第52話 俺たちは説得を試みる


 俺たちとダークエルフの女性は狭間の住人に呼ばれるだろう。


だけど、可能性が低い巫女と爺さんは、俺が手を掴んで引き寄せた。


お陰様で、無事に全員が黒光りする部屋へ出現した。


 ダークエルフの男性と、マリリエン婆さんが顔を揃えて待っている。


「よく戻られた」


お婆さんが歓迎してくれる。


「む?、それは何だ」


ダークエルフの男性が首を傾げる。


何だと言われても。


「砂狐のユキです」


真っ白の砂狐が姿を現していた。


するりと俺の側に寄り添い、恐る恐るダークエルフの男を見ていた。


王子のほうには行かないのか。


チラッと王子を見ると、少し悔しそうにしていた。


ふふん。




 メミシャさんという名のダークエルフの女性は、狭間のダークエルフに駆け寄った。


「ご先祖様」


おおう、やっぱり知り合いだったのか。


『単に同じ種族だから、先祖ということだろう?』


ああ、そっかあ。


だけど、涙を流してすっごく喜んでる。


「ねえ、彼女は今までここへ入れなかったの?」


こっそり魔術師のお婆さんに訊いてみる。


「いやいや、ちゃんと来ておったぞ」


マリリエン婆さんは王子の側で苦笑いしていた。


「二回、来ておるのじゃが、毎回、あの調子でな」


ぶっ、来る度にあの感激のご対面やってるんだ。


「それで、ご用件をお伺いしたいのですが」


ユキが俺のところに来たから、王子はちょっと機嫌が良くないっぽい。


あー、分かる分かるよ。 ふふん。


 メミシャさんが俺たちを睨んでいた。


「用事があるのは私じゃないわ。 下に集まってるエルフたちよ」


森の変化を呪いだと騒いでいる。


「私はご先祖様の側にいたいだけなのに」


あの南方諸島で見た怪しげな雰囲気の、大人の女性を思い浮かべる。


正直、ここで泣いている幼い感じのダークエルフの女性と、本当に同一人物なんだろうかと疑うな。


『ここは精神しか入れぬ場所だ。 外見と中身は違うのだろう』


ああ、そうか。





 事情を知らないダークエルフのご先祖様が、俺たちとメミシャさんの間で顔を顰めている。


不穏な雰囲気を感じたのだろう。


「どういうことだ、メミシャ」


「ご心配なく、ご先祖様。 私は一族の恨みを晴らすため、野蛮な一族に取り入りー」


俺には、彼女が褒めて褒めてと騒ぐ子供のように見えた。


「ちょっと待った。 お嬢さん、その復讐の相手っていいうのは、いったい誰のこと?」


俺は嫌な予感がした。


「もちろん、決まっているわ。 デリークト公国よ」


「なんてこった」


俺は頭を抱えた。




『公爵家の呪詛は私たちが解呪したぞ』


王子がそういうと、邪神と呼ばれたご先祖様が驚きの声をあげた。


「お、おお、では、成功したのか」


『ええ、無事に姫様の痣は消えたようです』


確認は出来ていないけど。


ダークエルフのご先祖様が混乱している。


「痣、痣が復讐だったと?」


当時のエルフが発動した呪詛を、内容までは知らなかったらしい。


「間違いなく、エルフがデリークト公国に向けた呪詛はそれでしたよ」


「むぅ、やっぱりエルフ族とは価値観が合わん」


ダークエルフのご先祖様は、エルフに呪術を教えたことは無意味だったと嘆いた。




 エルフ族は元々魔力が高いうえに、美男美女が多く、それを誇りにしているらしい。


公主一族への呪詛として、産まれる女子の身体に痣を出現させたのは、エルフ族らしいということになるのかな。


「ふふふ、あははは」


メミシャさんが不気味な声で笑いだす。


「痣ですって。 痣があるくらいなんだっていうの」


メミシャさんが自分の先祖であるダークエルフに満面の笑みで話す。


「我らダークエルフ族の復讐は、そんなに甘くないですわ」


