第35話 俺たちは神殿を復元する


 翌朝、俺は夜明けと同時に起き出して、少し運動をしていた。


ユキがうれしそうに一緒に走る。


「何をなさっておいでだ?」


ソグが起き出して来て、不思議そうに俺を見ている。


「準備運動」


長い間、狭いエルフの村にいたから、身体がなまってるんだよ。


「暑くなってくる前に調べたいからね」


ガーファンさんはまだ寝てる。


昨日は興奮状態だったから、仕方ないね。




 俺はポツポツと並んでいる崩れた石の壁を調べ、平らな場所を探す。


その辺りの砂を一旦払い、大きな<復元>の魔法陣を描いた魔法紙を出す。


「ソグ、ガーファンさんのテントを抑えておいて。


ユキはー、砂に埋もれても大丈夫か。 ちょっと魔力が動くから離れててね」


分かってるのか分かってないのか。


ユキはハッハッと息を弾ませながら、少しさがっていった。


『やるぞ』


王子が片手で魔法紙を壁に押し付ける。


「おう」


魔法陣が黄色に輝き、王子はさらに魔力を込めていく。


今回は元から込められた魔力だけでなく、王子が発動と同時に魔力を上乗せするのだ。


ゴオォォォ


かなり広範囲に風が渦巻き、砂が巻き上がる。




「うわっ、な、な、なんですかー」


目が覚めたらしいガーファンさんの声がする。


「ソグ、もう少し抑えといて!」


「はい!」


風の中で聞こえにくいので大声を出す。


バタバタとはためくテントの中で、ガーファンさんがパニクッてるけど、我慢してもらおう。


 やがて風が止み、砂を払いながらソグが立ち上がる。


ユキもブルっと身体の砂を払い、俺の側へ駆け寄る。


「あのー、今のは?」


テントから解放されたガーファンさんが、周りをキョロキョロ見回した。


そして、変わってしまった景色を見て呆然とする。


「な、何ですか、これは」


俺たちの前に、建物の壁がそそり立っていた。




 俺にだって分からない。 これがなんなのか。


「……教会かな」


『砂族の神殿跡地だから、神殿の一部かも知れない』


湖の西側、海に向かって高い塔が姿を見せたのだ。


ガーファンさんが、それを首が痛くなるほど見上げたまま、ボーっとしている。


 俺がその建物に近づくと、ユキがついて来た。


ソグとガーファンさんも慌てて走って来る。


扉のない入り口を抜けると、内部には何も無い。


ただ壁の一部が三階分ほどの高さがあり、一番上に尖った帽子をかぶったような屋根がある。


 やはりまだまだ魔力が足りないのだろう。


床は硬いが砂だらけで、壁も所々が崩れている。


「まあ、屋根があるだけマシか」


俺はソグを振り返る。


「今日はここで食事にしよう」


俺は微笑んでいたはずなのに、ソグとガーファンさんの顔は引きつっていた。


「はあ、我が主はやはり普通ではないな」


えー、ソグ。 化け物みたいに言わないで。




 竈と食事用のテーブルを造ろうとしたら、ガーファンさんがやらせて欲しいと言ってきた。


「私もあれから色々考えまして」


砂族の魔法が砂を動かすだけではないということを勉強したらしい。


 ブツブツと口の中で何かを唱えていたが、伸ばした手の先から魔力が溢れる。


床に散らばっていた砂を動かし、低い窓のある場所に集めた。


その壁にピッタリと沿う形で、煉瓦を積み上げたような竈が出来る。


「おー」


続けて、今度は外からも砂を集め、小さな建物内の中心に細長いテーブルを造った。


「すごいですね」


俺が感心すると、ガーファンさんはうれしそうに顔をほころばせた。


「砂を色々いじってるうちに出来るようになりまして」


彼もこの年齢になって魔術が進化すると思ってなかったようだ。


「私も息子に負けていられませんからね」


サイモンもがんばってるみたいだね。




 今日は俺が食事を作る。


