第62話 俺たちは姫に告白する


 俺たちはとりあえず問題を先送りにした。


『姫が目覚めないうちに帰ろう』


ということになったのである。


お婆さんとダークエルフのご先祖様に手を振って、俺たちは狭間から出た。


再び二つの意識が宿った一つの身体に戻る。


「ほんとにいいのか?、王子」


『ケンジ、まずはフェリア姫の問題が先決だろう』


うん、まあそうだけど。


王子は巫女が上って来ないうちにと、移転魔法陣を起動した。




 家の裏に戻ると、ユキにまた怒られた。


【どうしてケンジもネスもわたしを置いてくの?】


「そ、そうです。 何故置いて行くのですか」


そこにフェリア姫まで加わった。


俺は急いで念話鳥を出す。


「あ、すみません」


空はまだ薄暗い。


 色々なことがあって、一人でこんな町に来て、姫はきっと不安だったんだろう。


「わ、わたくしは、か、覚悟して参りましたのに」


へっ?。


ぐすっと涙を浮かべて、上目遣いで俺を睨む。


「ま、待って」


 ガタガタと、どこかで音がする。


夜明けと共に、町の人たちが動き出した気配がした。


「あ、えっと、とにかく中へ」


急いで家の中にユキとフェリア姫を押し込む。


彼女のことはまだ誰にも話していない。




 ふぅ、と大きく息を吐いて、顔を上げると、ユキと姫が俺を睨んでいる。


「あの、落ち着きましょう。 お茶を入れますね」


フェリア姫を座らせ、俺は小さな台所に立つ。


王子の簡易夜着を着た彼女は、もう、なんていうか、色っぽいんだよ。


目の毒なんだよ。


ユキが彼女を慰めるように側に寄り添っている。


なんだか、家の中で敵が増えた気がするんだけど。


「すみません、ちょっと用事があってエルフの森へ行って来たんです」


鞄からお菓子を出しながら、俺は首を傾げた。


「えっと。 姫はユキの言葉が分かるんですか?」


ユキとフェリア姫が顔を見合わせた。


「はい」【うん】


俺は驚いて口が開いちゃったよ。




「このユキちゃんの鳴き声が聞こえましたの」


俺と王子の名を呼んで探していたらしい。


「悲しそうな声で、それで心配になって、魔力をお渡ししてみましたの」


姫はユキを慰めようとしたらしい。


「そうしましたら、何故か分かりませんけど、言葉が分かるようになりました」


【とってもきれいな魔力だったー】


お、おお。


魔力を渡せば声が聞こえるようになるのか。 それは大発見だ。


姫とユキは仲良さそうに微笑みあっている。


『いや、おそらく砂狐に好かれることも必要だと思うぞ』


ああ、誰でもって訳じゃないと。


そういや、俺の不在時に面倒みてくれていたコセルートは聞こえないみたいだった。




「それで、あの」


姫は、俺とユキの顔を見たあと、恐る恐る話かけてきた。


「ネスとケンジ、というのは」


あ、ユキと言葉が通じるということは、そういうことか。


固まる俺を、王子が落ち着かせるように交代する。


「フェリア姫、少しお話をしたいので、部屋に行きましょう」


ここでは出来ないと判断し、王子はフェリア姫を遮音の魔術が設置済みの寝室へと誘う。


ユキもフサリと尻尾を持ち上げてついて来た。




 二人でベッドに腰かける。


隣合わせで、少し間が空いているが、これはまだ仕方ない距離だと思う。


「ごめん、王子、ありがとう。 俺が説明するよ」


『分かった』


俺は自分の姿が黒髪黒目になっていることを確認する。


最近、あんまり気にしてないから、どっちだったか、分かんない時があるんだよね。


肩の鳥を二人の間に移動させ、俺はフェリア姫の顔を見た。


「フェリア姫は、黒髪の私と、元の金髪の私のどちらがお好きですか」


姫が首を傾げる。


「どちらもケイネスティ様ですもの。 区別はありません」


そか。


「その前に」


フェリア姫が美しい笑顔で微笑んだ。


