第61話 俺たちはこれからを考える


『邪神』と呼ばれたダークエルフは、頭を下げ続ける俺をじっと見ていた。


「それは王子も承知なのか」


「いえ……」


頭を下げ、俺はツヤツヤと光る黒い床に映った自分を見ている。


「どうした。 ケンカでもしたのか」


そういうと、ダークエルフは俺に座るように促した。


俺とダークエルフは向かい合って座る。




「本当の理由を聞こう」


どっかりと構えたダークエルフは、やはり神といわれていただけあって威厳がある。


俺は涙を必死に堪えていた。


ここは精神だけの部屋だ。 嘘などつけないのは分かっていた。


だけど、王子にもう俺は必要ないと思っているのも本心なんだ。


「魔術師マリリエンがお前をこの狭間に呼び、お前はそれに答えた」


覚悟をしていたはずだと言われ、俺は頷く。


「正直、ここまで王子ががんばって生きてくれるとは思っていませんでした」


王宮を出るまでがマリリエンお婆さんの願い。


北の領地を復興させたのも、サーヴの砂漠を調査したのも、国を思う王子の願い。


この世界で、王子と共に生きてきて、俺は楽しかったし、努力が報われてうれしかった。


「王子にはいっぱい世話になって、二十歳までしか生きられなかった俺が、その先を生きることが出来た」


本当に感謝している。


 だけど、これから先を考えると、俺はどうしても自分が邪魔になる気がする。


「まずは、そうだな。 女か」


ダークエルフの言葉に、俺はビクリと身体を震わせた。




「はあ、まったく、男というのは仕方がないねえ」


いつの間にかマリリエン婆さんが側に来ていた。


ダークエルフの隣に腰を下ろす。


「姫の解呪に成功したのは知っておる。


メミシャが南方諸島連合に戻り、もうデリークトの姫を欲しがらないとなれば」


婚約破棄されたフェリア姫は、国内では危ない存在になる。


「あのままでは、妹姫との派閥争いになるからの」


そうならないよう、早急に国外に嫁がせようとするだろう。


「アブシースの王太子はまだ二十歳そこそこだが、フェリア姫は二十五だったか」


多少の年齢差は不問だろうが、傷物の令嬢であることに変わりない。


「その上、フェリア姫は亜人擁護派で有名であるからな」


亜人を否定しているアブシース国に正妃として迎えられることはまずない。


 


