第60話 俺たちは扱いに困る


「王子、すまん」


『ん?、なぜだ』


俺はここにきて、今まで王子に女性の扱いを教えて来なかったことに気付いた。


『女性は恐ろしいが、守るものだと教え込まれたが』


うん、間違いない


俺は、十歳だった王子といっしょに暮らし始めて、十年以上経つ。


その間、ずっと女性には気を付けろと周りからも言われ続けたんだ。


『女性は、か弱いから守るのではなく、厄介な生き物だから扱いに気を付けろ、だったな』


守るのは大切だと思う相手だけでいいんだ、たぶん。


「だけど、王子は女性なら誰にでも甘いんだよなあ」


『む、そこは騎士の礼儀としてだなー』


はいはい、まあ王族だから仕方ないんだろう。




 それよりも、だ。


「あ、あの」


今、俺の家の寝室には、王子がさらって来た女性がいる。


移転魔法陣で直接この部屋に来たので、誰にも見られてはいないと思う。


『私が?』


うん。 間違いなく王子がさらってきた。


俺はちゃんとお別れをしたつもりだったし。


『む』


あの老人の態度が気に障って、売り言葉に買い言葉になったぽいけど。


ちゃんと責任とってよね。


『そ、それはやはり伴侶に、ということか』


それしかないと思うよ。




 公宮での美しい衣装では、姫は横になることも出来ないだろうと、王子の服を渡す。


大丈夫。 ちゃんと<復元>で新品同様だし、匂いなんかしないからね。


だけど、フェリア姫は戸惑っている。


「ああ、やっぱりそれではご不満ですよね。 すみません」


俺が服を取り換えようとすると、彼女は首を振った。


「い、いえ。 そうではなくてー」


彼女の視線が俺のベッドに向いた。


俺の顔がボッと赤くなる。


「えーっと。 とりあえず、もう夜も遅いので姫はお休みになってください。


私は、その、まだやることがあるので」


 俺はユキを呼んで、彼女に付いていてくれと頼んでみる。


【うん、いいけど】


尻尾がふわりと揺れて、不機嫌そうに俺の足をパタパタと叩いていた。


砂狐の尻尾はフワフワなのに、割と痛いんだよ。





 俺は階段を下りて寝室を出る。


廊下との壁は腰までしかない一階の部屋へ入った。


殺風景な長方形の部屋のど真ん中に大きな机と数個の椅子。


 部屋の隅には小さな台所と収納棚。


その横の勝手口を開ければ、お手洗いと風呂という名のシャワー室。


そして、教会横の井戸と炊事場へと繋がっている。


 俺の寝室は中二階で、下は砂狐の小屋代わりになっている物置。


その扉の向かい、俺の家の裏には砂族一家が住んでいる。


家の正面は噴水広場で、右が教会、左は空き家。


広場を越えた向かい側は地主屋敷となっている。




「おおよそ、女性が住む家じゃないよなあ」


改めて見ても男の一人暮らしがせいぜいだ。


 まず寝室が一つしかない。


客間なんてない。 今までも誰かが酔いつぶれても、床に転がしてたしな。


俺も王子もきれい好きなところがあるから、古いけどそこそこ補修はされている。


『いっしょに住むのか』


「それしかないだろう?」


だけど、今はそれ以上考えられなかった。


「ごめん。 今日は何度も魔力を使わせたね


王子も休んでくれ」


『分かった。 また明日考えよう』


俺は、王子が眠るのを確認し、お茶を入れて椅子に座る。




 窓は遮光のカーテンで、外へ音と光が漏れないようになっていた。


夜明けまではまだ時間があるだろう。


さて、ぼんやりとお茶を飲む。


この世界のお茶は緑茶に似ていて、俺はこの香りだけでもすごく助けられた。


 時間つぶしに本でも読もうと思って荷物を漁ると、魔法紙に包まれたものが出て来る。


「ああ、砂族の呪いの本か」


ガーファンさんが王都から持ってきたものだ。


 砂族は、一時期、エルフ族と敵対していた。


全盛期の砂族の砂漠はかなり広かったらしいからね。