わたくしのことは、姫ではなく。


そうですね、幼い頃に呼ばれていました、リーアとお呼びくださいませんか」


ほんのりと頬を赤くする。


「俺、あっと、私のほうも、ネスとお呼びください」


【リーア、こっちはネスとケンジよー】


ユキが茶々を入れて来る。


「ユキ」


と俺がちょっと怒った顔をすると、


【これはケンジなのー】


と言って、フェリア、改めリーア姫の後ろに隠れた。


「ケンジ?」


【うん、黒い髪がケンジなの。 金色は王子様なのよ】


「え、ええ?」


姫が混乱し始める。


「ユキ、これから説明するから」


俺は慌ててユキを黙らせようとするが、機嫌が悪かったみたいでユキのおしゃべりは止まらない。


【んで、ふたりともネスなのー】


「ふたり?」


リーア姫は驚いた顔で、俺を見た。




 俺は大きく何度も肩で息をした。


落ち着け、大丈夫。 何度も心の中で繰り返す。


「あの、実はケイネスティ王子の身体の中には、もう一人いるんです」


「それがケンジ様?」


うわ、様付けされちゃった。


俺はうれしいやら恥ずかしいやらで、少し赤くなる。


「ええ、俺はケンジと言います」


王子が子供のころ病弱だったことを知っているリーアに、俺は死にかけていた王子の治療のためにと説明した。


「王宮の宮廷魔術師のマリリエン様が俺を王子の身体へ入れたんです」


王子を生かすために。


「まあ」


姫が目を見開き、口元を隠す。


「すみません、気持ち悪いですよね。 こんなの」


俺は目を逸らした。




「いえ、そんなことはありません」


膝の上に乗せた俺の手に、彼女の手が重なった。


俺が彼女の顔を見ると、少しはにかんだように笑っている。


「驚きはしましたけど、何となく分かります」


「え?」


彼女はケイネスティが時々違う人間に見えたことを話してくれた。


「アリセイラ様のお部屋でお会いした時など、彼女とわたくしに対する態度が全く違いましたもの」


う、そうだよな。


目の前で入れ替わっても分かるワケないって思ってるしね、俺たち。


「ですが、同じケイネスティ様ですし、ただ少し変わった方なのだと」


お、おお、まさかの変人扱いだった。 ごめん、王子。


『今更だろう』


うう、王子が驚かないってことは、この世界じゃ、俺たち、変人だったんだな。


「ですが、その理由が分かりました」


やさしく微笑みながら、彼女は話し続ける。


「お二人で一つの身体をお使いになってらっしゃるのですね」


あ、あれ?、これって普通なの?。




『そんなはずないだろう』


「ご病気なのでしょう?」


「え、どういうこと?」


彼女はまるで子供に諭すように、ゆっくりと話してくれた。


「稀にいらっしゃると聞いています。


子供の頃にお辛い目に遭われると、精神が壊れてしまわれる者がいると」


ああ、そうか。


この世界でも「二重人格」っていう病気はあるんだ。


 姫はどうやらデリークトで医術の勉強もしていたらしい。


彼女の魔力はそちらのほうに多く使われていたそうだ。


理解してもらいやすいのは、良かった、のかな。


『ケンジ、彼女はケイネスティの意識が分裂した一つが君だと言ってるんだが』


つまり、魔術師のマリリエンのくだりは妄想だと。


ああ、そういうことね。


でも俺はそれでいいと思った。


異世界から来たなんて、そっちのほうが理解しずらいだろうし。


『ケンジがそれでいいのなら』


うん、王子、それでいこう。




  その時、俺の家に誰かが訪ねて来た。


外はすっかり明るくなっていた。


広場に子供たちの声が溢れている。


「いらっしゃいませんか、ネス様」


「あ、あの声は」


窓からそっと玄関を窺うと、そこにいたのはルーシアさんとアキレーさんだった。


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