第47話 俺たちは子狐を増やす


 やはり子供というのは偉大だな。


眠れない日々を送っていた俺は、子狐たちに癒されている。


母親似の灰色の毛色が二匹で、雄と雌。 黒っぽい茶色の雄が一匹だ。


 魔獣の子共は、二日もすると物置小屋の中をヨタヨタと歩き回っていた。


毎日、町の子供たちは見に来るが、まだ怖いようで中には入って来ない。


まあ、この子狐たちは群れに返すので、あんまり慣れてもかわいそうだしね。


 クロが【受け入れ準備が出来た】というので、親子の砂狐を、群れのある砂漠の山のほうに連れて行く。


深めに編んだ籠を雑貨屋から買い、持ち手に布を巻いて、親狐がくわえられるようにした。


【私が持とう】


クロが率先して籠をくわえ、先頭に立って歩きだす。


灰色の母親狐の側にはアラシが付き添い、その後ろを俺とユキが歩いて行く。


 町の子供たちが見送ってくれた。


寂しがっている子供もいたが、まだ慣れていない砂狐は家畜のように飼うことは出来ない。


「そのうち、お友達になれるさ」


泣きじゃくる小さなフフの金色の頭を、トニーが撫でていた。




 崖の下まで来ると、黒っぽい茶色の大きな砂狐がいた。


クロがその砂狐の前に静かに籠を置き、灰色の砂狐がその傍に寄り添う。


【ありがとう、エルフの血を引く者よ。 世話になった】


迎えに来た父親らしき砂狐が俺をじっと見て言った。


そして、籠の中から灰色の子狐を一匹くわえて取り出す。


俺の足元に置くと、


【長老からの伝言だ。 これを差し上げる】


「え?」


大きな砂狐が俺をに向かって唸るような声を出していた。


【われらは二匹までしか子を育てられぬ。


そのため、一族の掟で、三匹目からは殺すしかないのだ】


つまり、この子狐はすでに死んだものと扱われる。


「そ、そうなの?」


クロは黙って俺たちの会話を聞いていた。 悲しそうに、悔しそうに。


俺は母親狐のほうを見る。


「いいのか?」


灰色の砂狐は、まるでにっこりと微笑んだように見えた。


【この子は幸せです。 命があるだけでも】


俺の中で何かがジワリとにじみ出る。




 俺は杖を取り出し移転魔法を発動する。


自分が触れているモノを運ぶのは簡単だが、離れているモノを移転魔法に巻き込むには魔力がいる。


俺は大量に魔力を込めて、側にいるもの全部を崖の上へと運んだ。


 林と湖、遠くに白い山々と青い空の美しい絵のような景色が広がっている。


砂狐たちが軽くパニックになって騒いでいるが、今はどうでもいい。


「長老!、どこですか」


俺が声を上げると、他の砂狐たちがポツポツと姿を現した。


【何用であるか。 エルフの血を引く者よ】


集まった砂狐の一族のおさがゆっくりと前に出て来る。


真っ黒の毛並みに砂色の瞳をした砂狐だ。


 長く生きて来たその目が、俺を見つけて細くなる。


俺にケガをした仲間を頼みに来た、あの夜と同じように。


「何故、俺に」


俺は一度、顔を逸らす。


足元にまだ灰色の小さな子狐がいる。


「何故、この子を親から離すんですか。 どうして、いっしょにいてはいけないんですか」


そこに親はいるのに。


【聞かなかったのか?。 我々は子狐は、一度に二匹までしか育てられないのだ】


「そんなのおかしい」


俺の中にイライラが募る。




 急な移動で驚いていた砂狐の親子がようやく落ち着いて、仲間の元へと混ざって行った。


ユキとアラシは大勢の仲間に驚きながらも、うれしそうに尾を揺らしている。


クロは長の側へと移動した。


俺は前と同じように倒木を椅子代わりにして、彼ら、砂狐たちを見回す。


【気持ちは分かる】


俺は腰を据えて話を聞く姿勢をとっていた。


【我々は砂族に見捨てられた。


彼らといっしょに居た頃は育てられたが、今は増やせないのだ】


