第26話 俺たちは他国へ行く


 日差しが地面にまで届かない薄暗い森を歩く。


俺の先には白髭のエルフ。


そして俺の後ろには何故か黒服の青年エルフがいる。


「本当について来たんですねえ」


ラスドという名のエルフは見かけはまだ若いが、あの高台の村の黒服の中では最年長らしい。


それって何歳なんだろう。


俺にはエルフの年齢なんて分からない。


ただ、巫女の女性からは「頼りになるぞ」と言われたので信用するしかない。


「ふふ、巫女様にご推薦いただいて大変光栄です」


彼が一番、移転魔法を熱心に勉強していた。


それに黒服歴が長いということは、それだけ森から出たいという想いも強いんだろうな。


うまくいけば、森の外に移転魔法の目印を付けることが出来る。


彼にとってはそれが目的なんだろう。




 白髭の爺さんは、今回は戦闘服だ。


エルフは身が軽いのが特徴なので、装備も軽いが魔獣の皮で作られた丈夫な革の服。


キッチリとしたひざ下まである革ブーツも魔法がかかっているのか、泥の地面でも沈まない。


魔獣との戦闘になると、どこからか大きな弓が出て来て、ほぼ一撃で仕留めていた。


『巫女の護衛をしていたというのは嘘ではないのだろうな』


たぶんね。


でも老人の姿でこう精力的に動かれると、すごく違和感があってだなー。


「老人ってなんだろうな」


俺は遠い目をしてしまうんだよ。


『エルフに限っては敬う者ではあるが、労わる者ではなさそうだ』


ウンウン。 完全に同意だ。


 ラスドのほうは料理がめっちゃうまかった。


森の薬草や魔獣の素材を使って適当に作っているのに、手際もよく早い。


俺たち、何にも出る幕がなかった。




 樹海のような森を歩くこと三日目に、俺たちは暗い場所から抜け出した。


だんだんと木がまばらになって、地面が硬くなり始める。


道は無いが、小動物や人の足跡などがたまに見られるようになった。


「以前は人族の商人はエルフの村まで来ていた。


だが、最近は森へは入らずに、お互いにこの辺りまで来て交易することになった」


商人たちはエルフの案内なしには森に入れず、この辺りで待機させられる。


この近くに、お互いに持ち寄った交易品を交換するための村があるということだった。


「なるほど」


やがて、森を出た先の開けた場所に、魔法柵に囲まれた立派な館が見えた。




 その昔、エルフ族との交易のために建造された館。


「あれが現在、公爵の第一子である姫が療養している館だ」


美しいモノを好むエルフに合わせて造ったとされる。


外観は確かに美しいが、何となく冷たい感じがした。


俺はぐっと手を握り込む。 何て寂しい場所なんだ。


魔獣は滅多にここまでは来ないらしいけど、それにしても森に近すぎる。


館の周りに人影はない。


俺は彼女の声が聞こえないだろうかとドキドキしながら耳を澄ます。


まあ、無駄な努力に終わったけどね。




「まるで罪人の館のようだな」


ポツリと黒服のラスドが呟く。


外を囲っている塀が檻のように見えるらしいけど、俺にはまるで誰かが入ることを拒絶しているように見えた。


 今回、俺たちはその場所を確認するだけで、中には入らない。


ていうか、本当はフェリア姫に会いたいさ。


だけど俺たちはまだ解呪の方法を取得していないから、会う資格もないんだ。


打ち合わせ通り、館は迂回して、遠くから見るだけにする。


後ろ髪を引かれながら俺は近くの村へ向かった。




 三人とも村に入る前に深くフードを被る。


エルフだと分かると色々と困るしね。


「お前さんは人族だろう。 隠す必要はないんじゃないか?」


お爺さんの言葉に俺は首を横に振る。


「いえ、私は魔道具がないと話が出来ないので」


赤いバンダナを口元に巻いている。


これだけだとどう見ても怪しいので、フードを被ってたほうがまだましなんだよ。


「三人とも怪しいですよね」


ラスドがクスクスと笑う。


黒い服のエルフっていうのも珍しいからなあ。




 知り合いがいるというので爺さんの後について行く。


一軒の大きな家だ。


「ごめん」


良く通るはっきりとした声が玄関に響くと、奥から慌てたように壮年の男性が出てきた。


「こ、これは、まさか、イシュラウル様」


エルフがこの村を訪れるのはずいぶん久しぶりらしい。


「久しぶりだな。 邪魔をする」


「お、お久しぶりでございます」


んー、どうみても相手が怯えてる気がするんですが?。


 俺たちはこんな小さな村に似合わない豪華な部屋に通された。


ふわっふわの椅子はあまり使われた形跡がない。


お茶を運んできた女性の手も震えている。


「お爺さん。 ここは?」


「ん?。 先ほども言ったように、ここはエルフと人族の交易拠点だ」


お爺さんは若い頃からここへ来るエルフたちの警護をしていたらしい。


「それでここの村長とも知り合いなんだ」


それはいいんだけど。




「どうしてここに寄ったんですか?」


俺としてはさっさと公宮のある港町へ行きたいんだけど。


白髭のイシュラウルと呼ばれたお爺さんが俺を横目で見る。


「お前、デリークトの金を持ってるか?」


「あー」


お爺さんたちもデリークトの貨幣はあまり持っていなかった。


 ここへ来たのも、あのサーヴの孫娘さんが荷物に紛れて抜け出した時以来だそうだ。


「あの事件のおかげでまた当分人族との交易が途絶えたのでな」


巫女の孫娘だ。


きっと皆、必死に探したんだろう。


魔法や呪術を使って調べて、分かった時には孫娘はすでに隣国。


怒りは当然、逃がしたデリークトの商人に向けられる。


ここの村長さんがビクビクするくらい激しい怒りだったんだろうね。


お爺さんはさっさと村長をおど……途中で狩った魔獣の素材を売って資金を作った。




 デリークト公国の中心は大きな港町である。


昔はもう少し内陸にあったらしいけど、亜人たちが多く住んでいた港町に人族が住むようになった。


その頃はまだ仲は良くて、お互いに助け合っていたみたいだ。


 だけど港を通じて周辺国と交易をし始めると様子が変わる。


『入れ知恵をしたのはアブシースの連中かな』


亜人を人とは認めないアブシース王国。


そこから来た者が多いのなら、確かに今の状態は頷ける。


 俺が知ってる亜人たち、といっても一部だけど、彼らはやはり素直でやさしい。


『まだ南方諸島連合のように力で来るほうが分かり易いだろうな』


貴族というのはあまりにも言い方が遠回しで、権威だの、見栄だのにうるさい。


しかも武力には弱かったりするのだ。


 俺たちは情報を拾いながら町の中心へ向かった。


とても一日では回れないので、宿に泊まることにする。


「いらっしゃいませ、お三人様で」


お爺さんが選んだのは古くからある高級そうな宿だった。


こんなに怪しい姿の俺たちでもきちんと対応してくれた。


「この国は貧しい者が多いからな。 金を持ってるなら誰でもいいのさ」


「ふうん」


それでも働いている者を見ると、やはり亜人が多い。


『その代わり、金が無い者はこうなるということか』


まあ、それはどの国でも同じだろうけどな。




 海に面した高級そうな部屋に案内された。


三人ということで、二部屋だ。


お爺さんと黒服のラスドが一部屋、俺がひとりで隣の部屋に分かれた。


「疲れただろう。 夕食まで眠るといい」


お爺さんに促されて俺は素直に着替えて横になる。


「ふう」


久しぶりに柔らかなベッドでぐっすり眠れた。


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