第53話 俺たちは最悪を予想する

 

 神殿の階段に戻って来た。


目の前にいる妖艶なダークエルフのお姉さんが俺を睨んでいる。


さっきまで狭間で泣いていた女の子はもういない。


まるで別人だったかのように、メミシャさんはきつい目をして、激しく俺を罵った。


「さっきの黒髪はどこに行ったの。 あいつのせいよ!。 私を戻して」


さっきまでワンワン泣いてたくせに、何を言ってるのやら。


あの姿を見ちゃうと、どんなに睨まれてもわがままな子供にしか見えないよ。




 俺たちはエルフの森に入る時は王子の姿にしている。


彼女はケンジをご希望のようだが、リクエストに応える気はないよ。


「狭間の世界は時間制限があるのは知ってるでしょ」


肩に乗せた鳥が答えた。


 ユキはきつめの彼女は好みではないらしく、おとなしく俺たちの側に来て座る。


王子がわざとユキを無視してるのは、さっきユキが俺の側にいたからだな。


本当はユキが好きなくせに、王子はツンデレだな。


『ツンデレ?』


あー、どう説明すればいいのかな。


気持ちと態度が逆になるんだよ。


例えば、好きな相手に、「嫌い」とか言っちゃうやつね。


でもって、誰も見ていないところで、二人っきりになるとデレデレに甘えたりして。


『違う!』


でもユキの顔を見るとやっぱり撫でちゃうでしょ。


『むううううう』


あはは、と笑いながら、俺が階段を下り始める。


「ちょっと待ちなさいよ。 まだ話は済んでないわ」


爺さんエルフと巫女エルフはハラハラしながら、俺とメミシャさんを見守っている。




「何か?」


「とぼけないで!。


さっきの黒髪が変なこと言ったじゃない。


わ、私のこと、無条件で、う、受け入れてる者が、その、いるって」


後半は少し赤くなってるな。


まあ、褐色の肌では分かりづらいけども。


「ああ、それなら、教えるのには」


王子の容姿はあんまり胡散臭い顔が似合わないんだよなあ。


「な、なによ」


「まず下りましょうか」


精霊様の森の改革と、メミシャさんがこの村にいることが騒ぎを呼んでいるのだ。


さっさと帰ってもらわないとね。


 王子の必殺天使の微笑みを発動してみたが、精神が子供であるダークエルフには効果無かった模様。


憮然としたまま、動こうとしない。


 最終手段だ。


「ユキ、頼む」


「きゃ、何すんのよ!」


うん、ちょっと服を引っ張ってもらうだけだ。




 なんとかその場から動いてもらうことが出来た。


彼女が着ていた服は薄手の南国の衣装で、派手すぎないが高級な布地であることが一目瞭然だった。


そんな服を砂狐に破られたりしなくはないだろうね。


「離してってば!」


ユキに服を引っ張られながら、そろりそろりと階段を下り始めた。


俺も彼女が転げ落ちないように、気を付けてはいる。


 何とか下まで降りた。


でもまだ神殿の外には出ない。


今のままでは他のエルフたちが暴走しかねないからだ。


少し打ち合わせが必要になる。




「さて、どう説得するかな」


俺たちが適当に床に座ると、何故か巫女見習の女性エルフがわらわらと出て来てお茶を配る。


「ありがとうございます」


王子の側にだけ見習の女性たちがずらりと並んでいる。


お茶は一つでいいんだけどな。


白髭の爺さんは唖然とし、巫女は苦笑いだ。


二人も同じように座るが、メミシャさんは立ったままだった。


 メミシャさんの目がますます吊り上がった。


「さっさと答えろ!、このっ、女性の敵めっ」


俺はお茶を啜っていた顔を上げる。


「ふうん。 それ本気で言ってます?」


王子の、宝石のような緑の目が冷たくダークエルフを見る。


「う、卑怯よ。 ちゃんと下りたんだから、早く教えて」


苛つくメミシャさんに俺はため息を吐く。


「いえ、どうして分からないのか、不思議で。


