第54話 俺たちは戦う準備をする


 そこへ黒服の最年長、ラスドさんが駆け込んで来た。


「イシュラウル様、ネス様、大変です」


のんびりお茶を楽しんでいる暇はないみたいだ。


「どうした」


白髭の爺さんが立ち上がる。


 ラスドさんは移転魔法の実験のため、定期的に目印のある場所に飛んでいたそうだ。


たまたまデリークトの港に出ると、町は大騒ぎになっていた。


「デリークトの港に、南方諸島連合の代表が船団を率いてやって来ております」


ほら来た。


俺はチラリとメミシャさんの顔を見る。


「お迎えが来たようですけど、どうしますか?」


「え、私なの?」


当たり前じゃないですか、やだー、自覚ないんかい。




「だって、まだ帰りたくないもの」


ほんとにわがままだな。


「じゃ、ちゃんと帰るから待ってて、って言って来ればいいでしょうに」


このままでは戦いになりかねないんだってば。


「デリークトの港まで送りますよ」と言うと、彼女は神殿の階段を見上げた。


何か、まだ心残りがあるのかな。


どうすれば気持ち良く帰ってくれるんだ。


「教えてもらえませんか。 いったいあなたは何がしたいのか」


復讐のため、南方諸島連合を操って、デリークトを滅ぼすんでしたっけ。


今、まさにそうなろうとしているけど。


でも、彼女が本当にそれを望んでいるとは思えない。




「だって、手紙がー」


ああ、そういえば、ダークエルフの彼女を呼ぶために神託ということで手紙を書いてもらったっけ。


俺は巫女さんを見る。


「これがその、彼女に送った手紙の内容だ」


一応、俺に見せようと持って来たらしい。


どれどれ、と紙を受け取って読んでみる。



  愛する我が同族よ。 真の仲間ならば、その姿を我に示せ


  いにしえの願いを叶えるために



うわー、恥ずかしいな、これ。


中二病っていうんでしたっけ。


へー、これ一通で釣れ、じゃなかった、来ちゃったんだ。


「そ、それに書いてあるでしょう。ここに来たら 願いを叶えてくれるって」


はあ?。


「あなたの願いを、ですか?」


「何を言ってるの。 一族の願いに決まってるわ」


んー、何だか話がかみ合わないな。




『この女性の願いが一族の願いだということだろう?』


王子、それは違うと思うよ。


『何故だ』


そんな古い願いが、今を生きる彼女に必要だと思えない。


同族がいない。


そんな状態でメミシャさんの希望が現実に叶ったとして、それで彼女が幸せになれるかな?。


 俺は、彼女がいったい何歳なのかは知らない。


一族の復讐のためにと、森を出て、噂をばらまいてきた。


そんな中でも日々の生活があったはず。


エルフ族と同じなら、容姿は今と変わらないから、一人の女性として生きてきたんだろう。


「やっぱり寂しかったんじゃないですか?」


だから、ご先祖様にこだわるんだろうな。


「うっ」


メミシャさんは目を逸らし、今度は完全に後ろを向いてしまう。


「わ、私の気持ちなんて、誰にも分からないわ」




 俺はここにいる皆の顔を見る。


「それでも生きていて良かったです」


同族が滅びても、たった一人でも、それでも生きて来た。


「あなたは立派だ」


一族の復讐という言葉だけを頼りに、孤独に負けず、自分のやるべきことをやって来た。


「少し方向は間違ってましたけどね」


俺がニコリと笑うと、黙って聞いていたエルフたちが顔を見合わせた。


この村にいるエルフの多くはダークエルフは邪悪だと思っている。


「あなたはまだこれからやり直せます」


生きていれば、何度でも。


 背を向けていた彼女の耳がピクリと動くのが見えた。


「確かに、エルフ族は森に引きこもり、南方諸島連合は押し寄せて来た」


俺たちからすれば最悪のシナリオ通りに。


「だけど、まだ手はあります」