 亜人に対する王宮の仕打ちは、王子自身が知っている。


側室として迎えられたとしても、その扱いは予想出来た。


「良くて軟禁。 下手をすればケイネスティ様と同じ運命じゃな」


徐々に弱る食事を思い出し、俺は胃の中が苦くなるのを感じる。


「彼女をそんな目に遭わせられない」


分かってる。


王子だって、俺のために彼女をさらってくれたんだ。


自分のためじゃなく、俺のために。




 でもそれじゃダメなんだ。


「俺は身体を持たない意識だけの人間だ。


俺は彼女と結婚なんて出来ない」


初めは、彼女も気味悪いと思うだろうなと思った。


だけど、今の彼女は、助けてくれた魔術師に感謝している。


その恩返しに、多少問題ありの男性だろうと、妻になってくれると思う。


「男が二人、妻が一人。


どっちの妻なのだ?」


ダークエルフが、ふむ、と考える。


彼女もたぶん同じだろうと思う。


「俺たちが正直に打ち明けたとしても、混乱させ、困らせます」


それに、この身体は王子のものだ。


「もし、俺が夫だとしても、子供は王子の子だ」


俺には身体がないからね。




 そして、王子もフェリア姫が好きになったら。


いや、もしも、もしもだけど、王子に他に好きな女性が出来たらどうするんだ。


「昔から王子はフェリア姫は嫌いじゃなかった」


俺の影響もあったかも知れないけど。


王子は、俺とフェリア姫がこれまで以上に仲良くするのを許せるのかな。


嫉妬とか、そういうのはー。


「お前さんのほうはどうなんじゃ?」


「え、俺ですか?」


「そうじゃ。 お前さんは姫様と王子が、そうじゃな、夫婦となったらそうなるが」


口づけやそれ以上も含め、夫婦として暮らすのを見ていられるのかってことか。


俺は少し考えてみた。


金髪の王子にしろ、黒髪の魔術師にしろ、俺にすればどっちも王子だ。


俺にはそう見える。


「俺は、きっと許せると思う」




 俺は目を閉じた。


思い出すのは、魔力の部屋で小さくなっていた痩せた子供。


「マリリエンさん、王子は立派になりましたよね」


「ああ、そうじゃな」


俺たちは顔を見合わせてニコリと微笑む。


「俺にとっては王子は弟、いや息子かな」


俺が育てた、とまでは言わないけど、ずっと見守って来た。


王子の手となり、足となり、頭となって、動かしてきたのは俺だ。


「その王子が、お嫁さんをもらうんです」


俺はうれしかった。


そして、王子にちゃんと女性の扱いを教えてこなかったことを後悔した。


「なんなら、これからも王子を助けたい」


ちゃんと教えて、いっしょに子育てなんかして。


だけど、それは出来ない。




「何故じゃ」


「王子が嫌がるでしょう?」


誰かが自分をじっと見ている。


自分の恥ずかしい姿を。


王子はそれに耐えられるの?。


「俺はいいんです。 どうせ身体なんてないんだし」


俺のやることなすことは、王子の評価になる。 これは昔から変わらない。


「だから、ちょっと反省してるんです」


俺がフェリア姫と仲良くしたから、王子には恋人がいることになっている。


そして、そうなると他の女性が寄って来ない。


「俺はフェリア姫が好きだからいいけど、王子は迷惑だったかも知れない」


そう思ったら怖くなった。


「だから逃げ出そうというのか?」


ダークエルフが眉を寄せて唸った。


「逃げる。 そうかも知れないですね」


俺がいることで二人が不幸になったり、辛い思いをするのは死ぬほど嫌だ。




「王子もフェリア姫も好きだから、二人には幸せになって欲しいんです」


「ケンジ殿」


マリリエン婆さんが涙を浮かべていた。


「わしのせいじゃな」


俺はお婆さんが悲しそうな顔をする意味が分からない。


「お婆さんが責任を感じることはないですよ。


ちゃんと王子も俺も幸せになりました」


俺はそう思っている。


「だから王子が嫌な思いをする前に、俺を王子の身体から消してもらえたらと思って」


『ばかやろう!』


俺が振り向くと、そこに王子が立っていた。


こんなに怒ってる王子を、俺は今まで見たことなかった。


ズカズカと俺に近づいてくる。


俺は殴られる覚悟で歯を食いしばってギュッと目を閉じた。


『ケンジ、消えるのは私のほうだ』


「え」


王子は俺を抱きしめた。




初めての抱擁に俺はビックリして頭の中が真っ白になる。


『ケンジがいなかったら、私はとっくにこの世にいない』


マリリエン婆さんもウンウンと頷いている。


『本来ならばすでに死んでいたのだから、このまま消えてしまっても悔いは無い』


いや、ちょっと待て。


「例え精神が二つあったとしても、王子の精神が死んだら、この身体は維持出来ないと思うよ」


俺の精神は王子がいるから存在出来るんだ。


『そうなのか。 出来るならば、この身体をケンジに明け渡したいが』


「へ」


俺はポカンと口を開けていた。


『私は魔力の部屋で、魔法陣を描いていられればそれでいい』


今度は俺が怒る番だ。


「バカか!。 王宮にいた時に戻るつもりかよ」


せっかく、せっかく生きる楽しさを知ったのに。


俺も王子を抱きしめる。


「ごめん。 やっぱり二人で生きて行こう」


きっと、方法はあるはずだから。


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