あんなに一番近くにいたじゃないですか」


「なっ」


大きく見開いたダークエルフの瞳は赤い。


魔獣の目に近く、邪悪な者と言われた元凶だと聞いている。




 俺が南方諸島で見た光景は、思ったより悲惨ではなかった。


「あなたにとってあの国は、居心地は悪くなかったのではないですか?」


気に入ったからと、どこの誰かも分からない女性を傍に置く者など滅多にいない。


それがその国の代表なら、尚さらだ。


「あ、あの男は女好きでー」


「そうでしょうか?」


俺が見たあの大柄なたくましい男性は、メミシャさんしか見ていなかった。


「妻がたくさんいるという割に、ぞろぞろ連れているわけでもなく。


他国からさらって来るほど女性好きだというのに、その彼女たちはいったいどこにいるんでしょうね」


俺は一夫一婦制の元の世界の価値観しかない。


だけど、この世界は財力さえあれば一夫多妻もあり得る。


それは分かってるけどね。


「女好きだからさらって来た、ってわけではないんだと思うんですよ」


「それは、どういう意味だ?」


巫女も首を傾げている。


「さらって来たのは、働かせるためだったんじゃないかな」


俺は南方諸島で見た女性たちの話をする。


「確かにあの代表は女性の美しさを求めていました。


だけどそれは自分のものにするためじゃなく、国のためだったんじゃないかと」




 美しい女性がいる。 それだけで周りの男性たちはよく働く。


外から来た客も、気に入られようと多くの金を落とす。


「女性を国の資源と考えているんじゃないかと思ったんです」


元は海賊らしいからね。


奪ってくれば自分のモノという価値観なんだろう。


「だけど、あなたに対しては違ったでしょう?」


国民でもなく、労働者でもない。


客のように、金を持っているわけでもない。


「たぶん、あの代表にとって、あなたは特別だったんですよ」


「わ、わたしが?」


何も聞かず、好きなものを与え、わがままを聞いてくれていたんじゃない?。


「ま、まあね」


それこそ「他の女をいたぶるために連れて来て」という、無茶な要求にも応じるほどに。


メミシャさんは微妙に顔を赤くしたまま目を逸らす。


「彼は、あなたを無条件で受け入れた」


身元も分からない漂流者。


勝気で、中身は子供みたいな女性。


「ありがたい話ですよねえ」


俺だったら、どんなに美人だろうと無理だ。




「わ、わたしが珍しかったんでしょ」


「ダークエルフが、ですか?。


でも、あなたはあの国ではエルフであることは隠していましたよね」


特徴的な耳が見えなかった。


確かに白い髪は珍しいが、褐色の肌はあの国ではごく普通だ。


まあ、そんなことを抜きにしても彼女は美人だし、あの国の女性たちの中でも目立っていた。


何より、あの代表はメミシャさんを働かせてはいなかった。


「あなたは特にお気に入りだったんでしょう」


そんな女性が突然いなくなったら。


「今頃、彼は必死であなたを探しているんじゃないかな」


「そ、そんなはずないわ」


「そうでしょうか」




 俺は予想してみる。


メミシャさんはデリークトで姿を消し、こっそりこの森へやって来た。


「代表の彼は、デリークトにあなたを引き渡すように要求するでしょうね」


デリークトで捜して見つからなければ、隠していると思うはず。


「このままではデリークトに攻め入りますよ。


まあ、あなたにとっては予定通り、かも知れませんが」


この国を滅ぼしたいんでしたっけ。


「その原因はあなたで、あの男性はあなたのために大勢を殺すでしょう」


俺は彼女の目をじっと見る。


「満足ですか?」


本当に、ダークエルフ族の復讐はこのデリークトの国を亡ぼすこと、かな?。


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