第36話 俺たちは将来を語る


「あなたはいったい、私に何をさせたいんですか」


サイモンと同じ、吊り上がった目じりの細い目が笑っていない。


そっかあ、ガーファンさん、気がついちゃったか。


さすが、砂族の高貴なお方だな。


 食堂の中はまだ昼前の静かな時間だ。


客もまばらで、食堂の親父さんもぼんやり昼の仕込みをしている。


目の前には薄い酒の入ったカップが置かれていた。


親父さんのサービスらしい。


 俺は肩の鳥をテーブルに降ろして、ガーファンさんの側へ移す。


なるべく他の人には聞こえないように。


「種族に関しては特別に何も思ってませんよ」




「まあ、投資、ですかね」


「投資?、砂族や亜人にですか?」


元いた世界にはいなかった彼らは、俺にとっては無限の可能性を秘めている存在だ。


「今は、精一杯、生きてくださいな」


そのための支援、投資だ。


将来のために、家族のために、今をがんばりましょうよ。


「まあ、それはそうなんですが……」


釈然としないまま、ガーファンさんはとりあえず、前金を受け取る。


 これからデリークトの砂族の村へ行くための物資の買い付けに、ウザスへ行って来るそうだ。


内密にーと言って、魔法鞄を貸し出しておく。


そして、俺はにこやかに彼を見送り、自分の家へ向かった。




 ひとりでサーヴの町中を歩いていると、あちこちで声をかけられる。


「おや、ネスさん。 しばらく見なかったが」


「あはは、ちょっと砂漠へ調査にね」


思ったより町の皆が心配してくれていたようだった。


自分がすごく有名人になった気分。


だけどー。


『……これはちょっとまずい気がする』


そうだよねえ。


声が出せない風変わりな魔術師。


分かる人には分かっちゃうよなあ。


いずれまた俺たちは、この土地を去らなければならない日が来るんじゃなかろうか。


そんな暗い気持ちがよぎる。


「でも、まだやらなきゃならないことがある」


『ああ』


俺たちにはフェリア姫の解呪という大仕事があるんだから。




 家に入る前に、少し建築中の建物を見学に寄った。


手伝いをしているエランとカシンの姿が見える。


獣人である彼らは人族の職人たちより体力も腕力もあるからね。


「ネス様」


そろそろ昼休憩らしく、エランが俺を見つけて手を振る。


俺も笑顔で答え、しばらく彼らの雑談に混ざることにした。


 リタリたち、教会の子供たちがお弁当を配っている。


ミランが手配しているそうで、作っているのはこの旧地区の女性たちだ。


普通はパンとスープぐらいしか用意されていない。


「へえ。 これはリタリが作ったの?」


一人一人にパンと野菜、果物が入った小さな箱が配られている。


俺が作るとだいたいパンに焼いた肉やハムを野菜と挟むだけになるんだよね。


元の世界であまり食べられなかったハンバーガーとか憧れだったからさ。


最近は家畜が増えたお陰でチーズやバターが生産されているのでメニューも増えている。


「宿屋のお婆さんに教えてもらってるの」


この旧地区には宿屋と酒場を兼業していた老夫婦がいる。


俺がこの地区に来た時はすでに泊り客がいなくなって、酒場だけになっていた。


そこのお婆さんが料理上手ということで、昼は料理を習っているそうだ。


「ほお」


俺は現場の警護をしていたトニーをチラリと見る。


トニーの足元に居たクロがこちらに顔を向け、それに気づいてリタリが少し赤くなった。


うーん、リア充ってやつですな。




 公衆浴場の建設のほうは順調に進んでいるようで安心した。


ある程度出来上がったところで俺が魔法陣を埋め込む予定。


まあ、王子が、だけどさ。


色々と設置したい魔法陣は俺が考えることになってる。


何がいいかなあ。


防カビ、防錆、排水、早乾、うーんと、あとは何にしようかな。


考えてるだけでも楽しい。


 ミランが屋敷から出て来て、俺を手招きした。


建設場所はミランの地主屋敷のすぐ裏の、山手側になる。


「何か?」


建物自体は大きくないので、完成までそんなに日数はかからないだろうということだった。


「で、お前は温泉をどこから引くつもりなんだ?」


あー、そうだった。


井戸のように汲み上げるにもお湯が通っている水路を確認しないと。


「えっと、夜にでも調査して目印を付けておきます」


人が多いとちょっとね。


「分かった。 必要なものがあったら言え」


この浴場はミランの管理になる。


太っ腹な地主さんでほんっと助かります。




 午後の作業が始まると俺は家に戻った。


玄関に内鍵をかけて寝室に入る。


 ユキは今までは昼間はアラシといることが多かったが、俺が森から戻って来てからは片時も離れない。


俺がダメだと言わなければずっとひっついている。


 部屋着に着替えると、ユキに果物と餌用の魔力を渡す。


テーブルにお茶の用意だけをして、俺は引っ込んだ。


王子が解呪の最終確認をするためだ。


『今夜、フェリア姫の館の調査に行くんだろう。 ケンジは少し休め』


「うん、ありがと」




『そういえば』


王子は魔法陣帳に新しい魔法陣を追加しながら、俺に訊いてくる。


『ガーファンさんに何をさせるつもりだ?』


えー、王子。 今そんなこと訊かなくても。


『気になるんだけど』


あー、そうか。 気になって集中できないと。


 俺は少し考える。


どうせ王子には隠し事なんて出来ない。


この際、ちゃんと話はしておくか。


「今日さ、ちらっとこの町もいつまでいられるかって話したよね」


『ああ』


俺たちがこの町で有名になれば、ケイネスティ王子であることがバレる可能性もある。


王都の反対派貴族連中に知られれば、また何か難癖をつけてくるかも知れない。


「そうなったら、次はどこへ行くかって事なんだ」


はっきり言って、アリセイラ姫が他国へ嫁いだら、俺たちにはもうこの国に対する未練はない。




 だけど、やっぱり国外で暮らすにはまだ少し抵抗があるっていうか、難しい気がする。


『どうしてだ?』


「一つは、やっぱり今まで関わった人たちとの縁を切りたくない」


王子のためにね。


 エルフの森とかも一応考えてたんだ。


でも、あそこは王子には優しいかも知れないけど、他の誰も入れない。


高台の村のエルフの若者たちががんばってくれれば、将来は分からないけれど。


彼ら長命種族は時間の観念が俺たちと違うからな。


気が付いたら百年過ぎてたーとかだったら、助けて欲しい時には間に合わない。




「もう一つは、王子はやっぱりこの国が好きなんだと思う」


『……』


俺たちが他の国へ行ったら、最悪、国と国との諍いに発展する恐れがある。


もしそうなったら、本当に反対派貴族たちの思うつぼじゃないかと思うんだ。


「王子を生かす理由がなくなるからさ」


裏でこっそり動いている者が堂々と出てくるかも知れない。


 それに、今は少なくとも女神に『王族認定』されて祝福をもらってるけど、国を出てしまうとどうなるのか分からない。




『じゃ、どうしろと』


「そこでオアシスさ」


『は?』


「ガーファンさんが言ってた。 砂族の砂漠の家は、地下にあるって」


『ああ、聞いた』


俺はそれを聞いてピンときた。


『何がだ?』


「つまり、他国でもなく、知り合いも出入り出来る場所」


砂漠は一応サーブの土地なのだ。


ガーファンさんたち砂族に町を再現してもらい、そこに住めたらいいなと思う。


「俺たちだけなら隠れ住むには十分さ」


王子は真剣に考え込んだ。


うん、この顔なら大丈夫そうだな。


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