの住民はそれが普通だから何とも思わないけど、王都からくるとずいぶん遅れてる。


 それなら、と俺は斡旋所の出張所である食堂へ同行した。


「ここで仕事を発注できますので」


「ああ、なるほど。 そこは王都と同じですね」


魔道具の発注や取り寄せは、いつも通り雑貨屋の爺さんに直接でいいだろう。


だけど設置場所とかになると、今のままでは出来ないので改装が必要になる。


職人さんたちは以前より仕事は増えているが、ウザスから戻って来ている者もいるので大丈夫だと思う。




「親父さん、王都から来た神官さんです」


俺は食堂に入ると、親父さんにパルシーさんを紹介する。


二人は「よろしく」とお互いに軽く挨拶を交わす。


 パルシーさんが昼食を取るというので、置いて出て行こうとすると、


「ネス、ちょっと」


と、親父さんに呼び止められた。


「はい、何でしょうか」


「実はな」


何故か親父さんのいかつい顔が崩れた。


「孫が出来たんだ」


「はい?」


食堂は親父さんと一人娘で営んでいたが、先日、大工の若者が婿に入っている。


「それはおめでとうございます」


俺も大工のにいちゃんから相談を受けたりした関係者なので、うれしい報告だ。


「そこでだ」


何故か親父さんの顔が険しくなった。


「斡旋所を辞めようかと思ってな」


「え!」


ちょっと待って、それは大問題だ。




「ウザスの斡旋所の所長さんとかは、何て言ってるんですか?」


「特に反対はされてないぞ。 ただ、向こうも忙しいからなあ」


隣のウザス領の斡旋所の規模はサーヴの倍以上である。


かなり増えたサーヴの仕事を向こうで受けることになれば、人員もさらに増やすことになるだろう。


サーヴの出張所自体がこの国では珍しい業務の下請け。


ウザスにすれば専任を置いてはいるが書類整理ぐらいで済んでいる。


その専任職員がこの親父さんの弟さんなのだ。


「うちの弟も、こっちに来たいとは思っていないようだしな」


すでに家族がいるとなると、それも難しいか。


「分かりました。 ご領主様とミランに相談してみます」


俺は親父さんに約束をして食堂を出た。



 家に戻るとリーアとユキが迎えてくれた。


「ごめん、遅くなった」


「いえ、大丈夫ですよ。 すぐにお出ししますね」


たいてい昼は簡単なパンに野菜を挟んだくらいのものだ。


それでも二人でおしゃべりしながら食べる食事は美味しいな。


テーブルの下でユキもリンゴをもらってシャリシャリとうれしそうに食べている。


うん、これが平和ってもんなんだろうな、きっと。


『でもまだ問題があり過ぎる』


そうだね、王子。


今が平和でも、それを維持するためには様々な問題を片付けなきゃならない。


がんばろうね、王子。


俺たちの平和な日常のために。


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