第51話 俺たちは森へ戻る


 俺は大きくため息を吐く。


まあ、あの森へはまた行くことになるのは想定済みだった。


デリークトのことも気になるけど、どうせ、もうフェリア姫には俺の手は届かないしね。


『ケンジ、何故そんなに投げやりなんだ』


うーん、ごめん。 そんなつもりじゃないけど。


ただ、彼女のことをここで心配していても、俺にはもうどうるすことも出来ない。


それがちょっと悔しかっただけ。


「ミランが南方諸島連合との交易に本腰が入れば、彼女に会うこともあるのかな」


俺は心の中に小さな希望を持っている。


交易がうまくいけば、南方諸島に彼女の好きなお菓子でも流行らせてあげたい。


直接届けられなくても、彼女の口に入るならそれでいい。


そんな、甘い、ささやかな夢だけど。




 一晩考えて、翌日、俺はラスドさんと共にエルフの村へ向かうことにした。


ユキが俺の側から離れないので、仕方なく、今回は連れて行く。


もう大人なんだから、何かあればちゃんと逃げるように言い聞かせる。


【うん、ネスもいっしょ】


「俺はいなくても、だよ」


ミャーンと悲しそうな声を出すが、それが守れなければ連れて行かないというとしぶしぶ頷いた。


 ミランに留守を頼みに行くと、苦笑いで了承された。


「南方諸島連合のほうは今、つなぎを取ってるところだ」


ほお、ミランも動き出しているらしい。


「ありがとうございます」


俺が礼を言うと、


「お前が土産に持って来た香辛料が、えらくお気に入りでなあ」


と、チラリと側に控えているサーラさんを見ていた。


おおう、リア充め。


ま、何でもいいさ。 その気になってくれたのなら。


「では、しばらく留守にします」


そう言って、俺は地主屋敷から出た。




 砂族に関する書類は深夜のうちに通信魔法陣に乗せた。


返事はすぐには来ないだろうし、砂族が向こうから来るにしても、あとはガーファンさんにお任せだ。


斡旋所での俺の取りまとめ依頼は、まだ完了報告されていないからね。


「それじゃ、ちょっと出かけて来る」


「うん、早く帰って来てね」


何故かサイモンがお見送りしてくれる。


そのサイモンの服の裾を、サーラの娘が握っていて、二人は仲良しさんだ。 


 アラシは同行するユキを心配そうに見ているし、クロは何故か俺を睨む。


ユキは誇らしそうに尻尾を振っている。


【むう、何かあったらすぐに戻って来い】


なんか偉そうにクロがユキに言ってるみたいだけど、ユキは知らん顔だ。


クロはどうやら領主館に預けた灰色子狐の監視があるので、町から動けないらしい。


俺はクスッと笑って、魔道具の杖を取り出した。


教会裏の砂漠との境い目辺りで移転魔法を発動する。




 俺とラスドさん、そしてユキは、エルフの森の高台にある呪術師の村の広場に出る。


まだ昼間なので、皆それぞれに狩りや勉強に忙しい。


……はずだった。


「殿下、お待ちしておりました」


俺を見つけた白髭の爺さんエルフが飛んで来た。


なぜかお爺さんはいつもより上等な正装ぽい服を着ている。


「何かありましたか?」


チラリと村の中心を見ると、エルフたちが集まっているのが見えた。


「神殿にダークエルフの女性が訪ねて来まして」


うん、それはラスドさんから聞いている。


ラスドさんに指示して、俺に何やら豪華な上着を着せようとする。


「これは何のためですか?」


王子が出て来た。




 変身の魔術を強制解除して、金髪緑眼の王子の姿になる。


爺さんがうれしそうに口元をほころばせたが、俺は見なかったことにした。


「もしかしたら、ラスドさんもグルですか?」


王子を呼び寄せるための。


「いえ、とんでもないです。 私はただ指示に従っただけです」


低く礼を取り、ラスドさんがさっさと去って行った。