その砂漠が徐々に拡がるとしたら、そりゃあ、隣の森にも影響は出る。


当然、エルフ族は怒るよね。


その頃に作成されたのだろうと思われた。


 当時、すでに「森の神イコールあのダークエルフ」だったのかな。


「それなら、これを解呪することも出来るんじゃないか?」


それが出来れば、今までの世代は無理としても、若い者には砂族の嫌悪はなくなる。


「神殿へ持って行ってみるか」


邪神様に訊いてみよう。


俺は杖を取り出し、一旦、外に出て移転魔法陣を発動する。


とりあえず、今はこの家にいるのがちょっと辛かったんだ。




 視界が暗転し、エルフの森の高台の村に出る。


見張りのエルフの若者に気付かれないよう気配を消して、神殿に入った。


 階段を無言で上り、異界の狭間への段に踏み込む。


周りが黒い部屋の中になる。 


「こんばんは」


邪神と呼ばれたダークエルフの男性が居た。


「こんな時間に珍しいな」


すみませんと謝って、俺はすぐに本を取り出す。


「また懐かしいものを」


苦笑いするダークエルフに、解呪を頼んでみる。


「構わないが。 もうすでにあまり影響がないように見えるぞ」


王子が作った魔法紙で包んで、外に呪詛の影響が出ないようにしていた。


「ええ、まあ。 でも砂族の資料としては使えるんじゃないかと」


本は大事だ。 もったいない。




「解呪は構わぬ。 私がやっておく」


そういって受け取ってくれた。


「しかし、今夜は何故一人なのだ?」


王子がいないことを不審に思ったようだ。


「はあ、おそらく意識が眠っているだけですよ」


そういえば、俺も王子がいない状態って、この世界に来てから初めてじゃないかな。


あまり意識したことはないけど。


「魔術師のマリリエンさんもいませんね」


「う、うむ。 普段はあまりここにはいないのだ」


へえ、そうだったんだ。


そういえば、王子の魔力に反応して現れたんだっけ。




「お前には世話になった」


ダークエルフの男性が俺の顔を見て微笑んだ。


最初は少し怖い感じだったけど、今では気のいいお兄さんみたいだな。


 そんなことを考えたら、俺は思わず、元の世界の兄を思い出した。


三歳上の姉は母親に代わって色々と面倒を見てくれたけど、姉より年上の兄はあまり接点がなかったように思う。


「あー。 でも、サッカー教えてくれたのは兄貴だったな」


いっしょにテレビを見ながらワーワー騒いでたのを覚えている。


 俺が遠い目をしていたせいか、ダークエルフが困っていた。


「すみません、少し元の家族を思い出してしまって」


そうか、と短く答えたダークエルフの赤い瞳を、俺はぼんやりと見ていた。




「礼をする約束だったな」


「あ、ああ」


そういえば、王子の声を取り戻せるように調べてくれるって言ってたな。


だけど、俺はそれより聞いてみたいことがある。


「あの」


俺は迷った末に何とか声を出す。


「俺をこの場所に置いてもらうことは出来ないでしょうか」


元の世界へは戻れなくても、王子の身体から抜け出せるかも知れない。


ダークエルフは首を傾げた。


「どういうことだ」


「王子はもう一人でも生きていけます」


うまくいけば、声も取り戻せるだろう。


だから、もう俺など必要ないはずだ。




 ダークエルフが難しい顔をする。


「出来るかどうかは分からぬが、下手をすればお前の魂が消滅する恐れがあるぞ」


俺はぐっと唇を噛む。


「それでも構いません」


王子のいない今でなくては言えない言葉。


「呪詛でも何でも構わない。


俺を、王子の身体から解放してください」


呪術の魔力代わりに俺の魂を捧げてもいい。


王子の身体から異物である俺を追い出してくれ。


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