第50話 俺たちは砂族を募集する


 砂狐の一件が片付いて、家に戻って来ると、誰かが待っていた。


「ネスさん」


「あれ?、ガーファンさん。 お早いお帰りですね」


砂族の高貴なお方と、その隣に護衛のような海トカゲの青年。


彼らは砂漠の遺跡調査に向かったはずなので、往復に四日以上はかかる。


出発してからそんなに経ったっけ。


それに、なんで二人だけなの?。


「ああ、ソグさんに護衛をお願いして、他の三人をデリークトの砂族の村へと送ってもらいました」


まあ、今回は下見だということだったし、そこは彼にお任せでいいか。


 しかし、二人は何故か困ったような顔をしている。


「何かありましたか?」


そこへ、水を滴らせた黒い服のエルフが姿を見せた。


砂漠の砂を落とすため、井戸で水をかぶって来たようだ。


「ふはー、やっと生き返りましたー」


俺はその黒い服に見覚えがある。


「ラスドさん?、どうしてここに」


エルフの森の呪術師の村にいた青年だった。


いや、エルフは年齢が分からないから、若いかどうかは微妙なところだけど。




 とにかく家に入ってもらい、話を聞くことにした。


「その前に、私はちょっとこの町を見学させていただいていいだろうか」


ラスドさんにとっては、初めての他国の町なので目を輝かせている。


「ええ、どうぞ。 あ、決して無茶はしないでくださいね」


釘を刺しておく。 何かあってからでは遅いしね。


 俺は海トカゲの青年に、エルフの女性が住んでいる家を教える。


「彼女に彼を案内するように伝えてください」


俺は鞄からそっと菓子の袋を出し、俺からだと言ってエルフの女性に渡すように頼む。


「承知しました」


甘い匂いに首を傾げながら、ラスドさんと海トカゲの青年が去ると、俺はガーファンさんと家に入る。




「それで、どういうことですか?」


どうしてラスドさんとガーファンさんたちがいっしょにいるのだろうか。


「えっとですね。 遺跡の湖で拾ったんですよ」


どうやらラスドさんは森を出て、砂漠を越えようとしたらしい。


好奇心旺盛な彼らしい行動だ。


しかし、一人というのは無謀だろう。


何考えてるんだ。 白髭のエルフは止めなかったのかな。


「ネスさんに伝えたいことがあるというので、お連れしました」


その割に町の見学に行ってしまったけど。  


まあ、あとでゆっくり聞くか。




「それで、彼らの反応はいかがでしたか?」


今、大切なのは砂族の村の青年たちのことだ。


ガーファンさんは彼らを雇うことが出来たのかどうか。


「それがー」


と腕を組んで唸り始める。


 砂漠の中の遺跡を見た彼らは、まだ湖と岩壁しかない場所を見てがっかりしたそうだ。


「こんなところで働くのは嫌だと、はっきりとは言いませんが」


サーヴの町も最近は少し賑やかになったとはいえ、完全な田舎町だしな。


「そうでしたか」


肩を落とし、お茶のカップも手にとらずにガーファンさんは俯いている。


「ネスさんに任せていただいたのに」


申し訳ないと謝ってきた。




 俺は立ち上がり、書きかけの書類の山から一枚を抜き取る。


「では、これに署名をお願い出来ませんか」


通信魔法に使われる高級な魔法紙を彼に渡す。


「何ですか?、これ」


「全国に散らばっている砂族を招集する、というか、募集する宣伝文です」


ガーファンさんはガバッと顔を上げ、信じられないという顔をする。


それには、「砂漠開拓」の大きな文字。


紙を上下する目が何度も行き来し、手が震え始める。


「こ、こんな」


内容的には開拓者を募集しているというもの。


砂族歓迎と書きたいところだが、その名前は出すわけにはいかない。


応募した者が砂族であると疑いがかかるのを避けるためだ。


だけど、砂漠の開拓に名乗りを上げる者など、砂族以外にいないんじゃないかなあ。


「アブシースの文官には了解を取ってあります」


俺は涼しい顔でのほほんとお茶を飲む。




「ネスさん、まさか、あなたはこうなると予想していたのですか」


俺は別に予想してたわけじゃない。


ただ、次の手を考えていただけだ。


「砂族の村の人たちは一応、砂族として生きていますしね」


デリークトはアブシースと違って亜人が多く、砂族はその亜人の一つとみなされている。


ごく普通に砂族として生きていけるのだ。


「こんな田舎よりデリークトの港町のほうが仕事はあると判断したんでしょう」


現在、出稼ぎ労働者として、デリークトの大きな町で仕事が出来ているからね。


 反面、アブシース国内の砂族の民は種族を隠している。


以前のガーファン一家のように、家族もバラバラになっている者もいるだろう。


「あなたも王都で会ったでしょう?。


あの眼鏡の文官さんにこれを送ります。


興味があるなら連絡をくれるように手配します」


ガーファンさんたちのように、この町で砂族として生きる道もあるのだと。


「ネスさん、あなたはいったい」


俺は、彼の震える手にペンを差し出す。


「直すところがあれば書き加えてください。 署名をいただければ、私はそれを王都へ送るだけです」


砂族の高貴な血を引くガーファンの名前があれば、わずかでも興味のある者は現れるだろう。


王都にも少なからずいたのだし。


「は、はい。 喜んで」


ガーファンさんが鼻水か涙か分からない顔で署名した紙を、俺は受け取る。


うーん、これ、書き直したほうがいいかな。




 夕方になってラスドさんと海トカゲの青年が戻って来た。


「エルフの女性の家で食事をご馳走してもらいましたよ」


久しぶりに会う故郷のエルフに、彼女も歓迎してくれたそうだ。


「私も彼女が元気そうで安心しましたしね」


ラスドさんは送ってくれた海トカゲの青年に笑顔で手を振った。


「さて、ではお話をお伺いしましょうか」


キョロキョロと家の中を見回しているラスドさんに、お茶とお菓子を勧める。


「ええ、そうですね」


一度落ち着いて座ると、ラスドさんは盗聴避けの魔道具を取り出した。


俺は、事件の予感に大きく深呼吸をする。




 ラスドさんは「イシュラウル様からの言伝です」と手紙を取り出す。


ああ、白髭のお爺さんエルフか。


ぴらりと伸ばして中身を確認する。


「ああ、ダークエルフの女性が尋ねて来たんですね」


「はい。 ご存知だったんですか?」


あれえ、ラスドさんまで俺に対して敬語だったっけ?。


「話は聞いていましたから」


嘘はついてないぞ。 提案したのは俺だけど。


「それで、彼女は神殿に上がったのですか?」


「あ、はい」


ラスドさんが何故か俺を怖いものを見る目で見て来るんだけど。


「そのダークエルフの女性が、村に居ついてしまいまして」


帰ってくれないらしい。


 まあ、あの神殿の狭間の世界は、身体のある者は長時間滞在出来ないからな。


じっくりと話を聞きたい者は何度も入る必要があるんだろう。


「それで何か困ることでも?」


俺はこの際だから、直接そのダークエルフから呪術を学んでもいいんじゃないかと思う。


南方諸島で見た彼女は十分な魔力を持っていた。


「それが」


ラスドさんが顔を眉を寄せて、何故か怒っている。


「森に点在している集落のエルフたちが集まって来てしまいまして」


「はあ?」

 

何故??。


「私には分かりません。 でも森のエルフの代表たちが集まっているのは事実です」


白髭のイシュラウル爺さんからの手紙は、俺、いや、王子にすぐ来て欲しいという内容だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る