 代わりにエルフの巫女がやって来る。


「申し訳ない。 客人がどうしても王子にお会いしたいと言われるのでね」


王子が女性の頼みを断れないことを見透かしているのか。


ラスドさんが着せることに失敗した上着を、巫女がしっかりと王子に羽織らせた。


「他の村から多数のエルフが来ておりますので」


ほんっと、王子は女性に甘いよね。


『ぐぅ』


王子は不機嫌そうに顔を歪めた。




「実は、神殿の最上階からダークエルフの女性が下りて来ないのです」


巫女は王子を神殿へと案内する。


「それで?」


広場に集まっている他の村から来たエルフたちの視線が痛い。


森の中のエルフの村の長、白髭の爺さんの孫のエルフもいる。


見覚えのない顔は、おそらく森の中にある他のエルフの集落の者たちなのだろう。


王子の姿に驚いている。


「あれがソーシアナの息子か」


「だけど人族じゃないか」


ぼそぼそと囁きあう声が聞こえた。


「何でもいい。 今は呪いを解いてもらうのが先だ」


爺さんの孫の声はよく聞こえるな。


俺は巫女と共に神殿に入った。




 ユキもついて来る。


「ユキ、もしかしたら途中で俺たちは違う場所に飛ばされるかも知れない」


だけど、絶対に戻るからじっと待つようにと伝えると、しっかり頷いた。


ユキは甘えるように足に身体を擦り付け、王子は何度も撫でた。


 階段を上るのは、俺とユキ、巫女と白髭の爺さんだ。


階段を上りながら俺は気になることを聞いてみる。


「呪いを解く、と聞こえましたが」


広場のエルフたちは何故集まっているのだろう。


「あれは」


白髭の爺さんが苦々しい顔をして答える。


「精霊様が森の改造をなさっている」


つまり、洪水を止めて、魔獣地帯との境に川を作っているというらしい。


「それを森の村のエルフたちは、神様に見放されただの、呪いだのと騒いでおるのだ」


巫女の言葉に「なるほど」と俺は頷いた。




 長命であるエルフ族は、変化を嫌がる。


集まったエルフたちは、森の変化についていけないだけだ。


それが良いのか悪いのかの判断も放棄して。


「誰かがそれを神の意志だと、受け入れるしかないのだと告げる必要があるのだ」


俺の顔を見た巫女を、王子は見返すように睨む。


「それが巫女殿の仕事ではないのか」


「ああ、そうであるな」


そう言って前を向いて、再び足を進めた巫女は、


「そこにダークエルフが現れ、混乱を招いたのだ」


と呟いた。


「つまり、彼らはダークエルフの呪詛のせいだと?」


「そういうことだ」


白髭のエルフは階段の、遥か上を見上げる。


「それで下りて来なくなったというわけですか」


王子は納得して、ため息を吐いた。




 俺たちが上がってくる気配に気づいたのだろう。


最上段からダークエルフの女性が下りてくるのが見えた。


南方諸島で見た、白い髪に褐色の肌。


特徴的な耳は前は見えなかったが、今ははっきりと髪の間で主張している。


無表情な顔は同じエルフ族の美しさがあった。


 王子はその姿を見て立ち止まり、正式な礼を取った。


「巫女ソーシアナの息子、ケイネスティと申します。


現在は訳あって、ネスと名乗っております」


「私はダークエルフ族の最後の生き残り、メミシャ。


お前の気配には覚えがある」


「はい。


そういえば、南方諸島であなたのお姿を、偶然お見掛けしましたね」


メミシャと名乗ったダークエルフは一瞬、嫌な顔をしたが、すぐに無表情に戻る。


俺は王子に、ここで睨みあってても解決しないと囁いた。


「では、行きましょうか」


お互いに歩み寄り、異界へと繋がる段に足を乗せる。

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