メミシャさん次第だけどね。




「私に何が出来るっていうの。 たぶん、もう戻れないわ」


振り向いた彼女は強気な美女の顔だった。


それでも、まだ、迎えに来てくれた人物を信じきれていないようだ。


「俺といっしょに来てください。 まずは南方諸島連合を止めましょう」


そして、彼女を代表に返すのだ。


そのために。


「イシュラウルさん、申し訳ありませんが、戦える者を揃えてください」


「ん?、何名必要だ?」


お爺さんエルフが驚きながら、きちんと返答してくれる。


「多ければ多いほど助かります」


わかった、とすぐに準備に出て行った。


『何をする気だ、ケンジ』


王子、悪いけど、ここからは前に出て欲しい。


王族としての威厳を活用させてもらうよ。


デリークトと南方諸島連合を戦わせるなんて出来ないからね。




 準備のために一旦デリークトの様子を見に行った。


王子が移転出来る場所は慎重に選んである。


人気のない港の見える高台にあった。


『船が大きいな……』


「それだけ本気だってことでしょう」


港の少し沖合に数隻の船が見えた。


もう、ラスドさんったら船団なんていうから、もっと多いのかと思ったけどそうでもないな。


『いや、よく見ろ。 周りに小さな船が何隻もいるぞ』


「うへえ、マジだ」


女一人にここまでやりますか。


『他の国の姫の館に侵入する無謀な誰かさんと、そんなに変わらないと思うが』


あははは、王子が冷たいよー。




 一層の船が港に近づく。


港では、たいそう着飾った軍服の男性が、それを待ち受けている。


港周辺には固唾をのんで見守る人々の群れ。


杖を持ち、フードを深く被った俺は、静かにその人混みを掻き分けて先頭に出る。


 すると、後ろから誰かが追って来ることに気付いた。


「魔術師様」


騎士のアキレーさんだった。


「あれを何とかするおつもりですか」


ニヤリと口元に笑みを浮かべている。


俺もフードの中で笑みを浮かべ、


「手伝っていただけますか?」


と囁く。


彼が頷いたので、この辺りにいる見物人をすべて下げるようにお願いした。


「承知しました」


アキレーさんはすぐに動き出し、群衆に向かって大声を出す。


「皆さん、ここは危険です。 もう少し下がって下がって」


彼にすべての注目が集まっている間に、俺は姿を消した。


 


 神殿の中に戻ると、そこには戦闘準備を終えたエルフが二十名ほどいた。


そのほとんどが黒い戦闘服で、おそらくこの村の呪術師見習いたちだろう。


お爺さん、本気で鍛えてくれたんだな。


他の村から来ていると思われる戦闘慣れしていそうな者も数名いる。


うん、森の中の村の村長、白髭の爺さんの孫もいるね。


爺さんもすでに戦闘服で、大きな弓を装備していた。


 ラスドさんが皆に一応説明してくれたらしく、エルフの戦闘員たちの顔は引き締まっている。


「一気に港に飛びます。 狼狽えないように。


決して悪いようにはしません。


出来るだけ戦闘は避けますので、こちらからは絶対に手は出しませんように」


俺は王子を前面に出し、王族の威厳を漂わせる。


「仰せのままに」


白髭のイシュラウルさんが王子に従う姿勢を見せているので、他のエルフたちも逆らうことはない。




 そして王子はダークエルフの女性に声を掛けた。


「あなたにこれを差し上げます」


王子が差し出したのは、移転魔法陣を描いた見本用の魔法紙だ。


「あなたならこの魔術をすぐに会得出来るでしょう」


振り返ったメミシャさんの手にそれを乗せる。


この魔法陣があれば、またいつでもここへ来れるのだ。


「わ、分かったわ」


メミシャさんが横を向いたまま頷いた瞬間、王子の移転魔法陣が発動する。


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