群れの規模が大きく成れば、それだけ一族は生き残るのが難しくなる。


食料事情なのか、危険な魔獣に見つかり易くなるのか、その両方か。


 俺はギリッと奥歯を噛む。


「……分かった。 この子は預かる」


どうしても、受け入れられないというなら、俺はそうするしかない。


「帰るよ。 ユキ、アラシ、お前たちはどうする?」


俺が長老と話している間、二匹は自分より大きな他の砂狐と、楽しそうに交流していた。


ユキたちより小さな砂狐がいないところを見ると、出産自体が少ないのだろう。


今回産まれた子供たちを大切に育てるために、一匹を放り出す。


そういうことなのだ。




【ねす、帰る。 ユキも帰る】


【ぼくもー】


戻って来た二匹を受け止め、俺は小さな灰色子狐を抱き上げる。


魔法陣を発動させる前に、俺は馬ほどの大きさの長老を見上げる。


彼は群れの中で一番身体も大きく、百年近く生きているそうだ。


その昔は砂族に飼われていた経験もあるらしい。


「俺は砂漠の中にあった砂族の町を調査しています。


あの町にもう一度住めるとしたら、あなたたちも来てくれますか」


出来るなら、もう一度。


【そうか】


長老はそれだけを言って、あとはただじっと俺を見ていた。


移転魔法陣が発動して、姿が消えるまで。




 俺は直接、町には飛ばずに、崖の下にいた。


ゆっくりと考えたかった。


『ケンジ、そこまで熱くなる必要はなかったのではないのか』


町に向かって歩きながら、王子が話しかけて来る。


「ああ」


なんであそこまで食って掛かったのか、俺にもよく分からない。


子狐はかわいい。 町の人たちも歓迎してくれるだろう。


だけど、それが何度も続いたら?。


子狐がさらわれたり、人を怖がるようなことが起こったら?。


『増える、のか?』


「長老は、おそらく俺を試したんだ」




 今まで彼らは三匹目に産まれた子狐は群れから放り出していた。


彼らだって幼い仲間をそんな目に合わせることはしたくなかったはずだ。


「大人の勝手で産まれて、大人の勝手で死んでいくなんて」


生きたくても生きられない子供はたくさんいる。


この世界でも、俺の元の世界でも。


だけど、この子狐は、大人たちが考えるだけで生き残れたはず。


『考えた末の、その手段の一つが私たちだったわけか』


その三匹目を俺に託したかったんだろう。


それが今回だけでなく、これからもずっととなると話は変わってくる。


 俺は腕の中でモゾモゾと動く小さな子狐を撫でる。


ユキたちを保護したときより、この子は小さい。


俺が育てられるんだろうか。


まあ、魔力さえあれば大丈夫なんだろうけど。


「育てるっていうのは、命さえあればいいってわけじゃないのに」


親の温もりを知らない子供たち。


親はいなくても子供は育つ。


だけど、その子供はちゃんと生きられるんだろうか。


『そうだな。 私のようにねじ曲がってしまう子供もいるだろうな』


王子、そこまで言ってないよ、俺は。




「親の代わりに、無償の愛を与える者が必要なんだ」


俺は元の世界の両親を思い出す。


 病院で過ごすことが多かった俺に、仕事と家事と俺のことで疲れ切っていた母。


単身赴任で遠い町にいたのに、しょっちゅう俺の顔を見に来てくれた父。


「何も言わず、何もかも受け止めてくれる者が必要なんだ」


説教なんていらない。


自分が悪いことは分かってるんだ。


泣いて、家に帰りたいと泣く俺を、ただ抱き締めてくれた母の温もりが、父の微笑みが、蘇る。


「名前、考えないとな」


『ああ、そうだな』


町に入る前に俺は自分の頬の涙を拭う。


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