第48話 俺たちは子狐を託す


 町に戻ると、教会横の炊事場に子供たちが集まっていた。


ああ、ちょうど昼か。


俺を見つけたフフが駆け寄ってくる。


「ネスお兄ちゃん、これ、これ」


腕の中の子狐を見つけて騒ぐ。


「うん、こっちで育てることになったんだ」


ぱあっと顔を輝かせて子狐を見ている。


 俺は地主屋敷に向かった。


裏手に周り、働き者の少女ロシェを探す。


「あ、ネスさん。 こら、フフ、またさぼってる」


俺について来た妹のフフを呼んで、説教を始めた。


「ロシェ、そのくらいで。


フフはまだ六歳だから、遊ぶのも仕事のうちだよ」


「またー、ネスさんまでフフを甘やかす」


ぷぅと頬を膨らませるフフと、目を吊り上げているロシェ。


これでも仲の良い姉妹なんだよな。




「すまん、すまん。 ちょっとお願いがあってね」


「あ、はい」


地主屋敷はもうお昼が済んだようで、休憩時間に入っていた。


屋敷裏の公衆浴場も外観は終わっていて、今は煉瓦職人のデザが中で仕事をしているだけだ。


 俺は井戸の側にある丸太に腰かける。


小さなリンゴを二つ取り出し、二人に渡す。


ロシェは俺が懐に抱いていた子狐に気付いて、目を丸くした。


「あ、どうしたんですか?、それ」


ロシェは他の子供たち同様に物置で産まれた子狐を見に来ていた。


子狐を足元に降ろしてやると、ユキがお姉さんぶって世話を焼き始める。


「実は、群れに返しに行ったら、一匹世話を頼まれてね」


フフはしゃがみこんで子狐を見ているが、ロシェは困った顔で俺を見た。


「もしかして、地主屋敷で飼うんですか?」


おやおや、嫌そうな顔だな。


ま、ミランは忙しいからなあ。




「いや、実は、これは新地区のご領主様にお願いしようかと思うんだ」


「えっ」


ロシェの顔がますます嫌そうな顔になる。


俺はクスクス笑いながら、そろそろ来るだろう少年の姿を探す。


「それなら、ネスさんが直接持って行けばいいですよね。


どうしてここに連れて来たんですか」


フフはヨタヨタと歩く子狐に、きゃあきゃあ言いながらついて行く。


不用意に触らないのは、日頃から子供たちは魔獣は怖いものだと教えてられているせいだ。


「ロシェ、君は魔力が多いよね」


ピクリと少女の身体が震える。


この町の普通の子供たちは、魔力は少ないが、生活に支障はない。


 イトーシオでも俺は住民の魔力調査をやった。


大雑把に10か100という数字で表しただけの簡易測定方法だったけどね。


俺は以前、ロシェのケガの治療をしたときに彼女の身体を一応調べたから知っている。


おそらく100の部類だ。


この町では浴場のために魔力量測定器を設置したから、いつかははっきりするけど。




「砂狐を育てるためには魔力が必要だって知ってるよね」


子狐には魔力の餌が必要になる。


トニーが世話をしているクロは大人になってから来た砂狐なので例外だ。


「もし、君が飼いたいなら預けようと思ったけど、フフがあの調子だからな」


俺たちは子狐に夢中になっている小さなフフを見る。


 ロシェの妹であるフフにも当然魔力は感じられた。


この姉妹は亡くなった前々領主の娘たちだ。


現在の少年領主の父親がかかわった事件で亡くなっている。


そのため、彼女たち姉妹の身元は秘密にされていた。


「母様は王都から来た貴族で、魔力の多い人だったと聞いています」


ぼそりと小さな声でロシェが呟く。


地主屋敷で面倒みるとなれば、フフは自重せずに魔力を与えるだろう。


それはロシェとフフの親を探られるきっかけになるんじゃないかと思われる。


田舎では魔力の多い者は限られるのだ。


ロシェにとっては避けたい話題だった。




 そこへ少年が姿を見せた。


「あ、こんにちは。 ネスさん、ロシェにフフ」


今日はコセルートは連れていないようだ。