彼女の話では、デリークトの国自体がダークエルフを追い詰めて滅ぼしたことになっている。


む?、それ、いつの話よ。


 まずは他の種族たちにエルフの傲慢な態度を誇張して伝えて歩いたらしい。


エルフ族は、自分たちと比べれば魔力が低く、容姿も劣る人族や亜人を下に見ていた。


「エルフ族はもうすでに規模も小さくなって、自滅の道を勝手に進んでいるわ」


いやいや、小娘一人の噂でエルフ族すべてが滅ぶわけないよね。




 次はデリークトの人族が彼女の標的だった。


「南方諸島の男たちが女性をさらうのを見たわ。 だから噂を流すのも簡単だった」


彼女は無理に連れて来られた女性たちの行方が分からないことを利用した。


「自分の国の女性たちがひどい目にあっているのよ。


助けに来て当たり前じゃない」


だけど実際にはなかなかデリークトは腰を上げない。


当たり前だ。 きちんとした証拠もないのに、他国に攻め入る訳がない。


だいたい、大切な貿易相手国にそんな事出来ないだろう。


見て見ぬ振り、それが大人の対応ってもんでしょ。




 彼女は心配になって自ら島に乗り込んだ。


まともに入ったのでは、さらわれた女性たちと一緒にされてしまう。


わざと遭難したように見せかけ、代表の前に現れる。


 代表の男は見るからに野蛮そうで、女好きに見えた。


「私がちょっと色目を使ったらすぐ乗って来たもの。


あの男は元々そういう奴だったのよ」


国同士の問題にするために、フェリア姫を要求したと?。


 彼女がそそのかした南方諸島連合は強い国だ。


戦慣れしている。


「滅ぼされるのはどっちかしらね」


高笑いするメミシャさん。


バカだ。 それだけで済む問題じゃないのに。


だけど、彼女は泣いたり笑ったりの興奮状態で、こちらの話など聞いてくれそうにない。




 俺は低い声で彼女に話しかけた。


「それがどうした」


『ケンジ』


立ち上がり、俺がメミシャさんに近づくと、王子が抑えようとする。


俺がフェリア姫のことでキレたと思ったんだろう。


「男性は古来から女性を守るように出来てるんだ」


いや、男も女も関係ないのかも知れない。


ただ、自分が愛する者を守りたい。


それはどこの世界でも同じはず。


「メミシャさん。 あんたは誰も助けてくれなかった。


だから、他の女を、誰でもいいから不幸にしたかったのですか」


王子も周りの皆も、俺の言葉にギョッとしている。


「ち、ちがうわ」


俺は、あまりにも幼稚なこのダークエルフの女性の考えが、どこから来るのか考えた。




「構って欲しかったんじゃないのか。 あんた自身が」


ダークエルフ族の最後の生き残り。


周りには誰もいない。


自分を、同族として扱ってくれる者がいない。


頭と身体を最大限に使って、彼女は自分なりに戦い続けた。


だけど、それは何を相手に、何のために。


「寂しかったんだろ?」


だから、ここで出会えたご先祖様を見て泣くんだ。


「同族だから、無条件で自分を愛してくれる者を見つけたから」


「ちがう、ちがうわ」


ここは精神の部屋、異界の狭間。


彼女から漏れ出る気持ちは、言葉とは真逆に、素直に肯定している。




 メミシャさんがご先祖様から離れた。


ユキが泣き叫ぶ彼女に寄り添うと、顔をペロリと舐める。


それだけで泣き止むのはやはり幼いとしか思えない。


「あなたには、無条件であなたを受け入れてくれた人がいるじゃないですか」


ユキに抱きついたダークエルフの女性は、何言ってるのって顔で俺を見る。


『そろそろ時間か』


「だね」


気づいたメミシャさんが慌ててご先祖様に手を伸ばすが、俺たちの視界は暗転し、狭間から放り出された。


また泣き叫ぶ声を聞きながら。


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