ガーファンさんは魔力切れっぽかったので、椅子は俺が鞄にあった木材を適当に出す。


「エルフの村はいかがでしたか」


ソグが食事をしながら、そんなことを聞いてくる。


「なんか、森の中で魔獣も狩り放題なのに、食事がものすごく質素だった」


捕まって、吊るされて、拷問まがいのことまでされたってことは言わない。


そんなこと言ったら、ソグなら飛んで行きそうで怖い。


俺はただ遠い目をしていた。


それで察してくれたのか、ソグは納得したように頷いた。


「あまり行きたくない場所のようですね」


うん、そのとーり!。


だけどまだ解決してない問題があるので、近々また行く必要はあるんだけどさ。




 食後のお茶とお菓子をいただきながら、俺はガーファンさんに話しかける。


「ガーファンさん、次の依頼なんですが」


現在は俺がガーファンさんを雇っていることになっている。


今回、砂族の魔法陣は一応書き換えが終わり、あとは結果を待つだけになった。


でもまだ他にお願いしたいことはある。


「はい、何でもおっしゃってください」


笑顔で答えてくれる。


彼は砂族の中でも高貴な血筋らしいが、人当たりが良いので、王都でも商人として働いていたそうだ。


「えっと、実はですねー」


俺はこのオアシスの周りを開発したいのだ。


「ここをですか」


「ええ」




 砂漠の中に砂族の町があることは教えてくれた。


「おそらく、神殿があるということは間違いなく村があったのでしょう」


ガーファンさんも頷く。


「この場所で遺跡発掘のお手伝いをお願いしたいんです」


町からはこのオアシスまで徒歩で二日。


発掘調査に何日か滞在してもらって、また二日かけて戻るという作業になる。


「あの、それはちょっと私ひとりでは」


うん、それは分かってる。




「デリークトには砂族の村があるそうですね」


俺が助けた砂族の母娘は、そこから来たと言った。


「え、じゃあ」


「その村の住民を雇えないかと思ってます」


こう、砂族の人たちがずらあっと並んで魔法を使ったら、壮観だと思うんだ。


「人が多ければ早く終わると思いますしね」


本当はミランの屋敷に預けている母娘のサーラさんに交渉役をお願いしようと思ったけど、どうも無理そうなんだよな。


その村から命がけで逃げて来たんだから、当たり前か。


だから、その村の砂族たちにはサーヴへは入らせない。


このオアシスで、この建物を拠点にしてもらえばいいかなと思う。


「仕事を探している人がいないか、一度行ってみてもらえませんか?」


ガーファンは少し考えて、顔を上げた。


「分かりました。 お任せください」


サイモンによく似た、人懐っこい笑顔を向けてくれた。 




 特に急ぐ用もなかったけど、とりあえず移転魔法でサーヴに戻る。


俺たちは斡旋所の出張所へ行き、ガーファンさんへのこれまでの依頼を整理して、支払いを完了する。


そして、次の依頼を出す。


「これがあなたの仕事になります」


「え?」


その依頼書に期限はなく、ガーファンさんにはその人たちの取りまとめだけが書いてある。


「あ、あの」


「アラシとソグを護衛代わりに連れて行ってください」


俺は砂族の姿が増えれば、いつか砂狐たちも山を下りてきそうな気がするんだ。


「えっと、あの、ネスさん?」


別に彼らにそこに住んで欲しいわけじゃない。


俺は砂族がせっかく魔法が使えるのに、最弱なんて言われているのが納得出来なかった。


「思いっきり魔法が使えたら、すっきりすると思いませんか?」


「はいー?」


さっきから、ガーファンさんが何か言いたそうにしている。


「待ってください、ネスさん」


斡旋所である食堂のカウンターで、ガーファンさんが真剣な顔で俺を見た。


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