俺は肩の鳥と共に、会釈で挨拶をする。


「ちょうどよかった」


俺はわざと大きな声で少年を呼び、灰色の子狐を抱き上げる。


少年は目を見開いて子狐を見た。


「あの時の子ですか?」


「そうだよ。 母狐から育てて欲しいと頼まれてね」


「そうですか」


少年は微笑んで子狐を見ている。


 俺はその少年に子狐を押し付ける。


「え?、な、なにを」


少年は初めて触る砂狐に戸惑いながら、大事そうに胸に抱いた。


当然、俺が育てるのだと思っていたんだろう。




「どうもこの町の子供たちに預けるとケンカになりそうでね」


皆、子狐には興味深々だった。


側にいた母狐は成獣だから手を出せなかったが、子狐は小さくて脅威にはならないと思っていそうだよな。


この今の状態で誰かに頼むと、おそらく取り合いになる。


砂族の母娘がいる地主屋敷は、フフとロシェの問題があった。


領主に献上したということにすれば、町の子供たちは納得してくれると思う。


「どうです。 領主館で育ててくれませんか」


使用人のコセルートは魔術師である。


彼をエサ係りにすれば育てられるはずだ。


「あ、え、いいのですか?」


少年は主に俺ではなく、ロシェと、残念そうな顔をしているフフを見ている。


「一つだけお願いがあります」


俺は少年にニコリと微笑む。


王子の天使の微笑みは少年には効かないとは思うけどね。


「はい」


どちらかというと怯えてるっぽい?。




「この姉妹を領主館の砂狐専属教師にしませんか?」


「はい?」


ロシェと少年が同時に声を上げた。


「この子は私が育てたユキよりも小さいので、しばらくは外には出せないでしょう」


領主館に慣れさせるためにもね。


「ですから、この二人を領主館に派遣しますので、指示に従ってください」


「ネ、ネスさん、それは」


ロシェが慌てたように俺の腕を掴む。


「わ、私は忙しいので、そんな時間はありません」


「じゃ、あたちが行くー」


フフがうれしそうに手を上げる。


「こ、こらっ、フフには無理よっ」


「いやっ、この子はあたちが見るのー」


俺は少年にこっそり目配せする。


もうすぐ成人を迎える少年領主は、しばらくあんぐりを口を開けて姉妹の様子を見ていた。


が、すぐに俺の企みに気づいて真っ赤になる。


「もうっ。仕方ないわね。 領主館に行くときは私がいっしょに行くから」


妹に甘い姉はようやく折れた。


やったーと両手を上げて喜ぶフフに、俺は良かったなと声をかける。


ロシェからはすげー睨まれたけどね。


おー、こえー。




 そこで少年がフフに声をかけた。


「じゃ、フフ。 君が名前を付けるかい?」


「え、いいの?」


ロシェは慌てた。


「だ、だめです。 ご領主様の砂狐に名前を付けるなんて」


何かあったらすべて責任を被ることになるかも知れない。


子狐はまだどんな風に育つか分からないのだ。


「じゃ、ロシェが付ければいいよ。 何かあったら引き取る覚悟でね」


俺がそう言うと、うっとロシェが言葉に詰まる。


フフも姉ならば文句はないだろうし。


「おねえちゃん、つけてー」


相変わらず俺はロシェに睨まれている。


「で、では、この子は男の子でしたね」


ウンウンと俺は頭を上下に振る。




「で、ではピールと」


ロシェの言葉に、何故か様子を窺っていたロイドさんが反応している。


 あとでこっそり確認したら、それは前々領主家の執事の名前だったそうだ。


ロシェたちを最後まで守っていたという。


灰色の毛並みが、その老人執事の白髪を思わせたのだろう。


「きっと大切にしてくれるでしょう」


少なくともその名前を付けたロシェだけは。 間違いない。


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