第49話 その頃、某国では 4
デリークト公国の中心にある港町。
現在、この町では騒ぎが起きていた。
貴族街にある議会場に平民や、亜人までが押し寄せている。
「公宮はなんと言っている?」
この国の政治を担う、貴族議員たちは困っていた。
「いえ、まだ何も。 しかし、ここまで騒ぎが大きくなっては」
「くそっ、南方諸島連合にはどう返事をすればいいんだ」
未だ無言を貫く公爵家に対し、憶測が飛び交っている。
すべては公爵一家の呪いが突然解けたことに始まる。
公爵家の二人の姫。
妹姫は、次期後継者と決まっている。
先日、宰相候補である貴族の青年と婚姻の儀式を済ませた。
姉姫のほうは、海を越えた先にある南方諸島連合の代表の、何番目かの妻にと望まれた。
女癖の悪い男性だという噂は誰もが知っていたが、反対する者はいない。
あの容姿では身分のある者へ嫁ぐことは出来ないだろうと思われていたからだ。
彼女は、デリークトの国の罪を背負っていた。
その昔、この国の一部の者が、森のエルフ族の村を襲った。
そして、国主である公爵家も、貴族たちもそれを咎めず、エルフ族を怒らせた。
エルフ族の報復は、国の代表である公爵一族へと向けられたのである。
公爵家の血筋の女性は、呪いの証である痣を持って産まれる事になった。
姉姫も、本来なら美しいはずのその顔の半分以上を青黒い痣で覆われていたのだ。
だが、それも数日前までのこと。
「公爵閣下はお認めにならないが、潜り込ませた侍女の話では、大変お美しいらしい」
姫本人の希望ということで、痣が消えたことは公表されていない。
ただ、そうなると、南方諸島連合という野蛮な隣国へ出すには惜しい。
どんな大国へも嫁げる美貌がある。
「この国は妹姫様がお継ぎになるだろうが、姉姫様が嫁がれるとすればあんな国でなくても良い」
今頃になって議会が勝手なことを言い始めたのである。
しかし、国民はそれにも疑問を投げた。
「姉姫、フェリア姫様は我々亜人にもお優しい方だ。
あのお方こそ、この国の代表に相応しい」
デリークトは亜人が多い国なのである。
横暴な貴族議員たちよりも、顔に痣を持ってはいたが、姉姫は獣人などの亜人たちに人気があった。
幼い頃から必死に民のことを考えていたフェリア姫。
他国との外交にも力を入れており、彼女の顔は広く知られている。
その聡明さで他の大国から招待を受けるほどに。
それでも交易相手である南方諸島連合の申し出を受けたのは、他ならぬ本人である。
『呪われた姫』と、一部の国民から疎まれていることは知っていた。
それは彼女が亜人たちを重用し、不遇な彼らを救っていたことに反発した者たちの仕業だった。
「国民のために、
父親、そして国の議会が決めたことに、彼女は素直に従ったまでである。
「それより、まだ魔術師様は見つかりませんか?」
公宮の公爵の側近たちは顔を見合わせた。
フェリアのたった一つの願い。
それは解呪を行った魔術師に礼をしたいという、ごく普通の願いである。
しかし、その魔術師がどこを探しても見つからないのだ。
現在、この公宮の中での一大事は、解呪を行った魔術師の探索なのである。
「申し訳ありません。 もうしばらくお待ちを」
姉姫の解呪を公表しないため、おおっぴらに探索が出来ないのだ。
何人かの魔術師の名前が上がったり、押しかけて来る者もいたが、その方法を尋ねられても誰も答えられない。
未だ、姉姫の恩人は見つかっていない。
「ルーシア様とアキレー様ならご存知のはずでしょう?」
妹姫の言葉に、宰相が前に出た。
「はい。 しかしながら、お二人は知らぬと首を振るばかりで」
当の魔術師から絶対に身元を明かさないという約束をしているようだった。
しかも一切、身元が分かるような証拠はない。
「このままでは最終手段を取るしかございません」
その言葉に姉姫が驚いた。
「どういうことですの?」
側近たちの顔色が悪くなった。 この後の姫の怒りは目に見えている。
「あのお二人が真実をお話になるまで拘束させていただいております」
事実、すでに姉姫の側近である魔術師ルーシアと騎士アキレーは投獄されていたのだ。
「な、なんですって!」
二人の幼馴染に対し、まるで罪人のような扱いにフェリアは激怒した。
「これは仕方のないことなのです。
もし、魔術師が二人の知り合いならば、必ず助けに出て来るであろうというー」
姉姫はその言葉を聞かずに部屋を飛び出して行った。
「ルーシア!」
姉姫の幼馴染で侍女の女性は魔力を遮断された部屋にいた。
身体に傷はないようだが、魔術師が魔力を遮断されることは屈辱に近い。
「どうして、何も話してくれないの」
鉄格子の嵌った扉の前で、フェリアは泣き崩れる。
「これで良いのです。 私は魔術師様と硬く約束をいたしました。
フェリア様の呪いが解けるなら、感謝を込めて、決してその名は口にしないと」
それでもこのままでは、フェリアが姉と慕っている幼馴染は死ぬまで拘束され続ける。
おそらく護衛騎士も同じような目に遭っている。
彼は男性であるから、もっとひどい目にあっているはずだ。
フェリアは身体を震わせた。
「わ、
たった一つの願い。 それも叶えられない。
公爵家の呪いは、身体の痣だけではなかったのかも知れない。
フェリアはそう思い始めていた。
公宮の一室。 フェリアは両親の部屋へ向かった。
一つの決心を持って。
「どうしたのだ?」
両親の部屋には侍女と護衛がいたが、お願いして扉の外へと出てもらった。
「お父様、お母様。 いえ、公爵様。
ですからすぐにルーシアとアキレーを解放してくださいませ」
彼女の両親は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「そうか。 しかし、二人は我らの命令に従わなかった罪に問われている」
フェリアの身体がピクリと揺れる。
「このまま、お前の側に置くことは出来ぬ」
フェリアはこぼれそうになる涙を必死で堪える。
「承知、いたしました」
その夜のうちに拘束を解かれた二人は、解雇を告げられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何故だ、何故戻って来ない!」
南方諸島連合の代表である男性は、自分の屋敷で怒号を発していた。
「も、申し訳ありません。 デリークトへ買い物に行くと言われまして。
護衛をお付けしたのですが、彼らは女性専用の店に入ることが出来ないもので」
南方諸島のこの国では、女性は簡単に島の外へ出られない。
必ず屈強な男たちが護衛に付くのだ。
護衛という立場の女性もこの国には存在せず、すべて男性が管理している。
男たちは出入り口の前で待っていたが、彼女は出て来なかった。
それに気づいたのは何時間も経ってからである。
代表の愛人である白髪に褐色の肌を持つ妖艶な女性。
その女性が姿を消していた。
「くそううう、デリークトめ。 俺をコケにする気か」
デリークトにとっては、まったくもって理不尽な怒りだった。
代表の様子に、長く仕えている男たちは狼狽える。
この代表は、見境なく女性を傍に置きたがるが、今までこんなに一人の女性に固執したことはなかったのだ。
(いったい、あの女は何者なんだ)
正体不明の漂流者だった女性の行方に、島の男たちは不安を感じていた。
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